12 最強精霊に弱点はあるか否かについての考察(3)
セレスにとって精霊であるキルシュは、大層身近な存在だ。しかし、精霊という種族自体は非常に稀少な存在で、そう簡単に遭遇できる相手ではない。
その、世にも稀な存在が、いったい何故自分の前に姿を現したのか。いや、そもそも彼は本当に「精霊」なのだろうか。精霊と人を見分ける術を持たないセレスの頭の中で、ぐるぐると疑問が渦巻く。その反面、
(やっぱり関わらない方がいいような気がする)
と無関心を貫きたい気持ちもあった。だが、
「キルシュ様の眷属……と言えば分かりますか?」
と、相手の口からキルシュの名が飛び出したため、セレスはわずかながら、この青年に興味を引かれてしまった。
「……キルシュの知り合いなの?」
決して警戒を解いたわけではないが、会話を試みる方向へと気持ちが動く。その空気を読み取ったらしき青年は、にこりと笑った。
「はい」
迷いなく答えた彼は、続けてこう言った。
「もちろん貴方は、彼が精霊であることをご存じですよね?」
それは疑問の形をした確認だった。彼は、セレスがキルシュの素性を知っていると確信している。そう見て取ったセレスは、あえて是とも否とも答えなかった。
ただ、彼がキルシュに「様」と敬称を付けたところが気になり、質問に対して質問で返す。
「キルシュって偉い人なの?」
我ながら、あまり感じのよい態度ではないな、と自覚しつつも、不審者に対して愛想よくする必要性も感じないため、決して改めたりはしない。
そのかわりに、相手が自分の質問を黙殺したとしても、気分を害さないつもりだった。要するに、返事など全く期待をしていなかったのだ。にもかかわらず、
「偉いと言えば偉いですね。もちろん、私も偉い人ですが」
と逆に反応に困る答えを返され、セレスは面食らった。情けないことだが、上手い切り返しを思いつけず、
「そ、そうなの」
と冴えない相づちを打つ。そんなセレスの様子をおかしそうに見つめながら、青年はマイペースに続けた。
「リンツァーにおいて自我のある存在は、等しく支配階級です。魔力も強いですし、それ以上に周りは皆、人形のように自我が薄いですからね。必然的に我々が統治権を持つことになります」
「なるほど」
彼の説明は簡単明瞭で、理解しやすかった。しかし結局のところ、セレスの思考は以下の一言に辿り着く。
「で、その精霊が、私に何の用?」
世の中には、カトルカールのように「一目でいいから精霊の姿を拝みたい」と願う研究者がごまんといる。
しかし、キルシュを従者を持つセレスは、精霊という種族に対する興味は薄い。ゆえに「精霊に出会えた」という感慨は、全くなかった。
それどころか、一体何故、自分に会いに来たのかと不審に思うのみだ。
しかし相手は、曖昧に笑うのみであり、
「いえ、なんだかとてもじれったかったので」
と独り言のような呟きを漏らすだけだ。
「?」
やはり意味が分からない。
……かと思えば、次は何やら含みのある視線をセレスに注ぎながら、
「このまま何も刺激がなければ、ずーっと現状維持なのかと思ったりしまして」
などと言う。
「???」
ますます意味が分からない。しかしファーは、首の傾きを深くするセレスに向けて、軽く首を横に振りつつ、
「いえ、まあ、こちらの話です」
とうそぶいた。そして話を逸らすように、ぽんと軽く手を叩く。
「それはそうと、折角ですし、何か、キルシュ様について、聞きたいことはありますか? こう見えても、長年の付き合いなんですよ」
「聞きたいこと?」
不自然な話題の転換だったが、やはりセレスはうっかり反応してしまった。
そもそも不審者に聞きたいことなど、何もないはずだ。しかし、セレスの心にふと魔が差す。先程ちらと考えていたことが、不意に口をついて零れ出た。
「キルシュの弱み……とか?」
それは、あるかなしかの非常に小さな声だったので、常人には聞き取れないものだった。しかし相手は精霊である。人間を超越した感覚を持っていた。
「キルシュ様の弱み、ですか?」
青年は愉快そうにセレスの言葉を繰り返す。一方、オウム返しに問われ、はっと我に返ったセレスは、まだ無害であるとの確証もない相手に、馬鹿な質問をしたと口を噤み、視線を逸らした。
それは、最早これ以上話すことは何もない、という意思表示だった。しかし相手はセレスの都合を考慮することなどない。
「それを、他ならぬ貴女が聞くことが、不思議です」
ファーは軽く首を傾げた。
「だって貴女は、それをよくご存じのはずですから」
その言葉に、セレスは驚いて、再び相手をまじまじと凝視してしまったのである。




