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16 ずっと心に秘めていた答え(2)

 その後、ノエルは何かを吹っ切るかのように、一度、大きく首を横に振った。そしてゆっくりと口を開く。


「セレス」


 万感を込めたような呼びかけに、セレスの胸がきゅっと痛む。


「そうは見えなかったかもしれないが……俺は、お前が幸せになればいいと、ずっと思っていた」


 そう言った後、彼は一旦言葉を区切る。やがて静かに微笑み、そしてこう続けた。


「これからも、ずっと願っている」


 それは決して全開の笑みではない。どこか苦みの混じったものだった。けれど彼の「同情や憐れみはいらない」という意思をひしひしと感じたセレスは、ただ、こう一言告げた。


「……ありがとう、ノエル」


 これだけが、今、自分が言うことのできる唯一の言葉だろう。


 そしてキルシュのことを考える。


 ノエルは自分と向き合ったのだ。ならば自分もキルシュとしっかり向き合う必要があるのではないか、とそう思った。


 その時。


「……っ」


 唐突に、左手首が激しく痛んだ。

 ……先日の舞踏会で感じたのと全く同じ場所で、しかし痛みは段違いである。手首をぐるりと取り囲むようにギリギリと締め付けられる痛みである。


 突如として襲い来た筆舌に尽くしがたい痛みに、手首を押さえて座り込んだセレスを、ノエルが慌てた様子で覗き込む。


「セレス!?」


 肩を抱くようにして、セレスの様子を伺うノエルに、しかしセレスは呼吸すら苦しく、言葉を発することもできない。そうしてぜいぜいと肩で息をしていると、不意に、静かな声が降ってきた。


「セレス……」


 驚くほどの存在感を持って響き渡ったその声はキルシュのものだった。

 しかし、今まで聞いたことのないような低い声で様子がおかしい。セレスは脂汗を浮かべながら、キルシュに視線を向けた。そうして見た彼は、いつにない厳しい表情を浮かべていた。


「その痛みは……契約の不履行によるものだよ」


 見たこともないような冷たい瞳が、セレスを見下ろしていた。しかし、次の瞬間には表情を歪め、そして吐き出すように、こう続ける。


「君は……ノエルに心を動かされたんだね」


 具合の悪いセレスの肩を抱くノエルという光景を見て、そう思ったのだろうか。

 その大いなる勘違いに、違う、と否定したいのに、あまりの痛みに言葉が出ない。するとキルシュは、セレスの沈黙を肯定と受け取ったようで、再び表情を硬くした。


「僕が精霊である限り、契約は有効だ。君は死ぬまで、その痛みを抱き続ける」


 感情を伺うことのできない淡々とした声が、廊下に響き渡る。


「……ち、」


 違う。

 何とかそう言いかけた時には、彼は既にくるりと踵を返していた。そのまま、霧のように姿を消すキルシュの背中を、セレスは為すすべもなく見送った。


(なん……で……!)


 どうして立ち上がれないのか、自分に腹が立つが、根性だけではどうにもならないほどの激痛であり、一人では動けそうにない。

 呻きながら立ち上がれないでいると、見かねたノエルが肩を貸してくれた。ついでに、簡単な痛み止めの魔法をかけてくれたのだろう、ほんの少しだったが痛みが緩和する。

 辛うじて声も出せるようだ。


「あり、がと……」


 相変わらず呼吸も荒く、途切れ途切れになる礼の言葉に、ただ事ではない空気を察したのだろうか、ノエルが顔をしかめる。


「魔力による痛みなら、レアに見せてみるか?」


 問われ、セレスは激痛に途切れがちになる思考にむち打って、一つの可能性を思い出す。


「……ううん、……むしが良すぎるけど……私の部屋まで連れて行ってほしい」

「分かった」


 力強く頷いたノエルは、そのままセレスの右腕を肩に回し、その体重を支えた。

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