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9 寂しさの共鳴(8)

「私が寂しいって思ってたから、助けてくれたの?」


 そんな理由で? と首を傾げ尋ねるが、それに対する答えはなかった。代わりに少年は目を伏せ、静かに告げる。


「君は言った。自分を助けても意味がないと」

「うん……言ったけど」


 再び少年の瞼が持ち上がる。露わになった感情の読めない黒い瞳が、セレスをひたと見つめた。


「意味はあるよ。君は勘違いしているようだけど、僕は無償で君を助けたわけじゃない」


 綺麗な瞳にじっと見つめられ、セレスは何やら落着かない気分に陥る。つと心持ち視線を逸らした。


「ただじゃない、ってこと?」


 すると少年は「そうだよ」と答え一つ頷いた。


「君は僕と契約する。君は僕という力を手に入れ、敵対する者に対抗するための手段を得る」


 いや、やはりそれでは自分だけが得をするのではないか、とセレスは思う。それとも、何か聞き逃したことがあるのか、はたまた、自分の飲み込みが悪いのか。

 そのようなことをつらつらと考えてみるが、最終的に少年の説明が不足しているという結論に達した。そこで、相手から情報を引き出すべく、


「それによって得られる貴方の利益は、何?」


と直接的に尋ねる。すると少年はこう答えた。


「僕は君との契約によって、外界での自由を得る。――これで五分五分だろう? 僕たち精霊は、他国で自由に生きるために、誰かと契約を結ぶ必要があるんだよ」

「そう……なんだ」


 精霊のことはあまりよく知らないが、彼がそう言うのならそうなのだろう、とセレスは曖昧な理解のまま、相槌を打った。恐らく少年自体も、セレスが己の言葉を完璧に理解しているとは考えていないだろう。

 それを裏付けるよう、少年が言葉を継いだ。


「ただし、僕と契約を交わすからには、君にも守って欲しい約束がある」

「何?」


 具体的な義務を課すという前置きに、セレスの表情に緊張が走る。


(もしかして、死んだら魂をいただくとか、そういうものかしら)


 少々物騒なことを考えながらセレスが固唾を呑んで見守っていると、少年は小さく頷いた後、条件を告げた。


「僕との絆を守って欲しい」


 どのように具体的な約束を提示されるのかと思いきや、まだ抽象的である。セレスは更に首を傾けた。


「たとえば?」

「誰かと僕以上の絆を結ばないこと。異性に心を奪われないこと」


 そこにきてようやく、少年が自分に望むことを理解した。噛み砕いた表現で言い直し、その解釈で間違いないかを確認する。


「それって、恋愛をするなってこと?」

「そう。結構な不利益だろう?」

「そう……なのかな? 分からない」


 この猜疑心の強い己が、誰かに恋する日がくることなど想像すらできないセレスは、うーんと唸る。少年が言うほど、大した不利益でもないような気がしたのだ。

 一方、そんなセレスの反応の薄さに拍子抜けしたらしき少年は、


「まあいいや、とにかく」


と一度話を区切って、間の抜けた空気の流れを引き締める。そして、改めて告げた。


「約束して。誰とも恋なんかしないって」


 少年の瞳がひたとセレスを見据える。そこに宿る真剣さに吸い込まれるよう、セレスは頷いていた。


「うん、分かった」


 だが、その後ふと自分の立場を思い出したセレスは、難しい表情で自分を取り巻く環境に言及する。


「でも私、第一王女だから、結婚は、しないと。それは王女に生まれてきた私の義務なんだって」


 先ほどの暗殺者とのやり取りで、少年はセレスの境遇について、客観的には察していることだろう。

 しかし当然ながら、今日初めて出会った彼が、母親に捨てられ父に疎まれながらも、第一王女という燦然と輝く地位だけは保ち続けるセレスの不安定さを完全に理解するのは難しいだろう。


 少年はセレスの思いを知ってか知らずか、何でもないことのようにばっさりと斬り捨てた。


「結婚は、していいよ。恋しい人や愛しい人以外の人間であれば」


という風に。


 精霊だという彼が、セレスのように権謀術数渦巻く世界で生きてきた可能性はかなり低いはずだが、そんな少年の口から「愛のない結婚」すなわち「政略結婚」を示唆する言葉が飛び出してくるとは想像だにできなかった。セレスは、思わずぱちぱちと目を瞬かせる。


 もちろん、セレスティーナ自身は、愛ある結婚など自分が望むべくもないことを、幼い頃から何となく理解していたし、またそういったものに憧れを抱くような可愛げのある性格でもなかった。


 だが、それはそれとして、面と向かって「愛する人と結婚しては駄目だ」と言われれば、少し捻くれたところのあるセレスは、一言反論してみたい気分になる。


「それって、好きじゃない人と結婚しろ、ってこと?」


 むうっと口をへの字に曲げ不満げに告げると、少年は目を軽く瞬かせ、軽く首を傾げた。


「……できない?」


 その少年は、最初に出会った瞬間から今まで、ほとんど表情を動かすことがなかった。だが今は、困惑したような、哀願するような、そんな様子が窺える。


 人間らしい表情を見せられたセレスは、今まで会話に夢中になって、さほど気にしていなかったこと、すなわち彼の姿形――彼がとても綺麗な容姿をしていることを改めて思い出す。


 顔の部品もさることながら、その配置も絶妙で、特に睫は羨ましいほどに長い。髪は漆黒だが、もしこれが金色の輝くものであれば、きっと物語に出てくる「天使」と見まがうほどであろう。しかし漆黒は漆黒で、少し謎めいた雰囲気を彼に与えるがゆえに、絶妙の色合いである。


 綺麗なものには毒がある、という何かの物語のワンフレーズを思い出す。


 その言葉に違わず、少年の瞳はまるで吸い込まれるように美しい。美しいものを見慣れたセレスでさえ、魅惑され、思考を失ってしまうほどに。


「ううん……できるよ」


 気がつけば何かに憑かれたように、セレスはそう答えていた。

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