表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/69

tea time 1 犬と猿な間柄(2)

 ノエルとブランが勢いよく振り返った先にいた者は、彼らが予想していた人物とは違っていた。

 その、たちの悪い行動にノエルは額を押さえ、その声の主の名を呼ぶ。


「レア……」


 嫌になるほど「ある人物」に似せた声、口調で悪戯を仕掛けてきた声の主は、二人の前に現れるなり、手近にあった椅子にちょこんと腰掛けた。やはり手近にある菓子を指でつまむと、ひょいと口に含む。まさに勝手知ったる何とやら、である。


 この第四王女は先日、


「はやく、セレスお姉さまに会いにいったほうが、いいと思うの」


とノエルに告げに来た張本人である。この助言によってノエルがセレスの元に駆けつけなければ、セレスはあの部屋をあっさりと捨てて出ていっていたことだろう。


 ……別に王宮にいるのだから問題ないのでは? と言われそうだが、この執務室のあるエリアから研究室が集まるエリアまでは、距離が遠すぎて、色々と不都合なのだ。

 つまり、ノエルとしては借りがある存在であるのだが。


 二つ目を摘まみ食いしようとする行儀の悪い少女の手から、ノエルは菓子入れを奪い取った。そのままノエルは、不満げな彼女の視線を受け止めながら、


「たちの悪い物真似はやめなさい」


と子供に対するよう、軽く脅すように睨む。しかしレアはつんとそっぽを向きノエルの視線をかわすと、悪びれもせず言い放った。


「これは、物真似じゃなくて、よそくだもの」


 そう言いつつ、ノエルが取り上げた菓子に手を伸ばす。だがノエルは、行儀が悪いと言って、更に高い位置に菓子入れを持ち上げる。レアが立ち上がってつま先立っても到底届かない高さである。

 現段階では最早、菓子は手に入らないと諦めたレアはぷうと頬を膨らますと、長居は無用とばかり椅子から飛び降りた。そして、


「じゃあね」


と一言残し、扉へと向かう。

 一体何の用事だったのか、単に菓子を無心に来たのか、子供の不思議な行動については、ノエルにもブランにもさっぱり理解不能である。だが、扉の取っ手に手をかけるレアに対し、ノエルはふと思うところがあって呼び止めた。


「レア」


 相手は少しばかりヘソを曲げていたようなので、ノエルの呼びかけに対し無視を決め込む可能性も考えられたが、少女はさして気にしてもいなかったらしい。


「なあに?」


と答える声には、負の感情は含まれていなかった。

 レアの機嫌が治っていることを確認したノエルは、軽く息をつくと、聞こうと思っていた内容を尋ねた。


「最近は、いじめられてないか?」


と。


 この、誰もが羨む程の麗しい容姿を持つ少女も、決して安楽な立場にいる訳ではない。それは母親の身分が低い故に、だ。有り体に述べれば、遊女である。そのため、少女が美しければ美しいほど、幼い少女に対するに相応しくない赤裸々で品のない噂や中傷が飛び交うのである。


 まあ、ノエルがレアを気にかけるのは、そういった出自に対する同情もあるが、それ以上に、自分が擁立していた元第一王女であるセレスの影響である。彼女はこの妹姫を特に可愛がっており「ノエルも目を配ってあげてね」と頼まれていたのが大きな理由だ。


「……いじめられたら、ほーふくするもの」


 その答えのの中に、「いじめられていない」という言葉が入っていないことに眉をひそめ、同時に「報復」という物騒な言葉が入っていること対し、ノエルは冷や汗を流す。


 やられたら、二倍、三倍返し。


 そんな行動基準を、当然のものとして持つ少年の姿がちらと頭を過ぎった。

 できるならば、この成長段階にある少女に、ああいう手合いの真似をしてほしくはないものである。……既に手遅れかもしれないが。


「ほどほどにな」


 すると、一体ノエルの言葉の何が気に入らなかったのだろう、レアはむうっと口をへの字に曲げた。


「人のことを心配する前に、自分のことを心配するべき」


 全くもって正論だった。


 それを理解しているからこそ、こうして片腕と共に対応策を練っているのである。

 言われるまでもない、という表情を返すノエルに、レアが小さなため息を零す。その後、人差し指をずいっとノエルに向けて指した。


「わたしは、わたしのために、動いてる……。わたしの目的のためには、ノエルをけしかけた方が、てっとり早いから」


 ふふっと薄ら笑いを浮かべながら、よく分からないことをぼそぼそと呟いていたレアだったが、ふと思い出したように、こう言った。


「じゃあ、さいごにひとつ忠告。キルシュは魔術師じゃないの」


 それもまた、不可思議な台詞である。キルシュ……という人物が要するにノエルの天敵であるのだが……が魔術師であることは、疑いようのない事実である。誰もが彼をそう認識している。にもかかわらず、レアは彼を「魔術師ではない」と言い切った。


 ブランもまた、ノエルと同じ所感を受けたらしく、不思議そうに首を傾げレアの言葉の意味を探っている。


 そんな大人二人を眺め、レアは小さくため息をついた。そのため息は、まるで「困ったおとなたちね」と言っているかの如くである。

 そして彼女は短く続けた。


「稀代の大魔術師」


と。


 そう言い残すなり、レアはこの件に関して興味を失ったのか、くるり、ときびすを返し、来た時と同じく勝手気ままに部屋を出て行った。


 かくして。


 ノエルらが、レアの言葉の意味を骨身に染みて知るのは、もう少し先の話である。今はただ、嵐の前の静けさを、緊張しつつ甘受するのみであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ