17 君のためにできること(2)
セレス自分を奮い立たせるよう大きく一つ頷くと、緊張の面持ちのまま、扉の向こうに足を踏み入れる。
――そして、見た。
真っ白な顔で倒れ伏す王と見知らぬ青年、そして彼らに対峙するように立つキルシュの姿を。
しかし。
(また……!?)
セレスは「それ」を知って愕然とした。
扉の内側にも、薄く透明な膜のような結界が張られていて、一歩も進めないのである。こちらからの声も聞こえないようだ。
一方で、内側からの声は鮮明に聞こえてくる。恐らく邪魔者を排除するための結界なのだろう。
(念入りすぎるでしょう!!)
セレスは焦りを覚えながらも膜を押したり、摘まんだりしてみるものの、その薄さとは裏腹に、強度は確かなもので、どうしても破り取ることができない。
そんなふうにセレスが結界と必死に格闘している間にも、キルシュたちのやりとりは止まることはない。
キルシュと対峙している見知らぬ青年は、飄々とした様子で、こう言った。
「それで、キミは自分の魔力を奪って欲しいと」
「……そうだよ」
押し殺したキルシュの声が、部屋に響く。その内容に、セレスは面食らう。
(魔力を奪う!?)
そんなことができるのだろうか。
……いや、精霊である彼らにとっては、簡単なことなのか。しかし、何故、そうする必要があるのか。
一瞬にしてよぎった疑問は、しかし次なるキルシュの説明によって、すぐに解消された。
「彼女の呪いは、僕との魔力融通の契約に基づいている。だから、僕の魔力をある程度絶てば、彼女の呪いは解けるかもしれないだろう」
「理論的には、そうかもしれないね」
見知らぬ青年は、やはり緊張感のない面持ちで、こくこくと頷いた。だが、すぐに不思議そうな目でキルシュを見やり、首を傾けた。
「でも、正直、ワタシには分からないね。たかが人間の小娘のために、巨大な力を失おうとするキミの考えが」
「……そうだね」
キルシュは静かに頷き「君には分からないだろうね」と付け加えた。その後、ゆっくりと目を伏せる。
そして、相手に話しかけるというよりは、自分自身に語りかけるように、彼は続けた。
「僕は本当は、ずっと気付いていたんだ」
そして再び目を開くと、こう言い切った。
「彼女を守りたいのは、契約関係だからじゃない。ただ……彼女が大切だったんだ」
こんな深刻な状況であるのに、ふと見せた彼の表情はとても穏やかで優しかった。
(キルシュ……)
彼の想いに、セレスの胸が詰まる。
やはり自分の考えは正しかった。
彼は、決して自分を害したりしないと。それどころか、彼は自分を助けようとしてくれたのだ。それこそ、身を呈して。
しかし、そんな情緒も、キルシュと対峙している青年にとっては無意味なもののようで、彼は興味なさそうに首をすくめると、
「そう。まあ、ワタシには願ってもない申し出だからね。君たちの内心になんて興味ないし。これ以上の事は聞かないよ」
と話題を打ち切る。そして、まるで大好物の料理でも目の前に出されたかのような表情で、
「じゃあ――イタダキマス」
と、手を前にかざし、そう言った。
……その時。
ふっと手に感じていた膜の存在が消えた。結界が掻き消えたらしい。
それが、青年が別の魔法を行使するために、この結界を維持することができなくなったからなのか、とか、様子を窺っていたファーの援護射撃なのか、とか理由など考える余裕すらなかった。
遮るものがなくなった今、セレスにできることは一つだった。体は、考えるより先に動き出す。
(間に合って……!)
祈るような気持ちのまま全速力で駆け――セレスはキルシュの前に身を晒した。




