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13 ひえらるきー(3)

 キルシュの掌に収束された凶器にも近い魔力が、今、まさに解き放たれようとしていた。


「いけません!」


 傍観を決め込むつもりでいたファーであったが、咄嗟に制止の声を上げていた。キルシュより幾分かは常識的なファーには、それが、報復であるにしても過剰であると感じられたからだ。

 はたして、一瞬キルシュはちらりとファーの姿を認めた。


 認めたはず、だが。


 次の瞬間には、ついと視線を背け、完全に無視をした。

 こうなった時の彼は「殺る気」満々で……否、流石に殺すことはないだろうが、半殺しの目にくらいは遭わせるつもりだろう……最早、何人たりとも止めることなどできないに思われた。

 と、そう思ったその時。


 ゴンッ。


 鈍く重い音がした。


「……」


 一瞬の沈黙。後にパシュッと乾いた音がして、辺りに充満していた魔力がかき消えた。


(えっ……?)


 何が起きたのだろうか。もう一度、キルシュを見やれば、彼はその場で頭を押さえて、うずくまっていた。その足下には、辞書らしき分厚い本が一冊。……それが、先ほどの瞬間の出来事を如実に物語っていた。


(……)


 もしこの本の角が直撃したのであれば、随分な衝撃だったことだろう。我がことではないながらも、痛みを想像して顔をしかめるファーの耳に、この場にそぐわないのんびりした声が響き渡る。


「あ、しまった」


 振り仰ぎ、声の主を見る。そこに立っていたのは、キルシュの契約者であるセレスティーナであった。彼女は、この上なくつまらなそうな顔をして、独り、呟いた。


「手が滑って狙いが逸れた」


 じっと手を見た後、続ける。


「本当は、あなたたちを狙っていたのに」


 おかしいなあ、と首を傾げながらうそぶく少女であったが、それは嘘だ、とファーは見抜く。


 彼女は最初からキルシュを狙っていた。膨大な魔力を持つ精霊である彼の、我を忘れた暴走を防ぐためには、多少荒っぽい行動もやむを得なかったのだろう。

 そしてキルシュもそれを十分に理解したのだろう、不満げな表情こそ見せたものの、取りあえず迸る魔力を散逸させたという次第だ。

 周囲の魔力が完全に消失したのを確認し、少女は改めて青年らに向き直った。


「そこの皆さん」


 にっこり、と少女は笑う。主従は似ると言うが、先ほどのキルシュの笑みとよく似た雰囲気の笑みだった。青年らも今度こそそれに勘づいたのだろう、ひくりと顔を歪ませた。


「今の話、しっかりこの耳で聞いたから、そのつもりでいてね」


 そのまま、軽く腕を組んで続ける。


「だいたい、私と貴方たちは専攻科目が違うでしょう? というか、せめて自分たちの科目で良い成績を取ってから、文句を言ってほしいんだけど」


 セレスティーナは呆れたように溜め息を漏らす。その横では、まだセレスティーナへの暴言に対する苛立ちをくすぶらせているキルシュが、眼光鋭く青年らを睨み付けていた。

 この時の青年たちの心の声を、ファーは推測する。


(……どちらも怖い)


 人並み外れた魔力を持つ少年も、その少年に躊躇なく本を投げつける少女も、双方常識の範疇を越えている。


「くそっ」


 陰口を叩いていた青年たちは、これ以上関わるのは下策と判断したのか、品のない捨て台詞を残しつつ、そそくさと逃げていった。


 そして。


 三人がその場に残された。ちなみに、セレスティーナは関心避けの魔法の影響を受けているため、ファーの姿を認識していない。

 彼女が見つめているのは、キルシュの姿のみである。たたっと彼の元へと駆けつけた。


「大丈夫?」


 セレスティーナは気遣わしげにキルシュを見やる。そして手を伸ばし、そっと彼の髪に触れた。否、正確に言えば「患部」に触れた。


「んー、たんこぶにまではなってないと思うんだけど、ちょっと腫れてるかな」


 一方、患部に触れられたキルシュは、憮然とした様子である。


「あれが当たったんだから、当たり前だろう」


 そう言って顔をしかめる。しかし、セレスティーナの手を振り払ったりはしない。おとなしく、されるがままだ。


「でも、少しは衝撃を和らげてたよね? 私も一応、辞書に結界札を貼って、音ほど痛みはないようにしたつもりだけど」

「衝撃は和らげたし、君の配慮も理解してる。でも痛いものは痛い」


 直撃のように見えたが、実はちゃっかりと魔法で緩和をしていたらしい。ファーがそれに気付かなかったのは、まさかこの少年が、それほど地味な魔法を使うなどとは思いもよらなかったせいだろう。


 ただ、セレスティーナの方は、キルシュが辞書の直撃を避けることを確信をしていたと思われる。

 実際、キルシュも言うほど痛みは感じていないようだ。むしろ、優しく髪を撫でるセルスの手のひらの感触が心地よいのか、猫のように目を細めているくらいだ。


 一方のセレスティーナは、キルシュに大した怪我がなかったことに安堵の息を吐くと、その手をゆっくりと離した。

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