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12 最強精霊に弱点はあるか否かについての考察(2)

 久しぶりの城下町は、セレスの心を浮き立たせる。


 セレスは決して「特別に買い物が好き」というわけではないのだが、町の賑わいにおかされたよう、そこここに陳列された物珍しい商品の数々に目を奪われる。


 そうなると、どうしても周囲に対する注意力が散漫になるものだ。


 店先に並べられた可愛らしい食器を眺めていると、不意に腕を引っ張られ、セレスは二、三歩足踏みした。それと同時に、彼女が元いた場所を大柄な男が横切る。その男は、セレスとの距離が非常に近いにもかかわらず、全く彼女の存在に気づいた様子がない。


「セレス」


 セレスの腕を引いたキルシュが、不機嫌そうに口を開いた。


「きょろきょろ周りを見回していると、人とぶつかる」


 続けて、こう説いた。魔法の効果で、他者がセレスを視覚的に認識しにくい状態になっているので、セレスの方が周囲に気を配る必要がある、と。さらに、


「それに、この人混みだ。はぐれる」


と続けた後、セレスの腕を掴む手を離し、彼は再び歩を進めた。


「あ、待って」


 セレスは慌ててキルシュを追いかけるが、内心では、


(明らかに自分より年下に見える子に、落ち着きのなさを注意される私って一体……)


とがっくり項垂れたい心境だ。


 とはいえ、恐らく実際のキルシュは、自分と大して変わらない年齢の青年だろう、とセレスは推測している。しかし、周囲の人間には、そのような事情など知る由もない。

 気配を周囲と同化させ、存在を目立たなくさせる魔法をかけてもらっていて良かったと思う。子供に注意される大人という構図は、絵面的に情けない。


(それにしても)


 セレスは考え込む。

 キルシュがこのような姿をしている理由は、セレスに敵対する者を油断させるため、というものだと聞いたことがある。


 しかし彼の力は、相手が油断しようがしまいが、あまり関係ないように思う。何故なら彼は、ほとんどの敵に対して容易に駆逐できるほどに優秀な魔術師であるため、わざわざ弱々しく見せる意味などないように感じるのだが。

 まあ、念には念を、ということだろうが。


(あんまり想像できないけど……キルシュにも何か、どうにもならないような弱みとかがあるのかしら)


などと考え事をしているうちに、再び周囲に対して注意力が散漫になってくる。再度、誰かとぶつかりそうになり――セレスは色を失った。


(う……わ)


 はっと気付くと、隣にキルシュの姿がない。首を巡らし辺りを見渡しても、その姿は見当たらなかった。


(言われた側からはぐれた……)


 まずい、とセレスは頭を抱えるような思いだ。考え事に耽っていたのも、周囲に注意を払っていなかったのも自分である。つまり非は全て自分にある。粗忽以外のなにものでもない。


 皮肉な話であるが、クーデターが起こって以来、身の危険を感じる頻度が極端に減った。父親が軟禁状態にあるためだろう。

 そのせいか、すっかり平和ボケしていた自分に、セレスは失望を覚える。と同時に、後でキルシュからどのような嫌味を言われるか、想像するだに頭が痛かった。


 セレスは一つ、大きなため息をつく。


(まあ、済んでしまったことをあれこれ考えても仕方ないし。じっとしていた方がいいのかしら)


 キルシュのことだ。魔法で気配を探り、すぐにセレスを見つけるはずだ。ゆえに、一所に止まっているほうが賢明だと思われた。


 しかし。


「こんにちは、セレスティーナ様」


 突然、馴染みのない声で名を呼ばれ、セレスの鼓動が大きく跳ね上がった。

 町娘の変装をし、かつキルシュの「目立たない」魔法がかかっているセレスの素性を一目で見破る観察眼は、只者ではない。


(よりにもよってキルシュのいない時に……)


 きりきりと胃が痛む。聞かなかったふりをしたかったが、それを許してくれる相手でもなさそうだ。


「……誰?」


 ピリピリとした空気をまとわせ、セレスは声の方向を目を眇めて見やる。父親に命を狙われた経験のある彼女は、誰とでも初対面で親しく接することができるほど、警戒心は低くない。

 そんなセレスの緊張は伝わっていると思われるが、相手は意に介した様子なく飄々と続けた。


「ファーと申します」


 誰何した結果として名を告げられる。それは、当然の成り行きだが、今セレスが求めている答えは、そのようなものではない。


(名前だけ答えられても困るって)


 困惑し、セレスはこの場合「何者」と尋ねるのが正しかったのだと、反省した。

 ただし、相手が曲者である場合、適切な質問をしたとしても、素直に素性を明らかにしてくれるとは思えない、とも考えたが。


「……」


 あからさまに不審者を見る目つきで相手を見やる。するとファーと名乗った青年は、苦笑した。警戒心が強いのは、悪いことではないですよ、などと口ずさみながら、彼は続けた。


「一言で言えば、精霊です」

「え……っ?」


 それは、予想だにしていなかった答えであり、セレスは一瞬言葉を失った。

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