第2話 夢見る彼女は狂っている【2】
遅いながら説明しよう。俺の家には俺以外は誰も住んでいない。同棲している女もいない。ペットもいない。
高校生にして独身だ。まあ、こうなったのには過酷な過去が––––
「やべ、パン焦げてる」
俺の悪い癖だ。何か回想的なものをしていたら、他のことが疎かになってしまう。
––––どこのヘタレ主人公だよ。
まあ、とにかく俺は一人で暮らしている。孤独だが、楽な面もある。誰にも気を使わなくて済む点が一番ありがた––––
「やべ、目玉焼きも焦げてる」
この癖、どうにかしないとな。
俺が朝食をとっていると、ドアのノック音が鳴り響いた。
ここは築ン十年のそこそこボロいアパートだ。住むぶんには問題ないのだが。一応、前に住んでいた人がリフォームしてくれたらしいから、隙間風とかに悩まされることはない。
だが、インターホンだけは修理されていない。俺がこちらに引っ越して来たからの長年の疑問だ。
つまり、インターホンが鳴らないならばノックという手段になるわけで。
「……誰だ?」
「オレだよ、オレオレ」
「玄関前でオレオレ詐欺かよ」
椅子から立ち上がり、ドアを開ける。そこには与何某とやらが立っていた。
「……朝っぱらから何の用だ」
「おい、もう昼だぞ。まだ寝てたのかよ」
「三十分前に起きたばっかりだ」
今は一時半くらいだ。昨日は夜の十一時半に寝たから、えーっと……
「俺、十四時間も寝てたのかよ!……だがな、今日は土曜日だ!よって!寝てても!誰にも!叱られない!」
「にしても、不健康すぎるだろ。睡眠時間が短いのも問題だが、長すぎても帰って不健康だぞ。あ、ちょいとお邪魔するぞ」
「そーなん!?知らんかったわ。……てか勝手に入るんじゃない」
こいつ、いつのまに……?まあ、追い出すのも忍びない。しゃーないな。
それから貴重なことを教わったような気がする。覚えておこう。明日からしっかりとしないとな。
……っとそうだ。こいつ、なんでここにいるんだ?
「ところで、なんでここに来たんだ?」
すると与菅は、俺の部屋であるにもかかわらず俺に一切気を使わない、超・くつろぎスタイル(俺命名)で座った。座布団を縦に二枚敷いて足を伸ばして座ることを言う。
「ん?あぁ、あのよ、お前が夢であった少女ってマジで、あのラノベ作家の夢未真那だったのか?」
「なんだ、そのことか。その話はマジだ。俺があったのは、正真正銘あの夢未真那だ。それがどうした?」
「『それがどうした?』じゃねーだろ!てか、お前、夢未真那の顔知ってんのか?」
「ふふふ……そのことか。ずばり、知らん!」
与菅は呆れた顔でこちらを見ている。
やめろよ、そんな子犬を哀れむような目で見るのをやめてくれよ。
「んで、その夢未せんせーとあって来たんでしょ?どうだったんだ?」
「どうって、そりゃー……そりゃ、まあ……あれだ」
「はい?」
そりゃすげー変態だった!って言おうとしたんだけど、なんかそれを言うのはタブーのような気がした。
幻想殺しするなって言われたら面倒だからってのもある。
いつか機会が来たら話すつもりだ。
だから、俺ははぐらかしておく。
「まー、そのな。この話は、お前が知ったら悲しくなるから……」
「いや、大先生の話を知って悲しむわけねーよ」
もちろん、与菅が言う『大先生』とは夢未真那である。
「いいんだな?お前、今からパンドラの箱を開けるんだぞ?後悔ないな?」
話した後に恨まれても困るから、しつこく聞く。
「なんだよ、その言い回し。ゲームのセーブデータリセット前のしつこい警告か?」
「そんなもんだな」
「なんじゃそりゃ」
そう、とりあえず、こんな感じではぐらかしとけば––––
「ここって悠誠の家だよね?お邪魔しまーす」
「……うそ、だろ!?」
そこにやって来たのは、話題に上がっていた夢未真那=舞浜夢奈だった。
そして、この日は夢奈にひたすら振り回されたのだった。
* * *
『お前、あれはなかなかやばいレベルだな』
「だから俺ははぐらかした答えをしたんだよぅ」
夜遅いと両親が心配するからとか言って与菅は二時間ほど前に帰っていった。現在時刻は午後九時だ。
夢奈が来てからは、ひたすら下ネタ責めにあった。しばらくは呆然としていた与菅だが、その後は気分を入れ替えてゲームをした。協力して狩をするやつだ。
余談だが、与菅はそのゲームの世界ランク第十位くらい、俺は十五位くらい、意外にも夢奈は世界クラスとまではいかないけれども、俺らに匹敵するほどのガチ勢であることがわかった。
閑話休題。
『まあ、なんだかんだ楽しかったけどな』
「それに関しては否定できないな」
『にしても、遠い存在だと思っていたんだけどな。意外と身近に感じてしまったわ』
「結局のところ、作家って変態しかいないんだろうな」
『それはないだろ。どちらかといえば厨二病の方が多いんじゃね?』
「確かにな」
すると、電話の奥で『お風呂いいよー』って声がした。女性の声だ。どこかで聞いたような声なのは気のせいだろうか。
「なんだ?彼女か?」
『ちげーよ、ねーちゃんだよ』
「んあ、そっか。お前ねーちゃんいるもんな」
『まあ、そんなわけで。また明日な』
「ああ、じゃな」
相手が電話を切ったことを確認して電話アプリを閉じる。
「さてと……」
そして俺は今座っている作業机の椅子をくるっと回転させ、今目の前にいる悩みのタネを見る。
「いつになったら帰るんだ、夢奈」
そこには、キョトンとした顔で床に座っている夢奈がいた。
「だって、帰り際に『泊まれ』って言ったじゃん」
「俺が言ったのは停止の方の『止まれ』だからな!帰り際にお前がカバンを忘れそうになったから『おい!』って呼びかけても聞こえていなかったから『止まれ』って言ったんだよ!どんな勘違いだよ!どんだけお花畑なんだよお前の頭!」
「今、桜が咲き誇っています」
「そんなこと聞いてるんじゃねー!!」
俺の叫びは虚しく部屋に響き渡るだけだった。