15 舞踏会の小さな魔法(4)
キルシュの突然の申し出を聞き、セレスは目をまん丸にした。
「踊れるの?」
失礼な言葉とは思ったものの、キルシュとダンスというものが、どうしても結びつかない。
そもそも、彼の持つ魔力が物凄いことは認めるが、あの怠惰な普段の様子を見れば、運動が得意なようには見えなかった。
すると彼は少し拗ねたように視線を逸らしつつも、こう答えた。
「君がリードしてくれるんだろう?」
確かにセレスは腐っても元王女だ。相手に恥をかかせないよう踊るすべは身に着けている。だから、
「もちろん」
そう明るく答え、セレスは差し出された手に、己の手を重ねた。
二人、手を取って、音楽に合わせくるくると踊る。
流れている曲は、ごく普通のワルツで、特別に雰囲気がある旋律というわけではない。
しかし、じっと見つめてくる瞳は、いつもとは違って、どこか熱がこもっているような気がするのは何故だろう。
なんだか。
(キルシュの顔、見れない)
ちょっと本来の年齢に戻っただけなのに、まるで知らない人みたいだ。食い入るように見つめてくる瞳から、逃げるようにそっと目を伏せる。
と、その時。
きり、と一瞬だけ左手首に不自然な痛みが走る。
(ん?)
セレスは左手首に視線を落とす。しかし特に赤くなったりといった異常はない。
(なんか知らないうちに捻ったりしたのかしら)
そう思いつつも、その痛みは捻ったようなものではなく、もっと何か締め付けられるような痛みだったようにも思う。
しかし、不意に気がそぞろになったセレスの様子に気付いたキルシュが、
「どうかした?」
と気遣わしげな表情で覗き込んできたので、セレスは慌てて軽く首を横に振った。
「ううん、何でもない」
心配をかけないようにと、そう答えている内に、先ほど感じた痛みは綺麗さっぱり消えていた。
(……)
しかし、セレスの頭にちらりとよぎる予感があった。
左手首。そこには、今はどういった魔法の原理か跡形もなく消えてしまってはいるが、かつてキルシュと交わした「契約の証」が確かに刻まれている場所なのだから。




