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2 王の間。作戦会議

 使者の足音は、とてとてと。羽のように軽い足取りで廊下を駆け抜け、そしてセレスたちのいるこの部屋の前へと辿り着いたようだった。そのまま彼の人物は、ノックひとつせぬ傍若無人さで、ドアを開けた。部屋に踏み込むなり、セレスの姿を認めると、


「セレスお姉さま」


と、それはそれは澄んだ鈴のような声で、彼女の名を呼んだ。

 その際、セレスの傍らにはミモザも共にいるのだが、その名を敢えて呼ばないのは、意図的であろう。

 月の光を写し取ったかの如き繊細な髪の色と、透けるように白い肌。黙っていれば、風情も可憐な美少女である。が、如何せん口が悪く、態度も果てしなく大きいと評判の少女である。

 その、外見はこの上なく愛くるしい少女は、セレスの元へ歩み寄ると、袖をくいくいと引っ張り、


「元・王さまが呼んでる」


と「元」の部分をわざと強調して、そう言った。その言いようが聞き捨てならないのは、若干ファザコン気味のミモザである。


「レア。仮にもお父様に対して、失礼ですわ」


と第四王女レアの物言いを、軽くたしなめる。しかしレアは全く堪えた様子を見せず、ぷんとミモザから視線を逸らし、


「本当のことを言って、なにが悪いの。王さまが、王さまじゃなくなったなら、ただの無職。能なしおやじ」


と、容赦ない追い打ちをかけた。

 正直なところ、セレスはレアに一票を投じたいところであったが、ミモザの顔をつぶすのも心苦しいため、


「まあまあまあ」


と日和見的な取りなし言葉を並べ、睨み合う二人の間に割って入った。そして、


「私としても、用事があるなら、そっちから出向くの筋ってものじゃないの……と言いたいところだけれど、状況が状況だし仕方ないわね。行きましょう」


と重い腰を上げた。







 レアに案内されて辿り着いた先は、使用人室であった。文字どおり住み込みで働いている使用人に宛がわれる部屋で、ここはその6人部屋くらいの広さがあるようだ。国王とその娘4人が集まっても、もう少しばかりは空間に余裕がある。

 追い落とされた元為政者に与えられた部屋として、それは厚遇なのか冷遇なのか、判別しがたいところだが、とにかく、そこに元国王が三女と共にいたことは確かである。

 戸を開けるなり視界に入った二人の姿を確認し、セレスは、


「招集に応じ、はせ参じました」


と、台本でも読むかの如き白々しい棒読みで、そう告げた。そして、改めて二人の様子を窺った。

 元・国王。いつもうだつの上がらない顔をしていた父親だったが、今日の冴えなさはまた格別である。

 彼という今ひとつぱっとしない存在に、地位、という豪奢な飾り付けをしていた王冠は、最早取り払われた。そうして現れ出でたのは、王冠に隠れていたハゲ頭で、心なしか照明を照り返すその輝きも、いつもよりくすんで見えた。


(頭の輝きだけは、立派だったのにね)


 そして三女パントジェーヌ。勝ち気な感を受ける美少女である。感を受ける、だけではなく実際に大層気が強いのだが、そういうところも社交界に華を添えるらしく、殿方たちの憧れの的であった。

 そんな感想を抱きながら、セレスが二人を眺めていると、不意にパントジェーヌと目が合った。すると三女はきっと睨み返してくる。

 昔からそうなのだが。


(何か私、嫌われているのよね……)


 嫌われるような事をした覚えはないのだが。

 まあいいや、と思いつつセレスはつとさりげなく目を逸らす。それと同時に、力なく響かない老父の声が耳に届いた。


「わたしの可愛い娘たち」


と。

 しかしその「可愛い」は専ら第二、第三王女に向けられたもので、自分やレアは対象外であることを、セレスは身をもって理解していた。

 先に述べたとおり、セレスの母親は、お付きの騎士と道ならぬ恋に落ち、夫と娘を捨てて蓄電した。一方レアの母親は、王宮に上がれぬ程身分が低い。これらから生まれ落ちた娘二人を、父親は疎々しく感じていたようだ。

 セレスは、そういった状況に傷つくような多感な時期を越えて久しかったが、未だ12歳のレアには、納得いかないところも多いのだろう。そんな境遇のレアを、セレスは同病相憐れみ、不憫に思っていたため特に目をかけていた。それと同時にレアもまた、セレスにのみ、心を許している様子である。

 白々しい父親の言葉に、むっとした表情を隠そうともしないレアの頭を、セレスは軽く撫でる。セレスに宥められ、今にも父親に食ってかかりそうだったレアの気も多少は収まったらしく、大人しく口を閉ざした。

 果てしなく面倒だが、勿体ぶった口調の父親が紡ぐ次なる言葉を待つ。

 そうして漸く彼が口にした言葉は、


「というわけで、だ」


という、さっぱり気の利かない台詞である。

 前置き一つ無いというのに、一体全体何が「というわけで」なのか、セレスにはやはり全く理解できない。

 相変わらず、自分が理解していることは他人も理解していて当然、といういかにもロイヤリティな考え方でもって突っ走っている父親に、セレスは冷たい目を向けた。

 一方の元国王も然る者で、ほとんど娘として認識していないセレスの冷たい視線など、痛くもかゆくもないわけで、軽く黙殺すると、他の娘……特にミモザとパントジェーヌに向けて、こう告げた。


「お前たち、ノエルを籠絡して、王妃となりなさい」


と。

 その瞬間、セレスを除く三人の娘たちの目が、大きく見開かれた。


「ええっ!?」


 三人が異口同音に驚きの声を上げる中、元国王は一言、言った。


「外戚でも、血が残れば良いのだ」


 まあ、きっとそういうことなのだろうな、とセレスが予想していたとおり、その場しのぎの対処法であった。

 つまり、娘の誰かがノエル……つまり現在の国主であるが……の正妃となり得たならば、その父である彼は再び姻戚関係を築く事ができ、国王と比べれば多少は見劣りするものの、地位は安泰、といった寸法である。

 大した手腕もないくせに、政を執りたがる権力者ほど、たちの悪いものはない。その見本のような男である。


(外戚になって、権力を取り戻そうという発想自体が、もう古いって)


 心の中で茶々を入れ、白けた顔で元国王を見るとはなしに眺めている長女の視線に気付いた父親は、ぽん、とわざとらしく大きく手を打った。


「ああ、セレスは一抜けてもいいぞ。どう考えても、お前があのノエルを誘惑できるとは思えん」


 余計な一言を添えて、彼は他三名の麗しき娘たちと凡庸な長女の姿を見比べる。そしてこれ見よがしにはあ、とため息をついた。

 そんな失礼な父親の態度にも、すっかり慣れきっているセレスは、


「はいはい。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますよ」


と返すなり、あっさりときびすを返し、部屋から出たのであった。







 父親の提案をさくっと蹴って、部屋を出たセレスを追いかけてくる足音が二つあった。


「セレスお姉様!」

「セレスおねえさま」


と呼ぶ声に、セレスは振り返ると、そこにいたのはミモザとレアである。さし当たって元国王のことは横に置いて、セレスを追いかけてきたらしい。

 まず、声をかけて来たのは、ミモザである。


「……本当に参加しませんの?」


 気遣わしげな声は、父親のセレスに対する物言いに対するフォローである。即ち、父親に言われたからと言って、止めることはない、と。

 しかしセレスは一言で切って捨てる。


「ええ……くだらないもの」


 心の底から、このようなくだらない父親の策謀と無関係でいられることを、喜んでいるセレスである。参加せずに済むのならば、それが最良なのだ。

 しかし、ミモザは何故だろう、更に食い下がった。


「でも、ノエル殿に一番近しいのは、セレスお姉様ですわ」


 その一言を聞いて、セレスは、ああ成る程、と思う。思いながらも、首を横に振る。


「そうねえ。ノエルは旧王妃派だし、私を擁立していたものね。でも、近しい、と親しい、は違うわ。私自身は、彼と特別親しいわけではないし」


 セレスは軽く肩を竦め言うと、その話題は取りあえず切り上げ、話を別方向へと逸らす。


「それより、ミモザ」

「何でしょうか?」

「ミモザこそ、本気で参加するの?」


 セレスの認識では、ミモザはこの四姉妹中最も常識ある人物の中に位置していた。であるから、よもやこんなくだらないゲームに付き合おうはずはない、と考えていた。が、ミモザの次なる言葉、


「……お父様が不憫で」


という一言に、流石ファザコンと納得し、同時に軽くため息をついた。


「そう……親孝行なのね」


とセレスが相槌を打ったところで、先ほどの部屋からミモザミモザと次女を呼ぶ元国王の猫なで声が聞こえてき、彼女がその呼び声に答え来た道を戻ったことで、話は終わった。

 そして最後に残ったのは、レアである。

 ミモザがいる間中、一言も口をきかなかった彼女であるが、ミモザが姿を消すなり、つんつんとセレスの袖を引いて、訴えた。


「セレスお姉さまが参加しないのなら、私も参加しない」


 確かに自分にとっては、参加しないことが賢明な選択であるとセレスは思う。

 が、レアに関しては、違う見解を持っていた。

 母親の身分が低いがために、父親に蔑ろにされてきた末の娘レア。母親共々粗略な扱いを受けてきた彼女には、また違った道を選ぶことができることを、セレスは姉として示したいと思う。であるからレアの言葉に首を振り、


「いいえ、あなたは参加した方が良いわ」


とやんわり諫めた。

 セレスの言葉は、レアにとって想像だにしていなかったものだろう。少女は目を瞠った。そうして抗議の声を上げる。


「……どうして……? 私、お父さまのためになんて、ゆび一本動かしたくない!」


 お姉さまなら、分ってくれると信じていたのに。そんな不満をありありと表情に浮かべているレアに、まあまあまあ、とセレスが言葉を継いだ。


「それは私も同じよ、レア。でも考えてご覧なさい? もし、あなたがノエル殿の心を射止めたという風に」


 セレスはレアに熟考を促した。長女に対してのみ素直なレアは、こくん、と可憐に頷くと、己がノエルの心を射止めた未来を思い描いたようだ。

 最初は無表情だった彼女の顔に、次第に薄い笑いが漏れ始める。そしてレアは、想像の結末をセレスに伝えた。


「お父さまをこの城から叩き出すのも……生殺与奪の権もほしいまま」


 妹が出した百点満点の答えに、セレスは会心の笑みを浮かべた。


「そういうこと。心躍るでしょう?」


 もしその技量さえあれば、セレスこそ買って出たいゲームであったが、如何せんこの平凡な容姿とかわいげのない性格では、青年一人……しかも非の打ち所のない……を籠絡することなど、到底無理だということも自覚していた。

 身の程はわきまえている。だからこそ、この役目はレアに譲ろうという訳である。


「……うん」


 セレスの意志を汲んで、レアがこくり、と頷いた。だがその直ぐ後に、やや不安げな面持ちで尋ねた。


「でも、セレスお姉さまはどうするの? どこかへ行っちゃう……?」


 きゅっと裾を握る手に力がこもったようだ。

 大人びているようで、やはりまだ子供だなあ、とセレスは改めてほほえましく思いながら、少女の頭を軽く撫でた。


「取りあえず荷物をまとめて、当分の間は研究室に身を寄せようかと思っているわ」


 いずれ城を出て行くにしても、先立つものが必要である。元・王女など単なる無一文。今感情のままに城を飛び出しても、路頭に迷うだけだ。であれば、ノエルの大恩情……即ち、侍女として働くなら城に留まって構わないという内容のことであるが……とやらをせいぜい利用させてもらうだけである。


「だから、すぐには出て行かないから、大丈夫よ」


とレアを慰めると、末の妹は安堵したように頷いたのであった。

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