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12 最強精霊に弱点はあるか否かについての考察(4)

(私がキルシュの弱みを知っている?)


 今度はセレスが首を傾げる番だった。意味深な言葉を投げかけられ、再び頭の中は疑問符で満たされる。キルシュの弱みなど、やはり見当もつかないのだが。


 とその時。


「セレス!」


 聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。そちらを振り仰ぐと、そこには息せき切ったキルシュの姿があった。

 こんなふうに慌てた様子の彼の姿を見るのは、とても珍しい。


 彼はセレスの前に駆け寄ると、荒い呼吸を整えるべく、数回大きく空気を吸い込んでは吐き出しと繰り返した後、安堵したよう微かに表情を和らげた。だが、すぐに表情を一変させ、咎めるような口調で続けた。


「あれほど言っていたのに、気配が消えたから、どうしたのかと」


 心配させてしまったことをひしひしと感じ取ることができたためか、セレスは一方的な非難にも素直に頭を下げることができた。


「ごめんなさい」


 そう謝ると、まさかセレスが反論の一つもせずに潔く謝るなど、予想だにしていなかっただろうキルシュは、彼女の態度に一瞬言葉を見失う。しかし、次の瞬間には毒気を抜かれたのか、ため息混じりに目を伏せた。


「……いや、僕も注意力が欠けていた。悪かった」

「うん」


 セレスが非を認める姿を見て、自らも顧みることがあったのだろう、彼もまた素直にセレスに頭を下げた。


 キルシュは、扱いが難しい側面こそあるものの、折れるべきところでは、きちんと折れる。だからこそ、セレスティーナとキルシュは長年良好な関係を築き続けられているのである。


 二人、共に謝り合うと、穏やかな空気が漂い始める。しかし忘れてはならない存在がいる。ファーだ。


 はっと第三者の存在を思い出したセレスがファーを見やると、彼は何やら生暖かな目で、二人のやりとりを眺めていた。

 そのセレスの視線を追うように、キルシュもまた首を巡らせ青年の姿を視界に入れた。そして口を開く。


「ファー、一体セレスに何の用だ?」


 心底迷惑そうな響きではあるものの、その口調の中には気安さが秘められている。彼らの関係は「単なる知り合い」よりも親しい間柄であるのかもしれない。


(本当に知り合いだったんだ)


 ことの真偽について、あれこれ思い悩んだのは杞憂だったらしい。少しばかり損をした気分になる。

 そんなセレスの複雑な心境をよそに、ファーは現れたキルシュの側に歩み寄ると、何事か小声で話しかける。対するキルシュも、先ほどより幾分か真顔になって、なにやらファーに答えている。


(聞こえない……)


 ひそひそと何か二人で話している様子を見て、セレスは取り残されたような気分に陥る。

 一人蚊帳の外で手持ち無沙汰にぼーっと突っ立っていたセレスであったが、やがてこちらを振り向いたキルシュに、


「今日は日が悪い。さっさと用事を済ませて、帰ろう」


と告げられ、やはり、すっかり買い物する気勢をそがれてしまっていたセレスは、こくりと頷いた。


 セレスの同意を得たキルシュは、彼女の傍らへと戻ると、するりと手を繋ぐ。セレスが軽く目を瞠ると、キルシュはばつが悪そうに続けた。


「また、はぐれると面倒だ」


 セレスとしても、何度もキルシュに迷惑をかけたいわけではないので「分かった」と頷いた後、ふと視界の端にファーの存在を認め、彼に尋ねた。


「友達はいいの?」


 ファーをキルシュの「友人」と表して良いのか判断は付きがたかったが、キルシュはその表現を否定しなかった。


「会おうと思えばいつでも会える」


 それを言うならば、セレスとは嫌でも毎日顔を付き合わせるのだから、旧友との親交を温めることこそが、有意義な時間の使い方であり、優先事項ではないか、と思わないこともない。

 しかし、キルシュ自身が決めたことに対して、口出しするつもりもない。彼は彼なりに考えた末の判断であろう。そしてセレスは、彼を信頼しているため、余程のことがない限り、彼の判断に否やを唱えることはない。


(私に遠慮してる、とかいうのじゃなさそうだし、まあいいか)


 そして、キルシュに手を引かれ歩きながら、セレスは一度だけ振り返る。しかし、その場所には、既にファーの姿はなかった。


(……)


 ファーがキルシュにとって、害になる存在でないことを確認したセレスは、徐々に青年がほのめかした「キルシュの弱み」を聞きそびれたことについて、心残りに思い始める。


(結局、聞けずじまいだったな)


 恐らく、ファーとの関係はこれきり、というわけではないだろう。

 次に会う時に、それとなく尋ねてみなければ、とちゃっかり心に留め置くセレスであった。

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