tea time 7 甘いお菓子と彼女の事情(1)
穏やかな昼下がり。
あまりにも日差しが心地よい午後だったので、ノエルは、その辺をふらふら歩いていた元王女姉妹――セレスとレアを引き留め、屋外のティータイムとしゃれ込んでいた。
白いテーブルの上には、所狭しと並べられた、お茶菓子の数々。常識的に考えれば三人で食べ尽くすことができる量ではない。当然余るはずであり、そうなればいつも真面目に働いている侍女達に振る舞おうと考えていたノエルであったが。
彼は焼き菓子を取ろうとしていた手を止めた。
正面では底なしの胃袋を持つ少女レアが、ぱくぱく次から次へと菓子を口に放り込んでいる。既にテーブルに並べられていた三分の一程度が、彼女の胃袋の中へと消えていた。
傍から見ているだけで、気分が悪くなる程である。……というよりも、何故彼女はいつも、あれだけの量を食べても太らないのだろうか。シュトーレン七不思議の一つといっても過言ではない。
その一方で、レアの姉であるセレスティーナは、テーブルからレアの口元へ運ばれて行く菓子を、物欲しそうな目で見ていた。妹とは対照的に、彼女は菓子を一切れ二切れ口に運んだだけで、後はひたすら紅茶を啜っている。
「……」
ノエルは無言で、レアが手を伸ばしかけている皿を自分の手元に引き寄せた。目的を失ったレアの手が、所在なさげに空を切った。
「何するの、ノエル。おうぼう」
恨めしげな瞳である。しかしそれに怯むノエルではない。
「レア。ちゃんとセレスにも分けないと駄目だ」
目の前の食べ物を独り占めしてはならない。ノエルの言っている内容は、この上なく常識的なことだろう。
しかしレアは、不服げに頬を膨らませた。
「でも、セレスお姉さまが、食べていいって」
「え?」
こんなに物欲しげな顔をしているのに? という言葉は、喉の奥に呑み込んだ。年頃の女性に対して食欲を指摘するなど、紳士の取るべき行動ではない。が、その一瞬の逡巡が勝敗を決した。
「すきあり」
と、レアは目にもとまらぬ早さで身を乗り出し、ノエルの手から皿を奪い返した。そして皿の中の菓子は、あっという間に、少女の小さな体の中に消えていく。テーブルの上の菓子は、いつの間にか二分の一に減っていた。レアの胃袋は、恐らく異次元に繋がっているに違いない。
それはともかくとして。
「何故?」
とノエルは首を傾げた。
自分の分をレアに譲っているにしては、菓子を見る彼女の目つきは、恨みがましすぎる。
そう考えていたところに、
「今、絶賛ダイエット中なんだって」
と、醒めた声が背後から聞こえてきた。
その声は、たまたま通りがかったキルシュのものだ。ノエルは瞬時に振り向いて、その詳細を尋ねようとしたが、相手は長居は無用とばかり、すたすたと足早にこの場を去ってしまった後だった。
キルシュは甘ったるいものが苦手なのだ。
普段、お茶請けとして菓子が添えてある程度であれば問題ないようだが、このように菓子でテーブルが埋め尽くされているような場所に居続けるのは、彼にとっては拷問に等しいらしい。
もちろん、ノエルはそれを見越して、邪魔者が入らぬよう、このお茶会を設定したのであるが。
それが仇になり、まんまとキルシュに逃げられてしまったノエルは、仕方なく当の本人に真相を確かめる。
「ダイエット?」
デリカシーのない質問であるとは十分承知しており、返答を期待してもいなかった。しかしセレスは別段隠す風でもなく、悲痛な面持ちで頷いた。そのまま続ける。
「あの子を見て」
セレスが指さした先は、見れば流石に胸やけがするので、できれば視界に入れたくない相手レアである。
「あんなに見ていて気持ち悪くなるほど食べているのに、これっぽっちも太らないのよ?」
そう言う彼女は、レアを羨んでいる様子であるが、ノエルには理解しがたい心境だ。いくら美味な料理だろうと、あれだけの量を腹の中に詰め込みたいとは思わない。
しかし、セレスは打ちひしがれた様子で、行儀悪くテーブルに肘をついて項垂れた。
「世の中って不条理……」
そう呟く彼女の声は、まるで世界の終末を嘆くかのごとき悲哀に満ちていた。




