17 君のためにできること(1)
呪いによる手首の痛みは激しく、痛み止めの結界符をもってしても脂汗が浮くほどであるが、ただ一つだけメリットもあった。
(分かる……)
キルシュを探す、と大口を叩いたものの、彼の居所など見当もついていなかったセレスである。そもそも、まだこの国にいるのかどうかすら分からないところだったが。
(痛みが強くなっていく)
特定の方向へ向かうと、徐々に痛みが増していくのである。それはつまり、この「呪い」を誘発する対象に近づいていると考えて良いだろう。
痛みは辛いが、これが自分をキルシュの元へと連れて行ってくれるのだと考えれば、多少は我慢できた。
(早く)
心が急く。
同時に思いつめたような表情のキルシュが脳裏をよぎった。
きっと彼は「何か」をしようとしている。その「何か」が実際に何であるかは、精霊ではない自分には思いもつかないが、とにかく一人で重大な決断をしようとしていることには間違いない。
手首の痛みを道しるべに、セレスはよたよたと走り続ける。
(……っ!)
そして、ようやく辿り着く。
顔が歪むほどの痛みを感じるその場所。
その「痛み」以外の根拠などないが、それでもセレスは、その場所こそが魔力の中心地であると確信できた。
しかし。
(ここって……元国王の部屋、よね……)
セレスは困惑のままに立ち止まる。そこは間違いなく、父親である元国王が軟禁されている部屋であった。何故ここに、という疑問は尽きないが、とにかく今セレスがすべきことは、ただ行動あるのみだ。
そこは監禁するための部屋であるため、鍵は外から掛けられるタイプの者だ。
そして現在、扉には鍵はかかっていない様子である。セレスはドアノブに手をかけ、そして回すが。
(開かない……!?)
施錠されていないにもかかわらず、ドアは開かない。不自然なほど、全く動かないのである。
どうして、と思いながら、もう一歩だけドアに近付くと、何か魔法の気配が感じられた。どうやら魔法によって施錠されているらしい。
(……ここまできて!)
長くキルシュという強力な魔法使いと過ごしてきたセレスには分かる。その魔法は、間違いなく強力なもので、自分ごときが太刀打ちできるようなものではない。
だからといって諦めることもできず、無駄なあがきと知りながらも「開けて!」と声を張り上げながら扉をガンガン叩いていると、
「ここは私にお任せください」
と背後から声をかけられた。我に返ったセレスがはっと振り返ると、そこにはファーが立っていた。
彼は、以前見たのと変わらない穏やかな表情で微笑む。そして、
「これは精霊の魔法ですので、精霊にしか解けませんよ」
と続けたファーは、セレスの隣に立つと、そっと扉に手を触れた。
その途端、扉の前に薄く張った膜のようなものが浮かび上がる。それは可視化された結界の姿であった。
ファーは、その薄い膜を手の甲で軽く叩く。すると結界は、凪いだ水面に一滴の雫を垂らしたような波紋を描いた後、綺麗さっぱり消えてしまっていた。
(すごい)
ファーがキルシュと同じ精霊であることは知っていたが、実際に魔法を行使している姿を見たことがなかった。
彼の普段の雰囲気は、どちらかと言えばのんびりした感じであり「大魔術師」というイメージがなかった。が、彼がリンツァー出身であることは伊達ではなかったようだ。
彼は扉を解錠すると、セレスに向き直った。
「後は貴方にお任せします」
その言葉に、セレスは神妙に頷く。
今度こそ。
ここから先、足を踏み入れるのは自分一人であるべきであることに、疑いようはなかった。




