第1話 そして拗らせオタクは探し始める【3】
「いないな」
「そりゃそうだろ」
俺らは今、豊平川の橋にいる。
札幌市を代表する川の一つで、毎年夏になると大きな花火が大量に上がる。
すなわち、花火大会の舞台。
そして、昨夜の俺の夢の舞台。
例のスタバの件で、思い立ったが吉日。
早速、探しに行くことにした。
ま、もちろんいるわけなかったんだが。
橋にいたのはタンクトップ短パンでランニングしているおじさん、女子高生が二名。一人は金髪、一人はポニーテール。そして、それを横目で見ているお兄さん。
下心満載だろ、あの兄さん。
結局、帰宅するために最寄駅へ向かう。
「なぜだ!なぜいないんだ!」
俺は歩きながら嘆いた。
「というか、逆によくもいるって思ったわね」
美月が呆れながら言う。
「なんで探そうなんて思ったんだ?」
与菅が苦笑いしながら問う。頼むから呆れないでくれ。
とりあえず、気持ちを落ち着かせてから二人に話した。
「……夢で終わらせたくないからだ」
二人は無言で俺の話の続きを促した。
「だってさ、夢で知らんやつがでてくるとか、レアだろ。んで、なにせ典型的なキモオタである俺は余計にこの展開に燃えているわけだ。面白いじゃん、燃えるじゃん、楽しいじゃん!」
二人は苦笑いをする。だが、不思議と呆れた感じはない。
––––すなわち、生暖かい目だ。
「おい、その目をやめてくれ」
俺が抗議する。
「やっぱりお前は選ばれしキモオタだな。お前は主人公にでもなりたいのか?」
「お前がキモオタって言うな」
与菅が笑う。
「まあ、せいぜい頑張れよ。主人公君」
「るせー」
今日の少女探しは、めでたく振り出しに戻った。
ー次の日ー
「さあ、今日も元気にガールハント!行こうず、支配に––––」
「ナナ○スをパクるんじゃねー」
与菅に蹴られた。
「ったく、いてーな。んなことより、今日も探しに行くぞ」
「確認するぞ、マジで行くのか?」
「当たり前だろ」
なるべく、夢とほぼ同じ時間にするために、捜索時刻を遅らせている。今は午後六時だ。
「お前の行動力はどっからでてきてるんだか」
与菅が苦笑いをしながら、そしてこう言った。
「だが、残念だったな。俺はアニ○イトという聖地に赴く義務があるのだ」
俺は激しく裏切られた気分だった。
「与菅……貴様……」
「ま、そんなわけだから、ばいびー」
あいつ、ダッシュで逃げてった……。
* * *
その後、一人で昨日と同じところにいったが、そこにいた人は変わらなかった。
橋にいたのはタンクトップ短パンでランニングしている以下略。
もちろん、下心満載なお兄さんも相変わらずいる。
ほんと、警察沙汰にならなければいいが。
このまま帰るのも虚しかったから、大通公園も探した。
札幌市の真ん中に大きく構えている公園で、市民の憩いの場として使われる。
ちなみに、土日はリア充を多く見かけることがあるから、平日しか行かない。
だから、何故かいそうな気がした。
まあ、もちろんいるわけがなかった。
二時間探した後に、暇になった。
このまま家に直行するのも嫌だったから、あいつに電話をすることにした。
四度目のコールで出た。
「与菅、まだア○メイトにいるか?」
「ああ、いるけども、なんだ?」
「我、今からそちらに向かう」
「はぁ?」
この後、アニメグッズを一五〇〇円お買い上げになられた俺氏であった。
* * *
この日の夜、俺は美月から『夢を録画するなにか』って名前の装置を装着して寝た。
あ、『夢を録画するなにか』って名前は、決して俺が忘れたわけではない。美月が確かにそう言ったのだ。
そんなわけで、ベッドに横になって五分くらいで夢の中に意識が吸い込まれていった。
夢で見た光景は、花火大会ではなかった。
だが、昼間に見た場所だった。
大通公園だ。
ただ、全く気分は晴れない。
「リア充……多すぎ……」
嘆かざるを得ない。
俺が項垂れていたそのとき、誰かに肩を叩かれた。
「誰だ?」
振り返ると、人差し指が俺の頰に当たった。
その人物は、花火大会の夢に出てきた、謎の少女だった。
「なあ、確認だが」
「はい」
「あなたと会うのはこれが二回目だよな?」
「いえ、何回かは覚えていません」
こいつ、頭がちょっとアレなんだな。
「まあ、とりあえず名前だけは教えてくれ。気味が悪くて夜も眠れん」
「今君が夢の中にいるってことは、眠れているよね?」
「……細かいところをつっこむでない」
あと、気味が悪くはない。気になりすぎているのだ。
「まあ、名前だけは教えてあげてもいいか」
すると俺の神妙な面を見てなのか、その少女は名前を明かした。
「私の名前は夢未真那––––『二十四時間の夢日記』の作者って言えばわかるかな?」
その少女は、「天才ファンタジー作家」と呼ばれるラノベ作家の名前を口にした。
俺がその答えに対して驚いた瞬間、視界が暗くなった。
そこで夢が覚めた。
* * *
「いない」
「だろうな」
前回の夢以来、俺はあの豊平川付近を探し続けている。
––––そして、捜索から一週間が経とうとしていた。
帰りの地下鉄の中で、俺は頭を抱えていた。
いよいよ、流石の俺でも「いないのでは?」と疑いたくなるほどに成果がない。隣にいる与菅にいたってはコクコクと舟を漕ぎ出している。
あの夢で、彼女は夢未真那と名乗った。
夢未真那を知らぬオタクはいないだろうってほど有名なラノベ作家だ。
一部では、「ファンタジーの女王」と言われ、崇められている。
しかし、彼女の本名はもとより、顔も、性格も、本業もわかっていない。
「てかさ、にわかには信じられないな。その、夢であった少女が夢未真那だったって話」
「お前、いつの間に起きてた」
なんの気配もなく突然言葉を発する、背景同然のキャラってある意味怖いよね。
* * *
「んで、マジで見つかると思ってんのか?」
時は変わって今は学校の昼休み。与菅、美月と机を並べて弁当を食べている。
いや、俺は焼きそばパンを食っている。弁当ではないな。
そして、与菅が「自称手作り弁当」を食べながら、俺に対して失礼な質問をしてきた。
「どアホ、見つかると思ってるから探してんだろ」
すると、今度は美月が「はぁ〜」とため息をついてから俺に言葉をぶつけた。
「その行動力を他のことに費やせばいいのにね」
「おぅっ」
正論をぶつけられて胸に刺さる。
「そうそう、悠誠って無駄に行動力あるよな。俺にも少し分けてくれ」
「よ、与菅まで……あとでしばく」
いつの世も、どの世界でも、人は周囲に流されて意見を合わせようと努力をする。肝心な己の意思は片隅に置いとく。
たがしかし!俺はそんなんではない。しっかりと自分の意思を持って、胸を張って行動したい。
あかん、今の会話だけで小説じみた言葉が湧き出てきた。
俺はすかさずスマホのメモを立ち上げて今の素晴らしい文をメモする。
「あと、突然スマホを立ち上げて、その時に湧き出てきた小説のネタを書く癖も直さないとね」
「もうちわけごじゃいまちぇんでした」
「はぁ?」
「……すんません」
––––お前ももう少し柔らかい性格になれよ。
って言葉が出かかったが、言うと話がややこしくなるんで引っ込めた。
「んで、今日はどうするんだ?」
帰りの学活が終わり、皆が部室へと向かう中、与菅が俺に聞いてきた。
「もちろん、探しに行くに決まってるだろ」
「あーはいはい、頑張ってこい」
まあ、会話は成立しなかったし、しかも全く覇気を感じない応援までいただいた。できればお返ししたい。
「てめー、後で覚えておけよ」
「ああ、覚えておくわ。じゃな」
与菅は半笑いしながら部活に走って行った。廊下は走るなよー。
「ってそうだ、なぁ、悠誠」
「んだよ?」
「お前、なんでそこまで本気になって探してんの?」
「……」
「……っておい、まさか意味ねーのかよ?」
「まさか、んなわけねーだろ」
「だよな。ま、わかったら教えてくれ」
「おうよ」
今度こそ、与菅は部室に向かった。
「覚えておけよ、青春め」
そして俺は与菅に、そして青春に、宣戦布告をした。
俺のアオハルは、彼女と会って始まる。
どこぞの主人公みたいな、とても寒い、しかし燃えるような展開に、俺は闘志を燃やした。
* * *
先程、すごいやる気みたいな言い方をしたが、実のところ、かなり燃え尽きている。
「探してやる!」と宣言して何日も過ぎていった。
今日あたりに見つからなかったらどうしようか考えている。もちろん、希望もまだ捨ててはいない。
なんて、いろいろな気持ちを抱きながら、俺は例の場所に赴く。
––––初めて会ったときの、あの橋へと。
ここまで言っといていなかったら、ただの厨二病になるな、俺。
頼むから、いてくれ……。
そして、橋を眺めてみる……
「……ははは」
結果、いなかった。
やはりそうだ。所詮は夢だ。『過去に会った誰か』って説で腑に落ちる。
期待したんだけどな。
あんなに可愛い女子なんて、そうそういない。
––––そうか、俺が探していた理由って、一目惚れだったのかもな。
自分でもわかっていなかったが、そういうことなのだろう。
つまり、今、俺は名前も知らないだれかに勝手に恋をして、勝手に振られたってことか。
「はぁぁ」
中学時代の恋愛に関するトラウマが込み上げてきたが、ため息と一緒に吐き出す。
この件は忘れよう。
さて、これからどうするか––––
ヘタレ主人公の思考から抜け出し、二次元コンテンツについて考え出したところに、柔らかい、いい香りが俺の鼻に届いた。
ちらっと確認したら女子だった。多分同じ学校の生徒だ。ポニーテールが特徴的だったな……
「……って、ちょっと待て!」
思わず叫んで振り返る。すると向こうもこちらを見る。
「……ははは」
さっきとは違う笑みがこぼれた。
「夢に出てきた少女の正体はあなたですね……夢未真那さん」
「久しぶりです、悠誠さん」
夢で見た少女と同じ容姿の彼女は優しい笑みを浮かべた。
『誰だかわからない少女』の正体は、どうしたことか同じ学校の生徒だった。