第3話 お泊まりイベントってこんなもんよ【2】
さて、俺は今、絶望している。
確かに、先程までは緊張していた。これは事実だ。初の女子の部屋ということで、口から心臓が飛び出るのでは……と思ったくらいバクバクと音を立てていた。
が、もちろん現実はそんなスウィートなわけがない。
目の前には、この世のものとは思えないエデン(笑)があった。
––––すなわち、散らかり放題だった。
「確認するぞ。空き巣に入られたとかではないな?」
「生まれてこのかた一度も泥棒を見たことはない」
俺は頭を抱えた。
「どこをどうしたら、こんな散らかすことができるんだよ」
すると夢奈は、しばらく頰に手を当てて考える仕草をした。
しばらくして、答えが導き出された。
「……才能?」
俺は激しく絶望した。
「もしかして、幻滅した?」
「ああ、そうだな。とっくのとうにしてるよ」
「いつから?」
「変態ワード的なワードを言われた日からだな、間違いないよ」
「興奮した?」
「俺って、変態だと見られているのか」
「そうじゃないの?」
「ちげーよ!なんでそう、断定的に考えるんだよ!」
「落ち着いて」
「日頃から冷静だよ!」
とは言ったものの、やはり落ち着いていなかった。一度深呼吸し、冷静になったとき、一つのことに気がついた。
「てかお前、いつのまに性格変えてるんだよ」
「結構前」
「じゃあ、あのときはなんで、ちょっと……アレなことを言ったんだよ?」
「小説の登場人物に、愛が歪んでいる変態な後輩がいるんだけど、どうやって書けばいいのかわからなかったから、実際に言ってみた。その人と同じテンションで」
「それをなんで俺になんだよ。他にそんなことを話せる友達はいねーのか?」
「いたら、こんなに苦労しない」
夢奈は少し辛そうな顔をしたが、すぐに元の顔に戻ったから、気のせいだったのかもしれない。
「ま、そんなわけだから。早く手伝ってくれない?アタシの下僕くん?」
「そこでキャラ変えるなよ」
そうして俺は、何度も夢奈と捨てる捨てないの押し問答を二桁に到達するくらいの回数行い、たったのワンルームに三時間かけて掃除をしたのだった。
仕上げの掃除機もかけ終わり、綺麗になった机に突っ伏した。
「あ〜、やっと終わった〜。これからはしっかり片付けろよ」
「うん……き、今日は、ありがとう」
夢奈がいつもらしくない低いテンションで言った。
「どうした?やけに暗いな」
「さ、流石に、こんなに掃除、してもらったのは、悪いな……って、思ったから」
俺は、テンションが低いのではないって考えた。
すなわち、これが夢奈の素の性格なのだと。
「お前、コミュ障だったんだな」
俺は思わず笑ってしまった。
つまり、性格七変化を習得した理由は、自分ではコミュニケーションが取れないから。
自分が演じる誰かに、自分の代わりにコミュニケーションを取ってもらうため。
そのために、彼女はそれを身につけたのだ。
あ、これはあくまで俺の仮説だからな?
そこまで考えたとき、ある一人の人物の顔が頭に浮かんだ。
その人物と、今で可愛らしく俯いている夢奈は似ている……似すぎているのだ。
顔が頭に浮かんでいる彼女––––南谷愛奈もコミュ障だった。
だが、彼女は死んでいる。俺が中学二年生だったときに。
だから、目の前にいるやつと似ているだけで、同一人物ではない。そう考えると泣けて来た。
「ゆ、悠誠?大丈夫?な、泣いてるの?」
「泣いてない、泣いてなんかいない」
「泣いていいんだよ?」
「ここでお姉さんキャラ出すんじゃねーよ」
危うく涙を流すところだった。危ない危ない。
もう時間も時間なので、「もう帰るぞ」と言おうとしたところで、フリーズした。
「え、もうこんな時間?」
それはそれは、終電の時間もとっくに過ぎた真夜中だった。
俺は地に手をつけ、四つん這いの状態になって言った。
「誰か……誰か嘘だと言ってくれ」
「嘘だよ」
「いや、そういうことじゃなくてね」
はぁーっと深いため息をついてから、
「テキトーに近所の漫画喫茶でも探して朝まで待つか」
今度こそ帰る準備を始める。
「悠誠、漫画喫茶行くの?」
「ああ。流石に泊まるのは迷惑だろうしな」
そう言って夢奈の方を向いた瞬間、フリーズした。
あ、この顔はアレだ……。
––––ドSキャラの顔だ。
俺は、何の発言が来てもいいように身構える。
「ふーん、『迷惑』ねー。じゃあさ、私が『今日、実は親が二人とも帰ってこないんだよね』って言ったらどうする?」
「そりゃもちろん泊ま……」
「んー?何かなー?」
こいつの前に防御無効かよ。危うく口を滑らせるところだった。
「もちろん、泊まらんぞ」
「え、そんな……」
おい、やめろよ。そんな捨てられた子犬の目をするんじゃねーよ。
俺は平静を保つために、あえてカッコつけて言った。
「しゃーねーな!今回だけだぞ!」
夢奈は神のお告げを聞いたかの如く顔を明るくした。
俺は神かよ。
「んで、布団とかは見当たらないが、どこにあるんだ?」
「ん?何言ってるの?今夜は寝かせないよ?」
「なんてこと言ってるんだ!せめてもうちょい雰囲気がある中で言って欲しかったわ!」
「しー。悠誠、近所迷惑」
「お前が変なこと言うからだろ!」
もう、なんだこの娘。頭おかしいだろ。
「とにかく、今日は寝る!」
「スマブラやるって言っても?」
「……っ」
「太鼓の○人をやるって言っても?」
「……ぐぬ」
「私の書いてる小説の、まだだれにも公開してない新作の原稿を読んでもいいって言っても?」
「……ぐぬぬ」
おい、やめろ、それ以上言ったら、俺……
「うらっしゃー!徹夜で全部やってやろうじゃねーか上等じゃい今夜は徹夜だこのヤロー!」
「おぉー」
いや、拍手しないで。
そんなこんなで、俺はこいつにゲーマー心をくすぐられ、結局徹夜でゲームすることになった。