第1話 そして拗らせオタクは探し始める【2】
「わからない。理解不能だ」
学校の課題、はたまたテストでよく耳にする言葉だ。
それに対して「わかるまで考えろ」と、大多数の先生は言うだろう。最初から投げ出さずにじっくり考えろという意味で言っているのだろう。
では、質問だ。
いくら考えてもわからない場合はどうすればいいのか。
––––答えはわからない。
そう、結局のところ、この世はわからないことだらけなのだ。
宇宙のことなんてまさにそうだ。
だから「わからない」を責めてはいけない。俺はそう思う。
「わからない」を解決するために動くが、結局わからなかった。それはその人の経験になるから、焦ってわかろうとしなくていい。
すまん、ちょっと哲学的なことを言ってしまった。
結論を言おう。もし、わからなかった人を責めてはいけないのならば、誰を責めるのか。
そんなの、決まっている。
「ありがとね。あんたのおかげでいろんな服を買えるわ」
「ほら、こんなやつとかな!」
「スタバに行こう」とか言っておいて、「その前にバーゲンで春物のやつを見てもいい?」と抜かしてその辺のスタバからなんでも揃っている札幌駅に行き先を変更し、しかも荷物持ちをやらされる。
責めるべきは、そんな「わからない」の原因を作り出したやつだ。
この話、小説のネタに活かせるな。よし、忘れないうちにメモしておこう。
俺はスマホのメモを起動し、文字を打ち込む––––
「あんた、完全に私の存在を忘れているでしょ」
「いや、忘れていない。記憶が飛んでいただけだ」
「そっか、なら良か––––それ同意義じゃん!」
「あー、今小説のネタにするためにメモしてるから話しかけないでくれ」
「……っ」
あ、まだ紹介していなかったな。
俺は小説家だ。ペンネームはなく、本名で活動している。
ただ、ライトノベルとかそっち系ではなくて社会的な小説を書いている。
まあ、読者層は変わらず十代から二十代なんだけどな。
過去作は「二次元コンテンツから学ぶ経済」「リア充とはなんなりや」とかである。
ちなみに、自虐ネタを含むものが多いから、読者からは「自虐ネタの貴公子」「自爆オタリスト(オタク+テロリスト」と呼ばれている。
ライトノベルを書かない理由は機会があったら説明するから安心しろ。
「んで、なぜ与菅はいないんだ」
メモを取り終えてから、美月に質問した。
与菅は地下鉄を降りて改札を出た時点で人波に飲まれていなくなっていた。
あいつはどこに行ったのか気になる。一人悠々とゲーセンにいたらしばく。
一方の俺もゲーセンに行くつもりだったが、美月に回収された。
そのときに俺の手を掴んで服屋の前まで連行したのだが、やはり女子に手を握られると恥ずかしような嬉しいような不思議な感覚になる。
いくらリア充が嫌いでも、なぜかその手のイベントにはめっぽう弱い。それが男だ。
俺に限った話かもしれんが。
閑話休題。
「与菅なら改札を出た瞬間『ゲーセン行ってくる!』とか言ってダッシュでナムコまで言ったわよ。聞こえなかったの?」
「そのとき、イヤホンでアニソン聞いてたんだよ……与菅め、後で○す」
どうでもいいけど、「○す」って言ったら極度の変態は「犯す」ってはめそうだよね。
うん、どうでもいいな。すまん。
* * *
札幌駅にはナムコがある。
やはり今日も中学生と高校生とガチ勢でお祭り騒ぎとなっていた。
ちなみに、俺ら三人はガチ勢の分類に入る(と勝手に思っている)。
得意ゲームは、俺と与菅はあの太鼓の音ゲーと黄色の鍵盤みたいなのが付いている『空間を切り裂く新感覚音ゲー』ってキャッチコピーの音ゲーだ。
美月は太鼓の音ゲーとドラム洗濯機のやつだ。
そしてここには思い出もある。
「そういえば、俺らが初めて会ったのってここだったな」
「……そういえばそうね」
中学を卒業した後、「高校入試お疲れさん会」と称してカラオケに行った後、当時の俺の仲よかったやつらとゲームセンターに行くことになった。
俺が太鼓の○人をやっていたときに、彼女は話しかけてきた。
「私と勝負してください」
「……はい?」
『学生のミヅキが勝負を仕掛けてきた!(BGM:トレーナー戦』と俺の頭が言い出し、下半身のモンスターが騒いだ。
卑猥だが、しょうがない。そこにいたのは紛うことなき美少女(当時)だった。
『可憐』という言葉がよく似合う容姿(当時)なもので、俺はそんな子に勝負を挑まれたと我に帰ったときに顔を赤くし、湯気を出すしかなかった。
ちなみに、今は美月とは二年目の付き合いとなったせいでそんなに可憐さを感じない。
そして、挑まれた勝負は俺の圧勝。スコア対決をしたのだが、俺は相手が選んだ全ての曲をフルコンボしてしまった。
果たして曲の難易度が簡単だったかと言ったらそうではない。むしろ難関の部類に入る。
俺も美月もガチ勢だったからガッチガチの戦いになったのだ。
あの熱戦は今でも忘れない。
「もう一回対戦してあげてもいいんだよ?」
俺の心が読めているのか、いたずらっぽい笑顔で挑発してきた。
「ああ、こっちこそ、負けて泣くなよ?」
「私を何年生だと思っているの?」
もちろん、挑発に乗ってあげる。
こいつ、いつもツンデレなのだが、こういう無邪気な笑顔を見ると可愛く見える。
やはり女子は笑顔だ、うん。笑顔万歳。
そして、そのときの自信ありげな顔が当時と似ていたから、俺の頰が緩んだ。懐かしく感じた。
「その笑い方キモい」
「……せっかくのいい雰囲気を壊すなよ」
* * *
「なんで……なんでなの……?」
「ハハハ!これが格の差だ!」
結果は俺の勝ち。すごい勝ち誇ったように笑ったが、美月もあれからかなり強くなっていたからギリギリの戦いだった。
選んできた曲が最難関曲だったのは変わらないが、向こうもフルコンボできるようになっていたから、完全に『良』の数と連打数の勝負になった。
対戦中、ギャラリーは皆引いていたことは言うまでもないだろう。
「それにしても、お前、強くなったな。いつの間に上達したんだ?」
「一年間、ひたすら修行をした」
「……相変わらずの負けず嫌いだな。そういうとこ、嫌いじゃないな。また対戦しようぜ?」
「……うん」
美月はうつむきがちに頷いた。
––––顔は赤かった。
なんか、今日のこいつは所々に女っぽさが感じられて、いつものテンポが狂ってしまう。
こいつと一緒にいて緊張したのは久しぶりかもしれない。
「お、こまし発見」
そんな変な空気を一蹴する声が聞こえた。
憎たらしいイケメンが登場だ。
「てめーどっから聞いてたんだ。場合によっては蹴るぞ」
「肩にチョップしながら言うなよ」
この感じだと、対戦が終わったあたりからだな。
「悠誠に変なことされてないか?」
与菅は美月に向き直って聞いた。
「俺は獣かよ」
「男なんてそんなもんだろ。俺もそうだけどな。それで、どうなんだ?」
「……された」
美月は俯いて顔を赤くした状態のまま言った。
「ちょぉぉぉぉぉ!」
「悠誠さん、何したんですか?」
「なぜだ!ここは庇うところだよな!」
「……悠誠、『庇う』って言ったけど、やっぱり何かしたのか」
「ち、違う違う!」
世の男性よ、覚えておけ。リア充イベントの後処理は相当めんどくさい。
「うん、本当に違うの。私が、そのー…いろいろと……とりあえず、悠誠を責めないで」
美月がしどろもとろになる俺をフォローした。
「……お、おう」
与菅も、いつもと違う美月の態度に戸惑っている様子だった。
「とりあえず、スタバ行こうぜ?」
与菅が、本来の目的を達成するべく声をかけた。
「そうだな」
というか、寄り道した原因って美月と与菅だよな……?
* * *
スタバに着いたが、やはり女子中学生と女子高生で溢れていた。至る所でシャッターを切る音が聞こえてくる。
「インスタにアップするんだろうなー」って思いながらコーヒーを飲み、スコーンを食べる。
優雅な昼のひと時を過ごしていたら、目の前にいる与菅から声がかけられた。
「なあ、ちょっと写真撮らせてくれ」
「はい?どういうことだ?」
「いや、お前がコーヒー飲んでるところがインスタ映えしそうだなって思ったから」
「ああ、別にいいが」
そう言って俺はカメラの方を向いてコーヒーを飲んだ。
……こんなのが、本当にインスタ映えするのか?
「ありがと」
「いい写真が撮れたか?」
「ほらよ」
スマホを俺に渡してきた。そこに写っているのは俺じゃないみたいな俺だった。
「俺、イケメンだな」
「リアルはそんなんじゃないけどな」
「黙れイケメン」
ただ、これが投稿されたら、俺は瞬く間に有名になるだろうな。
見出しは『オタクの王子降臨!』か。いや、それだったらキモオタの極みじゃないか。まあ、事実なんだけどな。
そこで俺は、与菅が携帯をしまうのを見た。
「あれ、投稿しないのか?」
「俺、インスタやってないよ。だからお前のスマホにさっきの写真送ったんだけど」
「え、俺もやってないよ」
「あれ?この前、お前がインスタに写真をあげているって友達から聞いたんだけど」
「マジで?多分、そっくりさんだ」
「そっか」
びびったわ。怪奇現象じゃねーかよ。
まあ、この世には同じ顔の人が何人かいるって話だからな。そっくりさんがいても不思議ではない。
にしても、どこまでそっくりなのか気になるな。今度、調べるか。
* * *
「お待たせー」
やっと美月がやってきた。なぜ遅れたのか気になったから聞いてみた。
「トイレか?」
「……(笑っているが、後ろに紫のオーラがでている)」
そして俺の脛を蹴ってきた。
「いてっ」
図星だったようだ。
「そういうこと、女子に聞くのはダメだからね」
「すいませんでした」
「わかればよし」
そう言って、俺の正面に座った。
早速、質問をしてみる。
「んで、あの夢のことなんだが」
「ああ、それね。……あんたの夢の中に見知らぬ少女が出てきたでしょ?」
「ん、ああ。あれな––––って、はぁ!?なぜお前が知ってるんだ」
「見た」
「……どうやってだ?」
「これを使った」
取り出したのは、発信機みたいな小さな機械だった。
「これをあんたのスマホにつけて、夢を解析していたの」
「嘘!?いつ付けたんだ?」
「終業式の日」
思い出した。俺は帰り際に「ちょっとスマホ貸して」と言われ、普通に渡してた。
「この機械って何?」
呆然としている俺の代わりに与菅が質問した。
「人の脳波を検知して、そこから思考を読み取る機械」
「そんなものまで売られているとは、最近の機械市場はすごいな」
俺が落ち着いて感想を言った。
「あ、これは自分で作った」
「……もう、本当に勘弁してください」
美月は生徒会とコンピューター部の掛け持ちをしている。コンピューター部では、常に発明をしていると同じ部の友達から聞いた。
畜生、この完璧超人(性格以外)め。
「んで、昨夜の夢はなんだったんだ?」
ようやく本題に入れた。
「夢で知り合い以外の人は出てこない。まして、あそこまで目立つ出現だったらよっぽど。だから、間違いなくどこかで会っている」
「やっぱりそうなのか」
美月が言うのだから間違いないだろう。
だが、本当に会っていたのだろうか?
「やっぱり覚えてない?」
「覚えてないもなにも、そもそも俺の人生で女子と関わることが少なかったから、あんな美少女と会ったことなんて一度も––––」
「それ、言外に私のことは美少女じゃないって言ってるわよね?」
「違うよ、違う。そんなことないよ。ユウセイ、ウソ、ツカナイ」
「……っ」
「っ!」
蹴られた。脛を三回蹴られた。
「じっくり見たら思い出すんじゃない?」
与菅が話を進めた。こいつがいなかったら、まともに会話ができなくなるかもな。
「でも、どうやってじっくり見るの?写真もなにもないんでしょ?」
当然の質問を美月が返す。
こんなテンプレな会話をされると、やはりテンプレ展開をしたくなるのが俺様なわけで……
「よし、探すぞ」
「「アホか」」
そんなテンプレ的回答も、やはりテンプレツッコミで返された。