tea time 6 派閥争いは大変です
レアが廊下を歩いていると、対面からこちらに向かって歩いてくる人影に気付いた。その人物が誰であるかを察すると、
(うぇ……)
と心の中で声を上げた。
前から歩いてくるのは、元第三王女のパントジェーヌだ。いかにも「王女然」としたこの姉のことを、レアは昔から最も苦手としていた。
しかしながら、彼女が物凄く悪い人間かと言われれば、そうではないような気もする。
随分前のことではあるが、いつものように寵姫派の侍女から、敢えてこちらに聞こえるよう陰口を叩かれていた時、丁度そこを通りかかったパントジェーヌが、こんなふうに彼女たちに声をかけたことがある。
「あなたがた。そこのちびっこに構って、ぺちゃくちゃお喋りしている暇があるのでしたら、窓の埃の一つでも払ってはどうなの」
そう言って、窓の縁に指を沿わせる。そして口うるさい姑のように、指にまとわりついた埃を、ふっと軽く息で払った。
大して年も変わらない彼女の、ちびっ子呼ばわりには腹が立った。
が、それ以上に、寵姫派の中心であるパントジェーヌが、自分ではなく、寵姫派の侍女たちに嫌味を浴びせたことに、驚きを隠せなかった。
「は、はい……」
「申し訳ありません」
レアに対するのとは真逆のへりくだった態度で、彼女たちは、そそくさと背中を見せる。さながら敵前逃走である。
それを厳しい目で見送ったパントジェーヌは、やがて、きっとこちらに向き直った。
「貴女も……ここは貴女のような者がいる場所ではないでしょう。さっさと自分のいるべき場所へ戻りなさい」
彼女の言葉は「寵姫派の領域をうろうろするんじゃない」と言わんばかりに高圧的で、嫌な感じである。しかし、同時にこうも感じるのだ。
多分、助けてはもらったのだ、と。
☆
とまあ、そういう出来事はあったものの。
(にがてなものは、にがて)
というわけで目を合わせず、そのまま、気付かないふりをしてすれ違おうとしたが。
「お待ちなさい」
立ち止まるよう、声をかけられた。流石に無視するのも大人げない……まあ、レアはまだ子供といって許される年齢ではあるが……ので、一旦立ち止まる。
「……なに」
不服を隠さず応じると、パントジェーヌはレアの真正面に回り込み、両手を腰に当てて仁王立ちしつつ、口を開いた。
「貴方に言っておきたいことがあります」
偉そうな口調……元王女としての職業病のようなもので、多分本人には悪気はないと思われる……に、カチンと来る。
「わたしには、話すこと、なにもない」
今は等しく「元王女」という身分だ。必要以上にへりくだることもなく、レアは堂々と姉との会話を拒否した。
しかし敵も然る者で、レアの拒絶などものともせず、一方的に話を続けてきた。
「では、わたくし、勝手に 話しますわ」
そう高らかに宣言し、本当に勝手にしゃべり出す。
「あなた、自分がノエル様に懐いているからって、けしかけすぎでしょう」
完全無視をしようと決めていたレアは、しかし、その言葉にぴくり、と反応した。それがレアにとっては大変聞き捨てならない主張だったからだ。
レアはぐっとパントジェーヌに詰め寄り、きっと睨み付けながら、自分の主張をぶつける。
「なに言ってるのかわからない。お姉さまを幸せにできるのは、絶対にノエルだもん」
セレスはレアの「王子さま」だから、どこの馬の骨とも知れぬ男には、決して渡すことはできない。
まあ、キルシュは「どこの馬の骨」というわけではないが、しかし、人格的な部分を比べれば、やはりノエルに軍配が上がる。
しかし、パントジェーヌは勢いよく首を横に振った。そしてあくまで、
「いいえ、キルシュ殿ですわ」
と言い切る。そして得意げな顔でこう理由づけた。
「あの方が持つ力は、必ずお姉様を、どんな苦難からも守ってくださる」
キルシュに対しても丁寧な言葉であるので、彼女は彼に対しても、敬意を抱いているようだ。力を認めているということだろう。
確かにキルシュが優秀な魔術師で、できないことの方が少ないだろうことは認める。認めるが。
「だいたい、突然なんなの。パントジェーヌより、私のほうが、お姉さまと親しいもの」
自分とセレスのことを、脇からあれこれ言われる筋合いなどないと思いながら、そう言い返すと、パントジェーヌがぐっと言葉に詰まった。
しかし敵はしぶとく、言い募ってくる。
「貴方は子供だから構ってもらっているだけでしょう?」
しかも、ふんと鼻を鳴らされた。腹が立ったので、こちらも反論を、とレアが口を開き掛けたが、相手は隙を見せずに畳み掛けてきた。
「私だって、セレスティーナお姉様のことは、よく知っているもの」
ぴしっと指を突き付けてくるのが、これもまた、鬱陶しい。しかし、そこまで言うのなら聞いてやろうか、という気にもなったので、レアは沈黙で相手の話を促した。
しかし、パントジェーヌはすぐに口を開くことなく、まず、持っていた鞄をごそごそと漁り始める。そして、一冊の本を取り出し、その表紙をレアに向けるようにして掲げた。
「こ、これは……」
レアは、思わずそれに見入ってしまった。
季刊「結界学」という非常にマイナーな研究雑誌だ。四ヶ月に一度しか発行されないうえに、研究者が少ないため、他の魔法系研究誌と比べると、随分薄い。
しかも、どこにでも置いているわけではなく、研究室関係のつてがなければ入手は困難である。そしてレアですら、手に入れることができない稀覯本だった。
レアの垂涎の眼差しを感じたらしきパントジェーヌは、満足げに微笑み、そしてうっとりした様子で続けた。
「この間のお姉様の結界学の論文は、とても素晴らしかった……!」
これ見よがしに希少な本を掲げるパントジェーヌにもイラッとしたが、それ以上に、それをうらやましいと思ってしまった自分にも苛々した。
本如きがなんだというのだろう。そこにはセレスティーナの魂は決して宿っていないのだ。
そう己に言い聞かせ、レアはキッと睨み付けるようにしてパントジェーヌに向き直った。そして、自分にできる限りの得意げな顔で、その事実を告げた。
「でもわたし、今度セレスお姉さまが寄稿するろんぶん、見せてもらった」
未公開の論文を読ませてもらっている方が、より親しさを示せるような気がする。
(内容は、よくわからなかったけど)
しかし、たちまち顔色を変えたパントジェーヌを見て、自分の考えが正しかったことを確信した。
「な、何ですって!?」
うらやましそうに体を震わせるパントジェーヌの姿を見て、レアは溜飲を下げた。
と、その時。
「ここ、通ってもいいかい?」
声をかけられ、はっとそちらを見やれば、少しばかり申し訳なさそうな顔をしたブランが、所在なさげに立っていた。
そこに至って、議論が白熱し道を塞ぐようにして立っていたことに気付いた二人は、羞恥に頬を染めて、ささっと道を空けた。
するとブランがにこっと一見人の良さそうな笑みを浮かべて、
「楽しそうに談話しているところを悪いね」
と声をかけてくる。そして二人を見比べながら、爆弾発言を投下した。
「いやあ、姉妹仲が良いのは、良いことだねえ」
実体とはかけ離れた感想に、ぞわりとレアは総毛立つ。恐らくパントジェーヌも同じ感想を抱いたことだろう。
その証拠に、
「仲良くない!」
と二人、声を揃えて否定する。しかし、そのタイミングがあまりにも絶妙すぎて、ブランに思わずといった様子で吹き出されてしまった。
絶対に、
「やっぱり似たもの姉妹で間違いないですね」
とか思われていそうな雰囲気に、この上なく不服なレアであった。
……恐らくパントジェーヌの苦い表情から察するに、彼女も同じ感想を抱いていることだろう。




