第2話 夢見る彼女は狂っている【3】
「さてと、どうしたものかな」
夢奈が帰ったあと、俺は勉強机に膝を立ててうなだれていた。
悩みの原因はもちろん、あの先天性ド変態作家だ。
あいつのことを考えてから五分が経った。やっと、一人で考えるのは無駄だと悟った俺はスマホを起動し、女子友達の一人を呼び出すことにした。
……まあ、女子友なんて美月しかいないんだけどな。
悲しすぎるぜ、俺の青春。
とか回想してたら、三コール目で出た。
『なに、こんな夜遅くに』
「夢未真那に会ったんだが」
言った瞬間、ブツっと電話が切れた。
もう一回電話をかける。
「……なぜ切った」
『あんた、頭おかしいんじゃないの?夢未真那でしょ?』
「なんだ、あんたも知ってたのかよ。お前ってラノベとか読むんだな」
『と、とにかく、そんな売れっ子作家が、妄想が過ぎるあんたの目の前に訪れるわけないでしょ』
全く信じてくれないから、畳み掛けることにした。
「あいつ、俺らと同じ高校生。しかも札幌在住」
『……え?』
「ほんで、通っている高校の名前は北園学園」
『うそ!?』
「そして、奴の本名は舞浜夢奈」
『……嘘、だよね?』
「ほんとだ。ちょっと待ってろ。今、写真送るから」
一度電話を切ってLINEを起動し、先ほど撮った写真を送信する。
しばらくしたら、向こうから電話がかかってきた。
「誰だ?」
『言わなくてもわかるでしょ!』
「冗談だ。んで、これではっきりしただろ?」
『……まだ、信じられないけどね』
電話の奥でため息をつきながら言った。
「そりゃそうだ。俺だって最初は戸惑ったよ。でも、なんか見捨てられないんだよ。愛嬌があるって言うのかな」
『え、私と初めて会ったときと扱いが違いすぎない?』
「気のせいだ」
なんか、「すごい不安です」みたいな、乙女のようなことを言ってた(実際のところ乙女なんだけどな)が、スルー。
皆は知ってるだろ?俺が恋愛恐怖症だと言うことを。
「ま、とにかく、あいつに会ったら普通に接してくれ」
『じゃあ、舞浜さんに会うまでに、しっかりと常識を教えておいてよね』
「はい?」
なんで、俺が教える前提で話しているのだろうか。
「なんで俺なんだよ」
『私が舞浜さんと面識がないことくらい、知ってるでしょ?』
「まあ、そっか。そだねー。わかった」
『今なんか、流行りの言葉が入っていたような気がしたんだけど……。まあ、よろしくね』
「ああ、わかった」
向こうが電話を切ったのを確認してから携帯を閉じる。
その流れでベッドに横たわって天井を眺める。
「あいつにどうやって常識を教えればいいんだよ」
そんな呟きは、誰にも聞かれることはなかった。
「でも常識さえ教えればいいんだもんな。少し気楽に行くか」
––––って思っていた時期が俺にもありました。
「なんて言ったらわかってくれんのかよ」
「……私、作家だから、常識が邪魔」
「このやり取り十回目だな、おい!何回繰り返すんだよ!」
空き教室に俺の叫びが響き渡る。かと思えば、しばらくの沈黙。運動部の元気な声が聞こえてくる。十秒くらい経っただろうか。夢奈が首をかしげる。
はぁ〜って深いため息をついたら、ドアに人の気配がした。
美月だということくらいわかっている。
「随分と手こずってるようね」
「てめー、今来たふりして冒頭から聞いてただろ」
「––––」
めっちゃ冷や汗かいてる。わかりやすい奴め。
もう話がまとまらなくなったから、俺は結論を言うことにした。
「もう、とりあえず常識はいい。本当は良くないけど……。とにかく、俺が言いたいのは––––」
「下ネタをやめろって言いたいのね」
「わかってんのかい!時間の無駄だったろ……」
ふっと力が抜けて机に突っ伏す。
「お疲れ様ー」
美月が何の感動もなく言い放って教室から去る。
「お前、後で覚えておけよ……」
歩く美月の背中にそう言った。多分、あの人は聞いていない。
「んでよ、夢奈さんや。あんたのそれはどうすりゃ治るんだ」
あまり答えに期待せずに、そう質問した。
「本を読めば治る」
「……なんじゃそりゃ」
まるで意味がわからない。本を読めば性格が変わるのだろうか。
「そうよ」
「エスパーかよ」
こいつ、モノローグ読みやがった。
「とりあえず、本を読むだけでなぜ性格が変わるのか、聞いてもいいか」
「その物語に出てくる人物の性格をコピーするから」
「意味がわからねーよ。でも、それで治るのであれば是非そうしてくれ」
「わかった」
あまり期待せずに、その日はお開きとなった。
ー数日後ー
学校の玄関の前で夢奈を見た。
「おはよー」
「おはよー、お兄ちゃん!」
「誰だよ!逆に怖いわ!」
本人が言った通り、読んだ本の登場人物をコピーしてきた。多分、こいつは妹キャラが出てくるライトノベルを読んだのだろう。
多重人格とは言い得て妙だった。
「とりあえず、お前の素の性格はどうなんだ?」
「えっと、その、な、なんて言えばいいのかな」
「コミュ障かよ。是非とも登場人物のコピーをしてください。但し、しっかりとしたキャラに限る」
今日も舞浜夢奈は狂っていた。