第3話 お泊まりイベントってこんなもんよ【1】
「ここよ」
彼女はそう言って、我々の目の前にある建物を指差した。
そこにあるのはマンション。
だが、俺の家ではない。
紛うことなき夢奈の家だった。
ふと我に返って呟く。
「……なぜこうなったんだ」
俺は脳をフル回転させてここまでの出来事を思い出す。
* * *
時間を遡ること数分前。
例のごとく空き教室に集まった四人(言わなくともわかるよね?)で俺の裁判(?)をしていた。
内容は《夢奈の性格激変問題》である。逆に、それ以外何も裁くことがない。
なお、この場にいる全員が、あの裁判シュミレーションゲームをやったことがない。
「異議あり!」「待った!」くらいしか知らない。
ゲームをやっていなくとも、なにかを裁くとなったら学生のほぼ全員が裁判ごっこを始めるのではないだろうか。現にそうだ。
勘違いするな。言い出しっぺは与菅だ。俺ではない。
「えー、ではまず、夢奈さんの性格がなぜ本によって変わるのか。被告人、説明をお願いします」
被告人は『証言台』とだけ書かれた紙が貼られている机まで移動し、口を開く。
「面白いからです」
「それだけかよー!」「他に理由があるんじゃないの?」とか、テンプレ野次が飛んでくる。言ってるのはもちろんあの二人だ。
もう、これって裁判じゃなくて国会だよな。なにこのカオスな空間。
「あなたの素の性格はどうなんですか?もういい加減、表したらどうですか?」
すると突然、夢奈が黙り込んだ。しばしの沈黙を経て、ついに素の性格を表す––––
「べ、別に素の性格を隠しているとか、そんなんじゃないんだからねっ」
「「「…………」」」
なぜだろう。今、もう一方の女子が手に持っていたスマホを落としたのは。
「おーい?美月?」
「え?い、いやぁ、なんとも思っていないよ、うん。別に『キャラ被った!』とか、そんなこと微塵も思っていない…………あっ」
「これは調べる必要があるな」
与菅が値踏みするような顔で美月を見つめている。
「んで、それがお前の素なのか?」
「やだなぁ、お兄ちゃん。そんなわけないじゃん!」
目を爛漫と輝かせ、輝かしい笑顔で俺にそう言った。
「だと思ったよ!あと、突然妹キャラ出すんじゃねえよ!」
「うっ……そんな、酷いよ……」
すると突然泣いてるような顔を作り、しおらしい声で言った。
「今度は内気なキャラかよ。お前、どんだけレパートリーあるんだよ」
「たくさんよ。そうね、それじゃあ、私の気がすむまであなたで遊ぼうかしらね」
「……をい」
「って言うとでも思ったのかしら?そんなことしている暇あったら勉強したら?」
「それはこっちのセリフだ」
今度はドSキャラかよ。
「…………」
「……いや、突然黙るなよ。怖いだろ」
「あー、ごめん。悠誠が疲れてるのかなーって思ったからー」
そう言ってスマホをいじりだした。
「冴えないフラットメインヒロインかよ」
ちなみに、俺はあのヒロインの髪型はボブ派だ。どうでもいいな。
「ちょっと、そこの男子。女子に向かってフラットって酷くない?誠心誠意謝りなさい!」
「うわー、そこから優等生キャラとかないわー」
「いやぁ、やめてよぉ。これでもぉ、私、頑張ってキャラクターの研究してるんだよぉ」
「ぶりっ子は嫌いだ」
「酷いよぉ〜」
「なあ、これっていつまで続くんだ?」
「もう、レパートリーはないよ。どれがいい?」
「どれってどういうこと?」
「言葉の通り、悠誠が気に入ったキャラはどれ?それにするから」
「……素でお願いしますマジで」
こうして、怒涛の性格七変化(美月命名)が幕を下ろした。
……性格問題?もう、本人に任せることにするよ。
その後はラノベとかアニメの雑談をしていた。
ちなみに、そのとき夢奈はコロコロ性格を変えていた。
そうこうしていたら、もう夜も深くなっていた。
「そろそろお開きだな」
与菅の言葉で帰る準備を始めだした。
ここで問題が起こった。
「なあ、悠誠」
「なんだ与菅?」
「夜遅いから、女子を送ってこうぜ?」
「んあ?そのことか。いいぜ」
俺は何も考えずにそう答えていた。多分、睡魔のせいで空返事をしていたんだと思う。
「んじゃ、俺は美月を送っていくから、お前は夢奈をよろしく」
「お前、いつから呼び捨てにしたんだ?」
「……細かいことは気にすんな」
そう言って二人は先に帰った。
空き教室に俺らだけが残った。うるさいほどの静寂が訪れる。
「俺らも帰るか」
「そうね」
耐えかねて俺らも学校を後にした。
追記。夢奈の家に向かう途中のバスで、俺は寝ていたらしい。
* * *
今思い出した。俺は睡魔によって一連の動作を何も考えずにやっていたらしい。我ながらすごいと思う。
「さて、俺はもうそろ帰るよ」
そう言って俺は地下鉄駅の方向に向かって歩み––––
「……待って」
歩み出そうとしたが、肘のあたりを摘まれて踏みとどまった。
「どうした?」
「家に入って」
「なんだ、そんなことか。わかった…………家!?」
近所迷惑だったかもしれんが、そんなことも考えられないくらい、頭は混乱していた。
「親は?」
「いない」
頭を抱えて悩む。
「何故、家に招き入れるのか、理由を説明してくれ」
「小説の取材。彼氏が家に来た時の描写ができなくて困ってる」
「なんだ、そんなことか。わかった。わかったから、肘のあたりをつねるのをやめてくれ」
パッと手を離したかと思えば、肘のあたりに抱きついてきた。
「お、おま、ちょ、バカ」
「ん〜?どうしたの〜?」
「このタイミングでドSかよ!ふざけもごもご」
ふざけんなと言おうとしたのだが、口を押さえられた。
「近所迷惑、でしょ?」
ウインクをして、俺をマンションに引っ張っていく。
「覚えておけこんちくしょー!」
と言いながら思う。
––––こいつ、素がSっけあるのかもな
入り口での一波乱が終わり、夢奈の部屋のドアを開ける。
「ここよ」
鍵穴に鍵を入れて捻る。ドアが開く。
俺の人生で、女子の部屋に入ったことはない。いや、あるにはある。だが、是非とも忘れたい過去だ。ノーカウント。
そして、人生最初の女子の部屋はいかに……。
ガチャ。
…………。
…………––––––––––。
「コレハヒドイ」
思わず棒読みになってしまったが、かなりのショックを受けた。
そこに広がっていたのは、空き巣にでも入られたかのように散らかった部屋だった。