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3 諸悪の根源 ノエル(2)

 ノエルと言う青年は一見「爽やか好青年」という容姿をしているが、クーデターを起こしたことを鑑みると当然、見た目そのものの性質ではないことは確かである。


 しかし、浅はかなカトルカールは、ノエルの性質をその「一見」のみで判断していたらしく、声をかけた人物が己の想像していた人物と違っていたことにほっと息をつき、そして憮然とした表情で続けた。


「背後から気配を殺して近づくなんて、悪趣味なことをするなよ。……あいつかと思ったじゃないか」


 あいつ、という部分に露わな嫌悪を込め、カトルカールはぶつぶつと不平を漏らした。

 しかしノエルは、カトルカールの無意義な話を聞くつもりなど毛頭無いらしく、


「カトルカール」


と鋭い声で名を呼んで相手の言葉を遮るなり、こう続けた。


「俺のことは、様、と」


 その瞬間、婚約者でありながら普段不仲のセレスティーナとカトルカールの目が、いつになく調子を揃えて点になった。

 くどいようだが、ノエルは今まで爽やか好青年を貫いていた。実態がどうであれ、その姿勢を崩さなかった彼である。

 が、今の一言は、確実に彼の印象を一転させた。

 「あいつ」と指す存在に畏れをなしていても、ノエルのことは甘く見ている節のあるカトルカールが面食らって、


「……へ?」


という間の抜けた声を上げるのを、セレスは聞いた。セレス自身はどうかというと、彼の発言に驚きはしたものの、相手の出方が想像できない以上、黙っていた方が賢明だと判断し、口を閉ざしていた。

 それが効をなしたのか、さし当たってのノエルの関心は、専らカトルカールに注がれたようである。


「俺のことは、ノエル様、と呼べ」


 そう言ったノエルの目つきは、勝者が敗者を見下ろすようなそれであった。

 ノエルの横柄な言葉と態度に、プライドだけは山の如く高いカトルカールは、くわっと目を剥く。詰め寄って反論しようと試みるが、そのような隙を与えるノエルではなかった。彼は軽く鼻を鳴らすと続けた。


「しょせんお前は、元第一王女の婚約者という立場によって、皆から一目置かれていただけだろう?」


 それはカトルカールにとって、最大の侮辱であったに違いない。地位以外にお前に取り柄などない、と言われたも同然なのだから。

 目を吊り上げるカトルカールを、しかしセレスは醒めた目で見やる。


(自分だって似たようなこと、私に言っていたのにね)


 了見が狭い男だなあ、とつくづく思いながらも、あくまで大人しく成り行きを見守っていると、ノエルが言葉を重ねた。


「だから、セレスティーナが地位を失った今、お前もただの一官僚というわけだ」


 この間まで、セレスティーナ様もしくは姫、と敬称付けであったのが嘘のように、彼は淀みなく彼女の名を呼び捨てた。

 セレスとて、別段かしずかれたいわけではないので異は唱えないが、その変わり身の早さには驚くばかりだ。


「比べて、俺は国家元首だ」


 今やノエルは、カトルカールを完全に見下していた。つい昨日までセレスの婚約者として礼を逸したことのない相手に対する態度だとは到底思えぬ、威圧的な振る舞いである。

 げに恐ろしきは、権力という名の魔力ということか。

 己の父親を見続けてきたセレスは、十分にその摂理を理解していたが、今回のノエルの変貌ぶりにて、その認識を改めて深めた。


「旧王家に連なる者の処遇は、俺が決める。何人たりとも俺の許可なしに、旧王家の者とみだりに接触することは相成らない。……今日のようなことがあれば、元婚約者のお前であろうと、俺に対する反逆と見なし、即刻処断する」


 ノエルの厳しい物言いに、カトルカールは反射的に身を引いた。今やセレスの元婚約者は、新国家元首に圧倒されていた。


「じょ、冗談だろ?」


 はは、と引きつった笑みを浮かべながら、カトルカールはそう尋ねた。だが、それは愚問である。傍から一部始終を眺めているセレスですら見て取れるのだ。ノエルの目つきが、この上なく本気であることは。


「……」


 沈黙と鋭い視線は、何よりの返答である。

 ここに来てようやく、カトルカールはノエルの本気と己の不利を悟ったらしい。一歩、二歩後ずさるとそのまま、


「くそっ、覚えてろよ!」


と今時チンピラも言わないような捨て台詞を吐きながら、脱兎の如く逃げていった。


(あ……逃げた)


 我が「元」婚約者ながら、情けない。


 そう思いつつも、今のノエルと対等に渡り合える人間など、そうそういないだろう事に気づいていた。同時にセレスの頭にちらと、ノエルに対抗できそうな人物の姿がよぎった。今、城を留守にしている漆黒の髪をした少年で、カトルカールが「あいつ」と指していた存在である。


 が、すぐにセレスは、その面影を振り払った。「彼」が、今、ここにいる場合のことを考えると、余計ややこしくなり頭が痛くなったからである。

 軽く頭を左右に振ったセレスは、尻尾を巻いて逃げていったカトルカールの背中を目で見送った後、再びノエルに視線を移す。当面、鬱陶しいカトルカールを追い払えたことは重畳である。が、後に残る人物もまた、権力を持った今、カトルカール並に厄介で扱いづらい存在であることも確かだった。


(私も逃げたかった……)


 一人取り残されたセレスは、心の中で大きく嘆息した。

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