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4 メイドのお仕事

 父親の出処進退はどうでも良いが、妹たちの行く末は、やはり姉として気になるところである。

 というわけで。


「お前が出て行くなら、妹たちを城から追い出す」


と宣言されたセレスの選択の余地は一つしかなく、それを思って彼女は盛大なため息を零した。

 そんなふうに気もそぞろなセレスを見て、目の前の青年がこほん、と軽く咳払いをして注意を促した。ノエルの懐刀ブランである。


 城に残って女官として働く道を選んだセレスに、彼は仕事を伝えに来たのである。ノエルの近習とはいえ、王位を失い一介の女官となったセレスにとっては、ノエルと同じく自分より目上の相手である。

 そう判断したセレスは、訪ねてきた彼を部屋に迎え入れた際に、


「ブラン様」


と呼んでみたのだが、主と同様、大層気味悪げな顔をされて、


「今までどおり、ブラン、とお呼び捨てください。言葉遣いも今までどおりで結構ですよ。セレスティーナ様」


と呼び捨てることを許されたのである。

 そして「では早速」とブランは居住まいを正し、本題を切り出した。


「セレスティーナ様の仕事ですが」


 セレスの顔に緊張が走る。馬車馬のようにこき使うと言われていたので、どんな重労働が課されても、それなりの覚悟はしているが。

 そんな悲壮な心境のセレスの内心を知ってか知らずか、ブランは極めて真面目な様子で、こう告げた。


「まずはノエル様を起こすことから始めていただきます」

「……はい?」


 ブランの言っている意味が分らず……というより、冗談としか思えず……セレスは反射的に聞き返してしまった。しかしブランの表情は至って真剣そのものであり、とても冗談を言っているようには見えない。


 となると、彼の言っていることは、事実なのだろう。


(……一体どういう仕事なのよ)


 意味が分からないながらも、相手が説明している間にあまり口を挟みすぎるのも失礼であるので、セレスは黙って話の続きに耳を傾けた。


 が。


「ノエル様の着替えの手伝い、朝食を共に取り、入浴の手伝い、そして夜伽……」

「ちょっと……」


 前言撤回。


 これが口を挟まずにいられようか。


(今、夜伽とかなんとかって聞こえたんだけど??)


 目を剥いたセレスに対し、ブランは飽くまで白々しい表情である。彼は先ほどと全く同じ口調で、


「冗談です」


と返した。

 ブランも人間だ。冗談の一つや二つくらい言うのも当たり前である。しかし、そこそこ長い付き合いであるのに、そういう砕けた部分に気付かなかったとセレスは思い、つくづく自分の洞察力のなさに嫌気がさす。

 セレスは軽くため息をついて、


「笑えない冗談はやめて」


と、心底の本音を吐き出した。続けて素朴な疑問を投げかける。


「それはともかくとして、何でノエルの身の回りの世話ばかりなの?」


 その問いかけに対しても、ブランは即答した。


「ノエル様がそれを望んだからです」


 その言葉は、聞きようによっては、まるでノエルがセレスに気があるとも取れなくもない。しかしセレスティーナは身の程をわきまえていた。あれ程よりどりみどりな男が、何を好きこのんで凋落した元王女などに色目を使うというのか。


(ないないない)


 そんなセレスの心を読んだかのように、ブランは続けた。


「セレスティーナ様には色気がないので、適任かと」


 まあ、そんなことだろうとは思ったが。


 父親などから「可愛げがない」と言われ続け、元婚約者からも地位以外に魅力はないと言われ、その他もろもろ、同じようなことを言う人間はいるため慣れてはいる。

 が、さして親しくもない人間から、正面切って指摘されるのは、それはそれで事実といえども腹は立つ。


「あなたね……」


と抗議の声を上げるが敵もさる者、さっくり無視され、それどころか、


「どちらにせよ、部屋は移動して頂きます」


と、相変わらずブランのペースである。


(あ、結局部屋は移動するのね……)


 ノエルがセレスを第一王女の部屋に留まらせたのは、いずれどこか目の届きやすい場所に移動させるための暫定処置だったらしい。彼の立場からすれば、元第一王女に自由きままに移動されては都合が悪いのは確かだ。


「部屋はノエル様の私室近くを用意していますので、そちらに移動するように、お願いいたします」


 あくまで事務的な口調であったが、そのブランの口調が淡々としていればしているほど、セレスは何故か抗議も非難も抵抗も一切合切無駄だという無力感に陥り、相手のなすがままとなるしかなかった。







 数刻後。

 荷物と共に新しい部屋に案内されたセレスは、ブランが立ち去り一人になると、荷解きの終えていない箱の上に座り、大きなため息を零した。


「まったく……どういう新手の嫌がらせなのよ……」


 ぼそりと愚痴を零しつつも、一人の時間が生まれ少し気持ちに余裕ができたため、セレスはようやく自分に与えられた部屋を確認するべく顔を上げた。

 そうして軽く瞠目する。


「わ……」


 それは一言で表現するならば「素敵な部屋」だった。第一王女の部屋とは比べようがないが、しかし一介の女官に与えるには分不相応とも言える広さであり、なにより所狭しと並べられた書棚に心躍る。


 いや、普通の女官は本に埋もれた部屋を「素敵」と称するかは謎だが、ただ、セレスにとっては最高の環境である。

 そしてここで、普通の夢見る女性であれば、


「まあ素敵! ノエル様って、本当は良い方なのね!」


という運びになるところが、如何せん相手はセレスである。


(一体どういう風の吹き回しかしら……何か私にまだ利用価値があるということ?)


と穿った考えを持ったまま立ち上がり「何か罠でもあるのでは?」と部屋を検分して回る。


 先日ノエルが手にしていた花が、サイドテーブルに飾ってある。数日経っているせいか、少し葉っぱに元気がなかった。


(……誰かに渡すつもりなんだなって思っていたんだけど)


 なぜ、ここにあるのだろう。誰かに渡しそびれたのだろうか。

 他にも不思議なものは多々あったが、その最たるものはこれだろう。机の上の品々である。


「……」


 何やら机の上にこれ見よがしに並べられていた本は、「王妃の作法」だとか「夫を立てる10の方法」だとかいう、さっぱり訳の分らないジャンルの本だったため、セレスは速攻で、自分が持ってきた別の本に入れ替えたのだった。

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