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本の虫

雑学って言うか、雑読でフラグが回避できたっぽい?

作者: 向井司

ざまあ系を書いてみようとしたのだけど、何かが確実に違う…


 突然ではあるが、私は読書が好きだ。

 本が好きだと言うより、本を読むことが好きだ。

 本を読んでいる間は誰かに話しかけられることがあまりないから。

 なんて言うかね。貴族子女の腹の探り合いみたいな回りくどい会話が苦手なのよね。

 だって面倒くさいんだもん。

 このような理由で、ステファノ学園入学以来読書の虫になっている。

 言い訳をすれば、学園の図書館の蔵書レベルが半端なくて、読む本に困らないからでもあるんだけどね。


 今日も私は読書しながら、学園の中を歩く。

 今読んでいるのは、シトラス動物記。シトラスっていう動物好きのおじさんがいてね、手当たり次第動物の飼育とかしつつ、その観察記を一冊に纏めたものだ。イメージとしては、某北の国在住のMゴロウさん。やってることはあまり変わらないと思う。

 仕舞いには、魔獣の飼育とかもしちゃったんだよね。

 今の時代からしても、相当な変わり者だよね。百年前なら、もっと変人どころか狂人扱いされたんだろうなあ。

 しかし、後世に残された観察記は面白かった。

 毎日読み耽る程に。


 次の教室に移動するため、中庭を横切る。廊下を歩けばいいんだけど、一一ルート二。斜めに横切った方が、時間も歩数も短縮できるのだ。

 本から目を離さずにたったか歩いていたら。


 ぐにゅっ。


 なんか柔らかいもの踏んだっ!

 って思ったら、こけたっ!


「うえっ!?」


 変な声をあげながら、前のめりにすっ転ぶ。手にしていた本が飛ぶ。

 中庭の芝生の上に転がるかと思ったら、何かの上に落ちたらしい。

 あ、何かのじゃないわ。人だわ。


「ごめんなさいー」


 慌てて飛び退く。私が下敷きにしたのは男子生徒のだれか。

 顔が解らないのは、私の手から離れた本が乗ってたから。

 やばーい。顔面直撃だよ。これは痛い。本は立派な凶器です。


「ご、ご、ごめんなさいっ!」


 慌てて本を回収。見て解るような破損はない。良かった。


「いてて…」


 顔を押さえながら起き上がったのは、おうイケメン!


 栗色の髪、ちょっと垂れ気味の目元が優しげに見える。けど、全体的に軽い? チャラ男?


「失礼しました。本を読んでいて、人がいるのに気が付かなくて…」

「気がつかないって、どれだけ…」


 イケメンは私が抱える本を見る。


「シトラス動物記? そんな没頭するほど面白いの?」

「面白いですよー。百年くらい前の人なんですけど。何故か動物飼育と観察にハマっちゃって。犬猫鼠から牛豚、鳥行って、仕舞いには魔獣に行っちゃったんですよ」

「魔獣、マジで?」


 イケメンの目が輝く。うん、魔獣っていうと燃えるよね、男子としては。騎士志望かな?


「ロドリス豚ってあるじゃないですか。あれ、元はロドリス山の麓に生息していた猪の魔獣なんですよ。それをシトラスさんが家畜化したんですねー」

「えーロドリス豚って高級食材だよね?」

「そうなんですよ。でも元は魔獣なんですねー。シトラスさんは最初成体を捕まえようとして食べられそうになったり、じゃあってことでウリボー捕まえて親猪に追いかけ回されたり」

「うわ、シトラスさん、半端ない」

「ま、そーゆーことが書かれてる訳ですよ。面白そうでしょ?」


 観察記の合間に主観とかがエッセイみたいに織り込まれてるのが、また面白いんだよねー。


「確かに面白そう…」

「読んでみます?」


 私は本を差し出す。サブタイトルは『ロドリスの森に住むものたち』。ちょうど今話したロドリス豚の観察記だ。


「えっ、いいの?」

「いいですよー。私はもう読み終わりましたもん。あ、読み終わったら学園の図書館に返却しておいてくださいねー」


 イケメンに本を手渡し、私は移動クラスに向かった。


 後から、又貸ししたらまずかったんじゃないかと思ったけど、図書館にちゃんと返却されてたから、ま、結果オーライってことで、


◇◆◇


 今日も今日とて、本を読みながら学園を行く。廊下を歩くときは、壁際を歩くようにしている。やっぱり本を読みながら歩く人間は邪魔になると思うのよ。

 でも、止める気はない!


 そしたら、案の定、廊下の角で激突した。

 今回は尻餅つくくらいだった。双方ともパンは食べていない。


「あ、ごめんね」


 出会い頭にぶつかったのはやっぱりイケメンだった。

 ふんわり小動物癒し系? ミルクティー色の髪が仔猫みたいだ。

 タイの色からして同学年だ。


「こちらこそすみません」

「本を読みながら歩くのは危ないと思うんだ」

「返す言葉もございません」


 その通りでございますー。

 ふわイケメンは怒ることなく穏やか声で注意しながら本を拾ってくれた。


「メディナ植物記? メディナって豆の栽培で特徴が出やすい種があるって発見したんだよね」


 所謂、劣性遺伝、優性遺伝とか言うやつだ。授業で簡単に習ったくらいだけど、すぐにメディナの名前に反応すると言うことは、優秀なのか植物に興味があるのか。


「そうそう、そのメディナさんです」

「豆の観察記なの?」

「その本もありますけど、違うのもありますよ。これは蘭の栽培と品種改良についてですね」

「へえ、他の植物もあったんだ…」

「茸とか薬草毒草についての事典もありますよ。で蘭の品種改良ですが、ピンクの花を咲かせようとして、毒々しい赤になってガッカリ、なんてものあるんですねー」

「ピンクが毒々しい赤に? 何がどうして?」

「その辺りの紆余曲折が書かれてる訳です」


 基本的な観察記は日誌みたいだけど、所々に註釈とか愚痴みたいなのが書き込んであって、それも忠実に複写されてるから、面白いんだよね。

 人の日誌を覗き見してる気分?

 特に愚痴が面白い。観察に関係のない私生活の愚痴もあったりする。気分はちょっと、家政婦は見た、である。


「へえ…」

「良かったら読んでみますか?」

「そうだね」


 興味がありそうな気配に向けて、差し出した本をイケメンはあっさり受け取った。


「後は図書館に返しておけばいいの?」

「はいお願いします」


 イケメンに本を渡し、別れたところで私は再び別の本を読み出した。

二冊以上、常時携帯。これ鉄則。


◇◆◇


「お前か」


 教室で本を読んでいたら、頭上から突然降ってきたのは、機嫌の悪そうな声だった。


「は?」


 ちょっと、主語とか述語とか目的語はどこよ?


 顔を上げると、燃えるような赤い髪のワイルド系イケメンが私を睨み下ろしていた。


 誰よ?


「何でしょうか?」


 意味がさっぱりわかりませーん。


「お前が、テオとエドを唆したんだろう!」


 え、テオとかエドとか誰よ。

 知らないよ。このクラスにはいないよ、そんな人たち。


「意味が解らないのですが…」

「とぼけるな! お前のせいで二人とも四六時中本ばかり読んでいるんだぞ!」


 なんで、二人が本読んでいて、私が叱られるのか……あー、もしかしたら、この間の軽イケメンとふわイケメン?


 私と本で繋がりがあるのは、あの二人しか心当たりないわ。


「別に本読んでもいいじゃないですか…面白いんですよ。例えばこの『ファイブ昆虫記』とか」


 私は手にしていた本の表紙が見えるようにワイルドイケメンの方に向きを変えて置く。

 ワイルドイケメンはちらりと表紙へ視線を落とす。


「このファイブさんは昆虫が好きな人でして、終いには魔甲虫の採集まで行ちゃったんですよ」

「魔甲虫…」


 お、ワイルドイケメンの目の色が変わった。

 魔甲虫って、ポピュラーなのはカブトムシとかクワガタなのよね。


 この二大昆虫は男子としては外せないよね。体長一メートル越えるけど。


 そして、魔甲虫の外殻は軽くて丈夫な防具になるっていうのも、ファイブさんの発見なのよね。

 昔の人は偉大だ。


「…で、魔甲虫を採集しようとして、カブトムシに食べられそうになったり、クワガタに噛み付かれそうになったり」

「で、どうなったんだ?」

「なんかギリギリなところで、観察続けていたみたいですよ。その辺りは、このお弟子さんの観察記補記に書かれてます」


 すかさずもう一冊を机の上に出す。

 ワイルドイケメンの視線はもう机の上の二冊に釘付けだ。

 気になってる、気になってる。キシシ。


「この二冊を一緒に読むと面白いですよー。お弟子さんはファイブさんの無茶振りに東奔西走させられて…涙なくしては読めませんね」

「感動の話なのか?」

「どちらかと言うと、爆笑です」

「そっちか!」


 ワイルドイケメンの突っ込みも切れが良い。

 先刻の負のベクトルはもはやない。

 ふっ、煙に巻いてやったぜ。


「読んでみますか?」

「いいのか?」

「別に良いですよ」


 二冊セットで渡すと、ワイルドイケメンは何だか嬉しそうに受け取り、いそいそと教室から出て行った。


 当初の目的は完全に忘れたようだ。


 良かった。

 これで私も読書に専念できるよ。


 私は機嫌よく、新しい本を読み始めた。


◇◆◇


 あれから。

 図書館で、軽イケメンとふわイケメンとワイルドイケメンに良く会うようになった。


 私が勧めた本が、それぞれツボに入ったらしく、お礼を言われたよ。

 各々、シリーズは総なめにしたそうだ。

 楽しんで貰えたら、私も嬉しいよ。

 勧めた甲斐があるってものさ。

 この観察記系は図書館の隅に追いやられている。どうも人気がないみたいなんだよね。図書館で良い場所を取っているのは、歴史と魔術史。残念だ。面白いのに。

 まあ、わからなくもないけどね。

 そんな図書館の隅に、私たちはいつも集まっている。

 話すのは読んだ本の感想や批評ばかり。およやそ色っぽい話はない。

 恋愛小説は大衆小説にあたるから、図書館には納められていないんだよね。辛うじて戦記とかにそれっぽい章があるくらいかなあ。

 完全に男性目線なので、私は読んでて余り面白くない。

 やっぱり、対象については冷静な観察眼で以て書いて欲しいのよね。


「僕としては、この茸を一度食べて見たいんだよね」


 メディナさんの茸辞典を開いて、ふわイケメンのエドが力説する、

 うん、気持ちは解らなくもないけど、茸はヤバいよ。素人には特に。


「いや、それよりもロドリス豚から、新種が造られたんんだよ。ロードルー種。これ食べに行こうよ。エレミアの宴で食べられるらしいよ」


 軽イケメンのテオはグルメにも手を伸ばしたらしい。エレミアの宴って高級料理店じゃん。行ける訳ないでしょ。家はさておき、私の精神は庶民なの!


「そういや、クラウンビーの養蜂が最近軌道に乗ったらしいぞ。レレイでケーキが新発売されるって連絡来たな。お前、食べる?」

「食べる!」


 レレイ菓子店も高級菓子店だけど、エレミアの宴でご飯食べるよりは安い。お小遣いで何とか手が届く範囲だ。頑張れる。


「あ、ガウずるい」

「俺が先に誘ったのに」

「ふん」

 三人が何か言い合っているけど、私はケーキで頭が一杯だ。

 クラウンビーの蜂蜜。聞くところによると、こくはあるのに、後味はさっぱりした、砂糖より遥かに美味しい蜂蜜らしい。説明だけでは、味は想像できないんだけどね。

 ちなみに私は知らないんだけど、このワイルドイケメンのガウことガウェインが、養蜂についてアドバイスしたらしいよ? まあ、ガウが凄いっていうより、ファイブさんが凄いってこと。


「じゃあ、食べに行くか」

「はーい」

「僕も行く!」

「抜け駆け禁止!」


 私たちは図書館を後にした。

 こんな風に、私たち四人はいつもつるんでいる。


 そのためか、ヒロインちゃんは第三王子と可愛らしい恋愛を継続中だ。

 あー良かった。


 悪役令嬢こと、私ユーリシア・クラインは胸を撫で下ろすばかりである。


 本当はさ。本読んでるばかりで、断罪イベント が回避できるのか不安だったけど。何とかなるもんだねー。


 後にこの三人が、各々のジャンルで頭角を表して行くんだけど、まあ、私には関係ないよ。うん。


 でも、エドさんや。毒草を自宅栽培するのは止めた方がいいよ。


動物記と昆虫記が面白かったことだけは覚えている! なお、内容は忘れた模様…

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう敵意をサラリと回避する転生悪役令嬢は貴重w まあ、殿方側に婚約者が居たら、やっぱり悪役じゃんって感じだけど。 そちら側も本や雑学で攻略しそうではあるなぁwww
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