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tea time 7 甘いお菓子と彼女の事情(2)

 そういうセレスは、決して太ってはいない。どちらかと言えば、寝食を忘れて作業に没頭する研究者にありがちな、細身だ。

 彼女が気にすべき事はむしろ、体に凹凸が少ないことだろう。ただし、ノエルは決して肉感的な女性が好みのタイプというわけではないため、セレスには、できればこのままでいてほしいというのが本音である。


「それもこれも、全てノエルのせいよ」


 セレスに半眼で睨まれる。しかし、体重の増減を自分のせいにされてはたまらないノエルは、


「俺のせいか!?」


と即座に突っ込みを入れた。

 いくら何でも聞き捨てならない。これでもノエルは、セレスティーナの体調管理について、万全を期しているのだ。責められる謂われはない。

 しかしセレスは悪びれもせず、


「そう」


と頷いた後、その理由を主張した。


「まずは私の部屋!」


 立ち上がり、セレスは握り拳を作る。


「毎日、お菓子がテーブルの上に用意してあるの」

「それのどこが問題なんだ」


 三時にはティータイム、ティータイムにはお茶菓子。それはこの国の風習のようなものだった。仕事の合間に糖分を補給することは、疲労した精神と肉体に再び活力を与えるための有効な手段でもある。


 しかも。


 彼女の部屋に用意させている菓子類は、どれも国内外から取り寄せた一級品だ。彼女だけのために、と言えば、自分も楽しんでいる都合上嘘になるが、それでも彼女に良かれと思って選んだ品だ。


 中でも今日ここに用意していた菓子は特別だった。


 国内産業の新規開拓のために試みた、菓子職人のコンテスト。その輝かしい第一回大会で優勝したのが、この逸品である。喜ばれこそすれ、貶される筋合いはない。

 そんなノエルの内心に気付いたのかどうかは定かではないが、


「凄く美味しいの」


とセレスは、菓子が美味であることを否定しなかった。


「いいことじゃないか」


 何も問題なしということで、めでたしめでたし、と思いきや、彼女は尚も言い募った。


「とにかく美味しい」

「それは嬉しいね」

「もう、どうにかしてっていうくらい、美味しい」

「……で、一体何が問題なんだ?」


 押し問答のような果てしない遣り取りに、セレスティーナが相手ながら、少しばかり刺々しい口調になる。一方のセレスも、地を這うような声で、問題点を指摘した。


「一個じゃ、我慢できないの」

「自己管理能力が足りていないんじゃないのか」


 ノエルが呆れ混じりに即座に言葉を返すと、セレスは目をつり上げ、テーブルをどんと叩いた。


「あの誘惑を前に、自己管理能力なんて、何の役にも立たないと私は断言する!」


 さらにセレスは、大袈裟に額に手を当て、さながら悲劇のヒロインの如く哀訴する。


「しかも、お皿が空くと、いつの間にか補充されてるの」

「……」


 思い当たる節があり、ノエルはセレスから目を逸らした。それは恐らくノエル付きの侍女の仕業だろう。ただし、彼女らに悪気があるわけではない。彼女らは非常に優秀で、ノエルの望み――即ち、セレスに快適に過ごして欲しい、という思いを忠実に実行しているだけなのだから。


「なくなれば、それで終りだけど、継ぎ足されたら、どうしようもないじゃない」


 セレスは普段の彼女らしからぬ暗い目で、じっとりとノエルを見やる。だが、やがてノエルからつと視線を外すと、


「そう! 食べるまい、食べるまいと思っていても、手が勝手に!!」


 そう言って、とうとうたがが外れたのだろうセレスティーナは、レアの魔の手から逃れ辛うじてテーブルに残っていた菓子を一つ摘んだ。


(……って、まだ残っていたのか)


 この会話の間にも、レアに全て食べ尽くされたと思いこんでいたノエルは、まだ菓子が残っていることに驚く。しかし、テーブルに残された二つの種類の菓子を見て、納得した。


 それらはどちらも、ノエルがセレスだけのために用意したものであり、レアはそれを知って遠慮したのだろう。レアという少女は、傍若無人に振る舞っているようで、十の少女に見合わない細やかな心遣いも身につけていた。


 一方セレスは、摘んだ菓子を口の中に放り込むなり、歓喜の溜息をついた。


「だいたいなに、このお菓子、美味しすぎ……!」


 先程から、若干――いや、かなりセレスの性格が崩壊している。それも不思議だったが、さらに摩訶不思議なことがもう一つある。彼女はテーブルに残された二種類の菓子のうち、一種類にしか手を伸ばしていないのである。

 ちなみに、彼女が見向きもしていないもう一種類の菓子は、前述した国内大会優勝の品である。


「こっちのは食べないのか?」


 尋ねるとセレスティーナは迷いなく頷いた。


「それより、こっちの方が美味しい」


 勢いよくセレスの胃の中に収まっていく菓子と、心底美味しそうに菓子を頬張る相手の姿を交互に見比べ、ノエルは思わず相好を崩す。

 先程まで、せっかくの好意を無下にされ少しばかり機嫌が悪かったノエルであったが、最後のセレスの言葉に、すっかりほだされてしまっていた。


「セレス、太るからどうにかしてくれというお前の陳情だけどな、明日までに改善しておこう」

「どうやって?」

「それは明日のお楽しみだ」


 ノエルは柔らかに微笑んだ。すると、不意にセレスがノエルの顔を覗き込んだ。


「機嫌良くなった?」


 どうやら彼女も、ノエルに八つ当たりしていたという自覚はあったのだろう、窺うような上目遣いの視線だ。やたらと近い顔の位置に少々狼狽えつつもノエルは、


「いいや、別に?」


とお茶を濁し、その場を取り繕う。

 やがてセレスがテーブルを片付け始めたので、彼は手伝いのために侍女を呼ぶ。疾風のように現れた熟練侍女軍団は、セレスの二倍の早さで、午後のお茶会の片づけを終わらせた。







 その翌日。


 約束どおり、ノエルは「改善策」を携えて、セレスティーナの私室を訪ねた。セレスもまた、彼のおとないを待っていたらしく、午後のお茶会の準備は万端である。

 セレスに手招きされ、彼女の対面に座る。テーブルを挟んで向かい合った。そして何も言わず、手土産をテーブルの上に置いた。


 セレスは一つ頷き、やはり無言のまま、差し出された紙の袋の口を開けた。その中には、四角く柔らかめの焼き菓子が入っており、一つ一つ丁寧に包装されていた。

 セレスはそれを、テーブルに準備していた空の皿に綺麗に並べると、ひとつ手にとって包装を剥いだ。

 ノエルは息を詰めて彼女の一挙手一投足を見つめる。まるで剣の試合に臨むかの如き緊張感だ。


「糖質控えめ、油不使用でありながら、従来の菓子の風味を損なわない一品だ」


 ノエルが一言添えると、セレスはまた一つ大きく頷いた。

 その後、セレスの繊細な指が、ふわふわもちもちしていながら、しっとりした手触りの菓子を一切れ摘む。そしてセレスの些細な反応も見逃すまいと目を皿にするノエル。


 たかがお菓子。

 されどお菓子。


 二人の緊張感が最高潮に達した時、セレスがゆっくりとそれを口におさめた。

 よく咀嚼し、嚥下する。


 1秒、2秒。


 セレスティーナは目を伏せる。やがて一息ついた後、目を開くと、息を呑んで感想を待っているノエルに対して告げた。


「この美味しさで、食べても……太らない」


 セレスの目がきらきらと輝く。それは、この菓子の味が彼女の嗜好に叶ったという何よりもの証拠であった。

 ノエルはほっと息をついた。取り敢えず彼女の眼鏡に適ったことを、喜ばしく思っていると、紅茶で喉を潤していたセレスが不意に、


「ノエル、ありがとう」


と微笑んだ。思いも寄らないセレスの感謝の言葉に、ノエルは反射的に、


「え?」


と聞き返していた。するとセレスは静かな笑顔で、こう言った。


「知ってるから。それ、ノエルが作ったんだって。多分、昨日私が最後に食べたのも」


 その告白を聞いた瞬間、ノエルのこめかみに嫌な汗が流れた。


「……どうして」


 違う、と否定することはできなかった。それは真実だったからである。


 誰にも悟られないよう、十分気を払っていたはずだった。仮にも一国のトップの趣味がお菓子作りなど、体裁が悪すぎる。その事実を知っているのは二人――一人はうっかり作業しているところを目撃されてしまったレア、もう一人は、ある目的のため自ら白状した彼の天敵である――だけだとノエルは思いこんでいた。


 だいたい、菓子作りが趣味などという事実は、男として想い人に積極的に知られたいことではない。

 しかし、そんな男心をを知るよしのないセレスは、


「あー、ノエル、お菓子をキルシュにも勧める時、あるでしょ?」


と、自分なりにその結論に思い至った経緯を説明し始めた。


「でもキルシュって、あんまり甘い物に興味ないのよね。長い付き合いだから、それはノエルだって知ってることだと思うんだけど、それでも、ノエルは勧めるし、キルシュは一つくらいは食べるでしょう? 何でかなって思っていた時に、たまたまノエルの机の上で成分表をみかけて」


 あ、別に覗き見したわけじゃないのよ、とセレスは弁解の言葉を添えつつ、続けた。


「それがキルシュの文字だったから、ぴんときた。キルシュの魔法で、菓子の成分を分析して、それを元にノエルが作ってるんだなって」


 そして彼女は、ふと思い出したように遠い目をした。


「どの紙にも、一万って書いてあったんだけど……」


 それは見なかったことにしておく、とセレスは視線を泳がせた。一方ノエルは、その言葉を聞いて苦々しく、ある一場面を思い出した。


『僕はセレス以外の人間のために、指一本でも動かすの、嫌なんだけどね』


 時々は、セレスのためであっても指一本動かすことを億劫がる少年は、ノエルの頼みに対して、つまらなそうな表情でそう告げた。やはり駄目か、と溜息をついたノエルに、しかし、もう一言付け加えた。


『でもまあ、セレスが喜ぶなら、やってあげてもいいよ。……格安で』


と。


 何度か値切ろうと試みたものの、敵はあのキルシュだ。他の人間を相手にするのとはわけが違う。


 以来、キルシュに提示されるがままの金額で取引を続けているノエルであった。


 そしてノエルは回想から我に返る。すると上品だが、素晴らしい勢いで菓子を掻き込んでいるセレスの姿が視界に飛び込んだ。

 ノエルは苦笑しつつ、忠告をする。


「いや、流石に食べ過ぎると太るから。……ほどほどにな」


 そう言いつつも、これだけ美味しそうに食べてもらえたなら、手間暇かけて作った甲斐があったと満足するノエルであった。

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