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3 諸悪の根源 ノエル(3)

 総じて、早く帰って欲しい客ほど、無遠慮に居座り続けるものである。


(早く帰ってくれないかしら……)


と心底望むものの、ノエルは立ち去る気配がない。どうやらセレスに用事があるらしい。

 ならば、さっさと用事を済ませて帰ればいいのに、と内心でぼやきながら、セレスは仕方なく己から口を開いた。


「ノエル『様』」


 様、の部分をことさら強調して、セレスは相手の名を呼んだ。己は無官、相手は国家元首である以上、尊称は必須であるとの一般常識範囲内での言動であるが、もちろん幾ばくかの皮肉も込めている。

 相手も、セレスの態度に含まれる皮肉に気付いたらしく、


「……それは嫌みか」


と辟易した様子で応対する。だがセレスは構うことなく、いっそう顕著な慇懃無礼さで続けた。


「ですが、様をつけて呼ぶようにとおっしゃったでしょう?」


とセレスがうそぶくと、ノエルは軽くため息をついた。


「それは、あいつが相手だったからだ」


 さらに彼は、気色が悪いから普通に喋ってくれ、と続けた。

 理由になっているようで、なっていない返答である。にもかかわらず「なるほど」とセレスが納得してしまったのは、それだけ二人にとってカトルカールという存在が取るに足らなかったという証だろうか。

 それはともかくとして、なるほど、とセレスが頷いた拍子に、ふと彼女の目に青年の手元が見えた。そして不審げに目を眇め、指摘する。


「何よ、その花束は」


 ノエルの手に携えられていたのは、セレスの言葉通り、花束であった。あまり派手な色合いではなく白や黄色を基調としたシンプルで控えめなコーディネイトである。派手派手しさを嫌う自分好みの見繕いである。

 一方のノエルは、セレスの問いかけに対し、逆に質問で返す。


「それはこっちの台詞だ。何だ、その荷物は」


 彼がセレスの肩越しに見る景色は、雑然とした室内と梱包された荷物の数々だろう。わざわざ尋ねなくとも、明らかに引っ越しの準備中であると分かるはずだ。

 正直なところ、一々説明するのも面倒だと思いつつ、セレスは投げやりに答えた。


「この『第一王女の部屋』を出て行こうかと思って」


 これまで、どれほど地位が危うくとも、セレスはあくまで「第一王女」だったので、相応の部屋を宛がわれていた。しかし、今となっては自分に相応しい場所ではなくなり、分相応な場所へ移るべく身辺整理をしていたのだ。

 するとノエルは瞠目した。思うに、恩情をかけこの場に留まることを許した相手が、それを蹴って自ら出て行こうなどという暴挙に出るとは、思いも寄らなかったのであろう。


「……出て行く?」


 尋ね返すノエルに、しかしセレスティーナは沈黙で答えるのみである。簒奪者に、多くを語る必要はなく、同時に地位を追われた自分に、その権利もないのである。


 元第一王女など、クーデターの首謀者にとっては、極めて扱いに困る存在である。無論、野放しにしておけばノエルに対する反対派が、いずれセレスティーナを担ぎ上げるだろう事も予測されるため、勝手な行動も許されないはずだ。

 セレスはそう判断し、ノエルにとっては余計なお世話だろう内容を、やはりちくりと棘を込めて告げる。


「しばらく国の研究室に身を寄せるだけだから。この部屋からは出て行く。国外には出ない。もちろん侍女としても働く。……軟禁状態にしてくれて構わないから」


 地位を追い落とされた第一王女による、国外への自由な移動は難しいように思われるが、少なくとも「ある理由」からセレスには簡単なことであったし、そうであることをノエルも知っているはずだ。

 そうして、長話は無用とばかり、セレスはそのままノエルに背中を向けた。梱包作業はまだ残っている。そもそもカトルカールとの疲れる問答で時間を浪費したのだ。これ以上ぐずぐずしている暇などない。

 部屋の中に引き返そうとするセレスを、しかしノエルが腕を掴んで引き留める。


「待て!」


 腕を掴む力は結構強く、セレスは軽く顔をしかめた。しかし、そんなセレスの非難の目にも構うことなく、ノエルは彼女を正面向かせると、押し殺したような声で爆弾発言をしたのである。


「お前がこの部屋から出て行けば、前王やお前の姉妹も皆追い出す」


と。

 流石のセレスも、そのノエルの発言は想定外であった。そのため理解が一拍遅れる。だが、すぐに頭を切り換え状況を把握したセレスは、みるみる間に青ざめた。


「……何ですって!?」


 そこでセレスが抗議の声を上げたのは、もちろん「前王」の部分に反応してのことではなく「姉妹」という部分が聞き捨てならなかったからである。


 父親の処遇については、島流しだろうが幽閉だろうが、どれ程劣悪な待遇であったとしてもセレスには何の関心もないところである。


 が、妹たちは違う。母親が違うためか、決して手放しで「全員仲むつまじい」とは言い難い間柄であったが、積極的に嫌う要素もない。そのため最低限、長女として、妹たちに必要以上の苦労や忍耐を強いたいとは思わない程度の情けは残っている。


 きっ、と眉間にしわを寄せて相手を睨み付けるセレスであったが、ノエルは堪えた様子もなく黙殺すると最後に、


「馬車馬のようにこき使ってやるから、せいぜい覚悟しろよ」


とろくでもない言葉を言い捨てて、去って行った。


 残されたセレスは茫然自失のていである。決して頭の回転が遅い方ではないが、それでもノエルの言葉の全てが理解不能であった。


 取りあえず、ただ一つだけ正確に理解できたこと。


 それは「どいつもこいつも、ろくな奴じゃない」という事のみだった。

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