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9 寂しさの共鳴(10)

 けれど。

 そんな浮かれた気分も、城に近付くに連れ、少しずつ萎んでいく。

 夜の闇に浮かび上がるシュトーレンの王城からは、どことなく不穏な空気が漂っているように見えた。

 それを裏付ける第一の根拠は、門番がいつもの人間と違うということだった。


 人数は二人。セレスの姿を認めるなり、一人は直ぐさま城内へと駆け出す。恐らく王に、王女の無断帰還を報告しに行ったのだろう。

 そしてもう一人の男も、一歩も踏み込ませぬという気迫でもってセレスの前に立ちはだかる。


「何故お戻りに? 王は、最近お疲れの姫の体調を慮って休養を勧められたはず。そんな王のお心遣いを無にされるおつもりか」


 白々しい言葉に「何が心遣いだ」と反駁しようとしたところを、キルシュに制される。

 彼はセレスに目配せした。その瞳は「僕に任せて」と暗に告げている。セレスは素直に、この確かな実力を持つ従者に対応を任せた。一歩引いてキルシュの背後に回る。

 それを確認したキルシュは、改めて門番と対峙する。そして人を食ったような口調で男に話しかけた。


「護衛も付けず一国の王女を王都の外へ出すなんて、非常識だよね。あんまり非常識だったから、思わず加勢してしまったよ。亡き者にできなくて、残念だったね?」


 そう言いながら、キルシュは己より一回り以上大きな体躯を持つ門番をを、下から覗き込む。それは、ひどく無防備な仕草に見えた。

 しかし、何故だろう、門番は途端に狼狽えた。


「な、何を馬鹿なことを……」

「馬鹿なことかな?」


 彼は更に近付く。そして、その綺麗な顔に蠱惑的な笑みを貼り付けた。恐らく同性でも息を呑む程の魅力であろう。


「僕は中に入りたい。そのためには君が邪魔なんだけど、どいてくれない?」

「中に……入りたい」


 鸚鵡のように、キルシュの言葉を繰り返す。先程と違って声に生気が感じられない。


「僕のお願い、聞いてくれるよね?」


 門番はぼうっとなってキルシュを見る。そして魂を抜かれたかの如く放心した様子で頷き、キルシュに道を譲った。

 そのやり取りの一部始終を傍で見ていたセレスは言葉を失う。


「……」


 きっと魔法だ。


 だから、よもや、あの門番がキルシュの魅惑の笑みに悩殺された、などとは考えないことにする。男が何やら熱っぽい目でキルシュを見ていたなどということにも、セレスは気づかなかったことにした。


 ……後からキルシュに聞いたところによれば、やはり、門番が幼く美しい少年を好む嗜好であることに気づき、遠慮なく魅惑の魔法を使ったとのことだ。

 本人曰く、


「快く通してもらった方が気持ちが良いだろう?」


とのことだった。それでも目的のためならば手段を選ばないところが何とも恐ろしい。


 さて、無事に門を通過できる状態になったところで、キルシュがセレスを振り返る。


「行こう」

「でも……」


 歓迎されていないことは分かり切っていたが、門番の様子から、どうやらそれ以上のものが待ちかまえていることが予想される。父親――王との直接対決に、今更ながらセレスは怖じ気づいた。

 しかしキルシュは、セレスに逡巡の間を与えない。彼はセレスを真っ直ぐに見据え、告げた。


「ここは避けて通れない道だ。多分、前へ進めば、君は傷つくよ。辛い思いもするだろう。それでも必要なんだ。君がこれから堂々と生きて行くために」







 所々で、屈強な男たちが倒れ込んでいびきをかいている。恐らく、セレスを妨害するために配置されたものの、キルシュの睡眠の魔法によって眠らされてしまった者たちだろう。


 やがて、


「ここだよ」


とそう言うキルシュに案内されて辿り着いたのは、謁見のための大広間だった。確かに多数の人間の気配が扉の内側から漏れ出ている。


 そこに、決戦の相手がいるのだ。


 ごくり、とセレスは生唾を飲む。心の準備は完全にできている、とは言いがたい。

 しかし、もうここまで来て後には退けない。意を決するなり、扉を押し開いた。


 ――既に王女帰還の伝令が届いていたのだろう。扉を開けるなり、皆の視線が一瞬にしてセレスに集まった。


 居並ぶ面々は国王子飼いの臣下、兵士ばかりである。夜遅くであるにもかかわらず何故こうも都合良く集合しているのだろう、と首を捻ったが、すぐに思い当たった。第一王女であるセレスが失われた後のことを議論していたのだろう。

 奥に王が座している。セレスがキルシュと共に室内に足を踏み入れると、鋭い目つきで睨み付けられた。


「セレス!」


 王は立ち上がり、侮蔑と苛立ちを含んだ声でセレスを一喝した。


「そんな薄汚れた格好で謁見の間に上がるとは……何という恥知らず。流石はあの淫婦の娘だな」


 娘がそれ程までにぼろぼろになって戻ってくる。その原因については何の言及もしない。寵姫派の佞臣に囲まれて強気になっているせいか、王はセレスを気遣うふりすらもしなかった。


「……」


 セレスは俯く。

 何か気の利いたことを言い返さなければ、と焦った。

 けれど、言葉が出ない。苦しくて、息が詰まる。目の前の男は父親であるにもかかわらず、自分を殺したいほど疎ましく思っているのだ。


 そんなセレスの様子を、キルシュが横目でちらりと窺う。そして小さく息を吐き出すと、彼女に代わって口を開いた。


「ねえ、王様?」

「うん? 誰だ、お前は」


 如何にしてセレスの心を踏みにじるかを考えることにのみ夢中になっていた王は、ようやく彼女の傍らに立つキルシュの存在に気づいたようだ。そして少年の服装がみすぼらしいことに眉をひそめる。


「下賤の者。私に話しかけることを許可した覚えはない。下がれ」


 高慢に言い放つ。

 国王は人格的に欠落しているが、流石は王として君臨し続けて来ただけあって、有無を言わせぬ威厳が感じられる。それは、誰もが自分に従って当然だと信じて疑っていないからこそ生まれる威厳だ。


 しかし、人間の上下関係に左右されることのないキルシュは、軽く首を竦め王の威嚇を受け流して言葉を継いだ。


「じゃあ、さっさと本題に入って白黒つけよう。……セレスが戻ってくるなんて、予想外だったよね? せっかく、暗殺者まで放ってもらったのに」


 キルシュの口調は軽めだ。王と違って威厳というものは感じられない。しかし、得体の知れない強さがある。言葉を挟む隙を与えない何かが、そこにあった。


「何を……」


 普段、口だけはぺらぺらと回る王が、言葉に詰まる。

 当然、キルシュ以外の人間……例えばセレスが先と同じ内容を述べたとしても「そんな証拠などない」としらばっくれたうえ「虚言で国王たる私を陥れようとは何たる不敬。……この者を引っ捕らえよ!」と逆襲してきたことだろう。


 しかし国王はキルシュに圧倒され、否定の言葉を口にすることができない。できないので、理屈もへったくれもない理不尽な命を下す。


「その戯言を繰る狼藉者を斬れ!」


 いかに不合理な命令であろうと、寵姫派の兵にとっては絶対だ。王の号令と共に、衛兵らが銘々の武器を携えて駆け寄ってきて、キルシュを殺そうと取り囲む。


 殺気が室内に満ちた。


 しかしキルシュが涼しげな表情を崩すことはない。


「ふうん……僕に喧嘩を売るんだ?」


 少し可笑しげな口調が、この場の空気にそぐわず、衛兵たちにとっては逆に不気味に思われたことだろう。


 そして。


「動くな」


 キルシュが一言短く告げる。その瞬間、衛兵はまるで石にでも変わったかのようにぴたりと動かなくなった。


 彼らは何とか体を動かそうと苦心しているようだが、顔が真っ赤に染まるのみで、やはり指一本動かせない。そのような兵士たちの様子を見て、キルシュがくすりと笑う。


「その辺の有象無象が束になったって、僕を倒せるとは思えないな」


 その声には、強者の余裕が含まれている。


 ――まるで時が止まったかの如き光景だった。


 動けぬのは兵士たちだけではない。魔法の詠唱もせず、数十人の手練れの動きを一気に止める。それだけの魔力を持つ少年の存在に、術を免れた者達も、我知らず固唾を呑み身を固くしていた。

 指一本でも動かせば、次の標的は自分になる、という脅迫観念にでも囚われているかのように。


 しかし、今のところキルシュが見据えているのは武器を持った者のみ。少年は、年上の頑強な男たちを前にして、傲然と言い放った。


「身の程をわきまえた方がいいと思うよ」


 その言葉が合図だった。

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