16 ずっと心に秘めていた答え(1)
舞踏会とはあくまで非日常的な空間である。
というわけで、翌日にはパーティーの余韻に浸ることもなく、通常どおり研究室で結界の作成に勤しんだセレスである。が。
「セレス」
その研究室からの帰り道に、不意に呼び止められたセレスは立ち止まり、そちらを見た。それは、とてもよく聞き慣れた声であり、確認する必要もなくノエルのものだと分かった。
セレスは「ノエル」と呼びかけようとしたが、彼はそれより早く、
「昨夜は悪かった」
と深く頭を下げてきた。
しかし、セレスは「謝る必要はない」という意味を込めて首を振る。
事の顛末は昨夜、レアから説明を受けたということもあるが、最初から、彼が急遽来れなくなったのなら、それだけの理由があるのだと信じていた。
「ううん。妹たちを助けてくれたって聞いた。こちらこそ、ありがとう」
微笑むと、ノエルもほっとしたように息を吐いた。しかし、彼には他にも気にかかることがあったらしい。
「……ずっと一人だったのか?」
と、申し訳なさそうな顔で尋ねてくるノエルに、こちらが逆に申し訳なくなる。少なくとも自分は、決して身の置き所のない思いをしたわけではないのだから。
「キルシュが付き合ってくれた」
ありのままに答えると、ノエルははっと瞠目した。しかし次の瞬間には、
「……そうか」
と彼は自嘲気味に力なく笑った。そんなノエルの姿に、胸が衝かれた。
それと同時に、頭の中にかかっていた靄がぱっと晴れて、思考が鮮明になったような気がした。
有り得ない、とずっと考えていたこと。
そのため、考えないように蓋をしてきたこと。それがすとんと心の中に落ちてきた。
きっともう、自分はそれを知っているのだ。「恋をしない」と心に決めた日から、自分の心だけではなく、人の心からもずっと目を逸らしていただけで。
「ノエルって……」
セレスは一度言いよどむ。しかし、次の瞬間には思い切って、こう尋ねていた。
「私のことが、好きなの?」
もし違ったら、自意識過剰すぎて恥かしいどころの話ではない質問だった。何と言ってもノエルは恐らく、城で一番人気の男性で、恋の相手など選びたい放題だろう。
(どうして私……?)
と思うものの、しかし心のどこかで「否定されることはない」と確信を抱いていたようにも思う。
「お前が……」
セレスの予想に違わず、彼は否定しなかった。だが、肯定もしないままに言葉を紡ぐ。
「恋愛という面では、ずっと誰に対しても心を閉ざしていることを、知っていたよ」
明白な肯定はなかったが、彼の答えは伝わってきた。彼は自分を好いていてくれたのだ。こんなに面倒で扱いの難しい自分を。
「それがお前とキルシュの間で交わした約束なんだろう?」
そう続けられて、セレスは一度目を閉じた。長く考える必要はなかった。驚くほど、その答えはしっくりと自分の中に納まり、じんわりと心を満たす。
「ノエル」
目を開けたセレスは、まっすぐにノエルの瞳を見つめた。
「私がキルシュとの約束を守るのは、契約だけのせいじゃない」
もしかすると、自分は最初から決めていたのかもしれない。
たとえば、決して恋をしないと決意した時、自分が何を優先したのか。その絆以上に大切なものはないと考えたのか。
「私が、ずっと彼にいてほしかったの。今までも、そして、これからも」
今まで、だけではなく、これからも。ノエルの問いかけに対するその答え。それでセレスの気持ちは十分に伝わったことだろう。
「……そう、だな」
ノエルが溜め息を一つ、零した。そして苦笑いを浮かべる。
「そんな気はしていた」
キルシュの前で泣きじゃくっていたお前を見た時から、本当は気付いていたのかもしれないな、と彼は静かに続けた。




