第1話 そして拗らせオタクは探し始める【1】
「おい悠誠、お前目が死んでるぞ。大丈夫か」
「安心しろ、夢で美女と会ってきた」
「……は?」
俺の言葉に、川崎与菅は目を丸めた。そりゃそうだ、会話が噛み合っていないし、しかも「夢で美女」とか頭が明後日の方向に向いてるコメントをされたら、誰でも引くわ。今、満員の地下鉄に乗っているわけだが、同じ高校の制服を着た女子が睨んで、俺から距離を置くように逃げて行った。
なにが癪に触ったのだろうか?夢で見た美女に嫉妬してんのか?んなわけないか。
ちなみに、あの花火大会の夢から覚めた後、続きが気になったから二度寝したけど、二回目の夢は巨人に食われる内容だった。
寝る前に巨人のアニメを見なけりゃよかった。
「おーい」
「あ、すまん。妄想に帰ってた。どうした与菅」
「妄想に帰るってどういうことだよ。まあ、それよかもうそろ駅に着くぞ」
おっと行けない。もう高校の最寄駅だ。妄想しているとあっという間だな。
「なあ、今日って始業式だよな?」
与菅が突然、変なことを聞いてきた。
「それがどうした」
「いや、お前、二年の最初からそんな状態でいくのかと思ってよ」
「気にするな、オタクがアニマラをしたら徹夜くらい余裕だ」
地下鉄から降り、改札を通る。
「アニマラってどういう意味だ?」
「与菅……お前はにわかなのか?アニメマラソンくらいするだろ?ったく、これだから見た目リア充は……」
「ひでーな、見た目とか」
いや、実のところこいつはかなりイケメンだ。
顔立ちは整っていて、天然パーマで髪はモジャモジャ。ちなみに茶髪。高身長でスリム。さらに部活は軽音楽部で、バンドを組んでいる。もう、リア充の象徴だ。あー、うぜ。
「それよか、アニマラってアニメマラソンの略称か。あと、俺部活あるから最近アニマラできてないんだよな」
嘘だ。奴はそんな部活と両立ができないやつではないと知っている。
それから、「○○できていない」とのたまう奴に限ってやっているのだ。俺は知っている。
––––みなさんご存知ですかそうですか。
「じゃあ、春アニメの総評をどうぞ」
俺はあえてこの質問にした。アニメのタイトルを限定せずに質問することで、こいつがどれだけアニメを見て、何を考えたかを掌握するのだ。さあ、与菅の答えやいかに––––
「そうだな、まあ、今季は賛否両論のアニメが多数あって個人的に五話以内に切ったタイトルが五つ。最後まで見るも二週目はないと定めたものは三つ。あとなぜかネットで叩かれているけど俺は好きな作品が二つ。最近はアニメ業界が微妙になっている原因としてアニメーターの給料が少ないことだと思われる。そもそも、給料が少ない理由として––––」
「すまん、バカにして悪かった」
ほらな、こいつ部活と両立させてるだろ?
* * *
俺らが通うのは私立北園高等学校。名前からだいたい連想できる通り、ここは北海道札幌市。かの有名な繁華街のすすきのから少し離れたところにある。
この周辺に俺らが通う高校と同じ系列の高校、大学が何校かある。成績優秀者はそこの系列大学へ推薦入学できる制度がある。これを狙って入学する生徒も何人かいる。
まあ、高校紹介はこの辺にして、何かあれば随時紹介していく。この話よりもアニメの話がしたい。
「ところで悠誠、最近オススメの二次元コンテンツはあるか?」
「そうだな、今のオススメは夢未舞那の『二十四時間の夢日記』だな」
「あー、それはまだ見てなかったな。ありがと」
「おう、あとはそのコミカライズもだな。作者がyuk@riさんだからな。正体不明の覆面作家!もう絵が素晴らしいのなんの!あ、ちなみにあの人は––––」
「あんたら、まだオタク話してんの?」
ここで登場したのは、俺の数少ない女子友達の市ヶ谷美月だ。
こいつは清楚な感じで、しかもおとなしい。黒髪ロングがその象徴となっている。その証拠に、コンピュータ部と生徒会を両立している天才である。
ただし、友人からしたら、その黒髪は結構な腹黒さの象徴だったりするわけで……。
あ、ちなみに奴は、まだ俺に洗脳されていない。
「む、まだとはなんだ、まだとは!この話は日本中、いや世界共通の話だ!俺は死ぬまでこの話をするつもりだ」
「ま、せいぜい頑張れ」
「なあ、俺はこの話から除外されてるよね?」
「あ、与菅は俺サイドの人間だからな?」
「マジかよ」
おい、俺、何気に傷ついたぞ。お前も立派なオタクだろ。部活でやってるバンドでもアニソンカバーしまくってるくせによ。
「あ、クラス発表だ」
美月が、(主に俺が作り出した)嫌な空気を払拭するように俺らに話しかけた。
忘れていたが、クラス替えの時期だ。
別に誰が同じでも問題ないのだが、まあ、知り合いがいた方が落ち着く。だから、何かとこの瞬間は緊張する。
さてさて、俺の学級は––––
「あ、悠誠よ、俺と同じE組みだ」
与菅との腐れ縁が確定した瞬間だった。
さて、場所を移してここは二年B組。
俺は昔からの疑問をここでぶつけることにした。
「結局、お前とは中学時代からずっと同じクラスだな。なぜだ」
「いや、知らんよ」
一蹴されたよ、おい。
そんなこんなで、与菅とは中学生の頃からなぜかクラスが同じで、これでこいつとはクラスメイト歴五年となる。いや、できることなら学校一のマドンナと五年一緒になりたかったよ、そりゃ。
ただ、俺は「リア充」と「マドンナ」にはトラウマがある––––いや、忘れよう。
「そういえば、お前と初めて話したのって、リア充の話だよな?」
「あー!やめてやめて俺死んじゃう」
こいつとは思考回路を含めていろんなとこが似ているってところでまた切っても切れない関係なんだろうな。
ちなみに、この時も教室のドアの近くで恨めしそうにこちらを見ているどっかの誰かさんがいたことは知っていた。
そういえば、あいつ特進コースだったんだな。あのコース一クラスだけだからクラス替えとかないんだっけ?
とりあえず、心の中で「どんまい」と言っておいた。
* * *
また場所は変わって、今度は体育館。始業式をしている。
校長の長い話をしている間、俺は別のことを考えてた。もちろん、昨夜の夢のことだ。
夢とは、自分の記憶している情報を整理しようとして、あんな意味不明なものになる。つまり、そもそも夢に出てくるのは、自分の記憶に残っているものしか出てこないのだ。
なら、なぜ彼女が出てきたのか。もちろん、面識はない。誰かの夢の共有とか、実は前世の記憶なんてことは絶対ないだろう。だとすると––––
––––誰かに、その時の記憶を抜き取られたが、実は脳が記憶していた。なぜなら、これは忘れてはならない、俺と彼女の運命……
気色悪い、キモい、○ね、自分。
危うく、キモオタスイッチが入るところだったわ。
「ご起立ください」
話を戻して、どうしてあんなことが––––
––––あ、やっべ、全員立ってる。
焦って立った瞬間には、とりあえずいっかとの結論が出た。
この件は、どう考えてもおかしいところが多すぎる。
とりあえずは、俺が過去に見たアニメの実写が夢で行われたってことにしよう。我ながら名案だな。
* * *
始業式後のホームルームが終わり、どうせ帰っても暇だから、与菅を強制連行、もとい拉致ってアニ○イトに行くつもりだった。
––––そう、奴が来るまでは。
「あんた、勝手に脳内で私のことをボスみたいな感じで語ってるでしょ。ほんと、キモオタってなんなんだろうね」
そいつは、俺の心が読めるようだ。イチガヤミヅキ、メッチャコワイ。
そして俺は、美月の言葉に反撃した。
「お前、キモオタを舐めてはいかんぞ。知ってるか?愛すべきキモオタ共が集まるコミケの経済効果を!」
「百八〇億円でしょ?」
「ちょ、バカな!なぜ知っているのだ!」
こいつの頭がウィキペディアなのは知ってたけど、まさかオタクの知識まで知ってるとは……。
いや、そういえばこいつも乙女ゲーやってるから俺ら側の人間なのか。
美月は、学校では生徒会を務め、しかもテストで学年トップの超が付くほどの優等生だ。
だから忘れてしまうのだ。しょうがないよね?
「なあ、ところで」
「……なに?」
「お前は何でここに来たんだ」
「あー、えっとね……なんだっけ?」
俺は盛大にずっこけた。
皆は知らない。彼女が凄い天然であるということを。
どうやったらこんなやつが生徒会で活躍できるのだろうか。普段の様子を見てると想像がつかない。
「あ!思い出した!」
「なんだよ?要件は?」
「ねえ、あんたこの後暇?」
俺は一つのトラウマを思い出した。
中学時代だ。俺には二人の彼女がいた。
その二人は、メンヘラの代表に上げられるほどの面倒だった。
そんなあいつが、俺をデートに誘うときの決まり文句が「この後暇?」だった。
ちなみに、デートについていくと高確率でパシリに使われるのだ。
そんな記憶が一瞬にして頭に巡った。
そして、俺の防衛本能がサイレンを鳴らしている。『断れ、女は怖いぞ』と聞こえた。
––––全国の女性の皆さん、すんません。ぼく、女性恐怖症なので。
そして、俺は断るべく口を開く。
「ふふふ、すまんな。俺には行かなければならない場所があってな––––
「あ、ちなみに行くのはスタバね。もしついて来たらあんたの夢に出て来た少女について教えるわ。あとで与菅も誘う予定だからね?」
「俺の行くべき場所はそなたと同じでありますお供させてください」
今回は例外だよ?『基本』女子は信用ならないってだけでな?いつもとは言ってないよ?
「てか、与菅は今どこにいるんだ?」
そうと決まれば早く行きたい。そのためには、今はこの場にいない人を誘わなければならない。
「あー、そんなこともあろうかと、あの人のカバンにGPS付けてあるから」
「怖っ!」
前言撤回。女は基本怖い。
「どれどれー……ほう、ここから近いな
ちょっと待ってて!」
そう言って、美月は電光石火の速さで飛んで行った。
よく知ってる男の悲鳴が聞こえたが、気にしいこととする。
「おい、悠誠。これはどうなってるんだ」
「すまんな、この女がスタバ行くって言ってたもんで」
「お前、女性恐怖症じゃねーのかよ」
「……それとこれは話が違う。とりあえずついて来い」
「まあ、いいや」
与菅は快諾した。俺の友人はおかしい。いや、俺も大概だけどな。
「さてと、クラス替えで一緒になれなかった鬱憤も晴らせたし」
「さっき美月のストレスサンドバッグになってたのかよ」
「罵詈雑言の嵐だったな」
「御愁傷様です」
「ほんじゃ、行こ?」
こうして二年の最初は、結局いつものメンバーで遊ぶこととなった。