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13 ひえらるきー(2)

 関心を避ける魔法を使用しているためか、彼らは全くファーの気配に気付かない。それを良いことに、ファーは彼らの会話がより聞こえる場所まで近寄る。


「何故、あんなのが首席なんだ」


 まず飛び込んできたのは、不満げな声だった。


「他の姉妹に比べると、随分劣るはずなんだが……」


 どうやらセレスティーナの学問的な成績に関して、不審を抱いているようだ。


 確かに、セレスティーナの見目は妹たちより劣っているが、その他については、同じ学舎で勉強しているというだけの関係にすぎない彼らに判別できることなど、何もないだろう。

 容姿が劣っているから、頭脳も劣っていると考えるのは、何の根拠もない馬鹿馬鹿しい先入観以外の何ものでもない。

 しかし、その固定観念のせいで、筆記試験の結果という事実を認められないのであれば、彼らは、その程度の人間なのである。


「やはり、腐っても王女ということで、色をつけてもらったんじゃないのか?」

「違いない」


 ははは、と乾いた笑い声を立てる一行は、王女の陰口の真っ最中にもかかわらず、声を潜めすらしない。そもそも、第一王女に敬称をつけないこと自体が、不敬だ。

 しかし、彼らは知っているのである。大っぴらにセレスティーナを貶しても、さしたる咎めを受けないことを。


 結局のところ、彼らが何をしていたのかといえば、どうやら教授の覚えがめでたいセレスティーナをやっかんでいたようだ。随分と度量の小さな男たちである。


(これ以上話を聞いても無駄ですね)


 たいして実のある話ではなさそうだと判断したファーは、その場を立ち去ろうと踵を返そうとした。

と、その時。

猫のように密やかな足音が響いた。それと同時に、凛とした声が響き渡る。


「面白そうな話をしているね? 僕も混ぜてよ」


 そこに立っているのは、漆黒の髪を持つ天使のような風貌の少年……キルシュだった。気配はなく、しかし声だけが響いてくる。その状況がどれほどいびつなことか、有能な魔術師であれば理解できるはずだ。


 しかし彼らは有能な魔術師ではなく、また、無知であった。


「……? 誰だ?」


と、青年らは不審げに少年を見るばかりで、怯える様子を見せない。


 そもそもキルシュという存在は、知る人ぞ知る、といった部分がある。第一王女に政治的な関心があれば、必ず知りうる存在であるが、そうでなければ、意外と知られていない。

 なぜなら彼は、基本的に何事にも無関心で、外を出歩くといったことがなく、姿を衆目に晒すようなことがなかった。


 キルシュは、無邪気にも見える仕草で軽く首を傾げた。


「僕? 僕はキルシュ」


 キルシュは、彼らが自分の名を聞いた訳ではなく、素性を尋ねたということを十分に承知しているだろうが、敢えて空とぼけて答えない。更に、


「ねえ、君たち、どんな話をしていたの?」


と天真爛漫を装った声で尋ねる。


 なお、キルシュという少年は「相手の油断を誘うことができるから」という理由で、実際よりも少し若い姿を取っている。そんなキルシュの戦略にうかうかと嵌まって油断した青年らは、


「王女である立場を利用して、お情けで首席をもらっているんじゃないのかって話だよ。妹たちに比べて何の取り柄もないんだ。成績くらい捏造しないとなぁ」


と極めて正確に先ほどの会話を要約する。取り巻きが「そうだそうだ」と相づちを打った。

 そんな青年たちを、キルシュは、しばしじっと見つめた後、


「ふうん……そうなんだ」


とつまらなさげに呟く。そして、気を取り直したように、にこりと笑った。


「つまり、君らは、セレスのことを侮辱するんだね?」


 第一王女を擁護するキルシュの言葉に、青年たちは鼻白む。


「侮辱? 侮辱ではなく事実だろ」


 そしてせせら笑った。

 知らないこととはいえ、最凶の精霊に対して勇気……否、無謀な態度に、ファーは他人事ながら肝を冷やす。

 契約者であるセレスティーナを侮辱することは、即ち彼女の精霊であるキルシュを侮辱するに等しい行為である。


「……そう」


 少年の形の良い唇から漏れ出でたのは、静かな、静かな声だった。背筋が凍るほどに静かで……冷たい。


「じゃあ、覚悟は出来ているんだよね?」


 にっこりと、花のように少年は笑う。いっそ無邪気とさえ形容できる満面の笑みであった。

 だが、その笑顔とは裏腹に、彼の身から発される空気は、冴え渡るよう鋭く冷たい。それは紛れもなく「殺気」と呼ばれるものだった。


 たちまち、冷たい殺気は魔力となり、キルシュの手元に収束する。魔法に疎い者でも、それが純粋すぎる魔力の塊であることを肌で感じたことだろう。


 本能的に危険を察知した青年たちは、こめかみに冷や汗を流しつつ、じりっと一歩後ずさる。しかし、それを見逃すキルシュではない。


「死ね」


 この上なく不穏当な一言を発し、少年は静かに腕を上げた。

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