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13 ひえらるきー(1)

 昼下がりの城下町。


 その雑踏の中、人混みを縫うようにして歩いている青年の姿がある。その青年……ファーは、つい先ほどのやりとりを思い出し、ふと一人忍び笑いを漏らした。


(キルシュ様の弱み、ね)


 先ほど会ったばかりの女性の姿を頭に思い描く。

 彼女と直接会話を交わしたのは今回が初めてだが、基本的な情報はあらかじめ十分に握っていた。


 セレスティーナ。


 シュトーレン国の元・第一王女であった女性だ。

 努力家であり、抜群とまではいかないにしても、そこそこ頭脳明晰であった彼女は、確かに美しい妹たちに比べて容姿は冴えず、決して異性に人気があるというわけではなかったが、学術的な点では一目置かれる存在であった。


 本人は、研究でもしながら波風立てず静かに暮らしたい、といった希望を持っているようだが、その出自と、破天荒な従者の存在が、彼女のささやかな望みを粉々に打ち砕いているようだった。


(まあ、本人自身も、結構一癖ある性格ですしね)


 そう評しながら、初めて彼女を見た日のことを思い出した。







 かつて。

 リンツァーでの退屈を嫌ったファーは、少し前に、何の前触れもなく国外へ飛び出したキルシュの行動を参考に、外の世界へと舞い降りた。


 滞在地にシュトーレンを選んだのは、キルシュの存在があったから、というわけではない。

 ただ、この世界の中でリンツァーに次いで魔力が濃い国こそが、まさにこのシュトーレンであり、この地でならば、精霊である異質さも紛らすことができるだろうという判断があった。


 とにかく、せっかく下界へ降りたのだから、まずは人間というものを観察したいと考えたファーは、雑多な気配を求めてさまよううちに、城下町へと辿り着いた。


 そこには、彼が想像だにしたことのない世界が広がっていた。


(これが人間の世界)


 様々な思考や欲望に溢れた、活力に満ちた町並み。


 静けさをたたえたリンツァーしか知らないファーの思考は、あまりの人の多さに気圧され、一瞬止まった。しかし、すぐに気を取り直すべく頭を軽く振り、周囲の真似をして辺りを歩き始める。


 人混みの中など歩いたこともないファーは、すれ違う人と頻繁にぶつかっては、睨まれたり謝ったりと、忙しい。しかし、それすら新鮮だった。

 そもそもリンツァーでは「表情のある存在」というものが、極めて珍しい。その珍しい「喜怒哀楽」が、ここでは惜しげもなく飛び交っていた。


 見るもの、触れるもの、聞くもの全てが興味深かった。


 その世界は、決して美しいだけのものではなかった。雑多な景色と、猥雑に入り乱れた人々の思惑。

 善悪、光陰入り交じったその世界には、しかしファーの生まれ故郷にないものがあった。それは恐らく「活気」と呼ばれるものだろう。

 そこにリンツァーのような完璧さや静寂はない。しかし、進歩しようという力強さに満ちあふれており、それがファーの心を浮き立たせた。


 その足で城へ寄り、キルシュにも顔を見せたが、特段嫌な顔もされず、さりとて歓迎もされず、淡々とした様子で、


「好きなようにすれば?」


と告げられ、ついでに、攻撃的ではない小規模な魔法であれば、契約者なしでも使用が可能であることを教えられた。


 ファーは友人であるキルシュの助言を、早速実践する。

 人々の関心を避ける魔力を身に帯びる。この魔法が効いている間は、誰もが彼を見ても……たとえ話しかけられたとしても……不審者だとは思うことはない。


 キルシュの言うとおり、魔法を使用してもリンツァーからの襲撃がないことを確かめると、再びファーの中で、まだ知らない世界への好奇心がむくむくと頭をもたげる。


 せっかく城の中にまで来たので、このまま「為政者の住む世界」とやらを詳細に観察することとした。


 しばらく気ままに歩いていると、廊下の端で、三人の青年が何やら話をしている光景が目についた。彼らから放たれる空気は、やけに陰湿さを帯びている。どう考えても、ろくな話をしていないことは明らかだった、


(これが陰口とかいうものでしょうか)


 あまり気分の良いものではない、と足早にその場を過ぎ去ろうとした、その時。


「セレスティーナが……」


 耳に飛び込んできたその名前に、足が止まる。

 それはキルシュの契約者の名であり、当然ながら、ファーの好奇心を刺激する存在であった。

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