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tea time 3 彼女が彼を選んだワケ(1)

 当然の話ではあるが。


 セレスという人間は、生まれ落ちた瞬間から斜に構えて世の中を醒めた目で見ていたわけではない。

 幼い頃は、我ながら脆弱だったと情けなくて涙が出そうになる程度には、どうしても得ることができないもの、つまり両親の愛を渇望していた。それ故に、自分が何故、親から愛されないのかと真剣に悩み抜いた純粋な時期もあったのだ。


 しかしそれは、あくまで「かつて」の話である。


 やがて実の母は、セレスを捨てて蒸発した。寵姫とその子供のみを溺愛する実の父とも元々折り合いが悪かったが、ある事件により修復不可能な亀裂が走った。


 そしてセレスは一つの結論に辿り着く。

 愛されないことに理由などない。彼らはただ、セレスの存在が邪魔だった、それだけのことだと。


 誰にも愛されなかった少女時代。それが現在のセレスを形作る要因の一つである。


 もう一つは、地位である。なまじ高い地位に就いていただけに、賛辞の裏にある蔑視、忠誠の裏にある背反といった他人の「本音と建て前」を見抜く力がセレスには必要だった。

 たとえば、


『お母上がおらずともご心配なされるな。この私がついておりますぞ』


という裏に、


『弱い王女の元なら、好き勝手ができる』


という本音が。


『寵妃の娘たちに遠く及ばない娘だ。少し持ち上げてやれば簡単に心を許すだろう』


という侮りが。

 それぞれの思惑が渦巻く権力闘争の中心に、否応なく据えられていたセレスの心は少しずつすり減っていった。

 親の愛情を一欠片でもいいから感じたい。それだけを願いながら生きてきた、いたいけな少女は、そんな環境の中ですくすくと育ち、やがてこう決心する。


『私には愛や恋なんか必要ない』


と。

 そうして彼女は、自分に向けられる愛情を信じられず、端から疑ってかかる捻くれた性格に落ち着いた次第である。


 しかし、そんな中にも、本音と建て前の差がない人間も確かにいた。







「……であるから、精霊族とは……って、そこ! 集中しろ!」


 講義室の壇上で、くどくど己の研究成果を語っていた青年が、過去に思いを馳せ気もそぞろなセレスにチョークを投げつけた。突然の攻撃であるが、彼とのこういった遣り取りは日常茶飯事であるため、防御にぬかりはない。


 机の前方に陣を描いた結界符を置いている。風を発生させる結界だが、その効力は弱い。

 セレスはすかさずペンを走らせ、その陣に強化の効力を付け加えた。瞬間。


 そよ風は暴風へと変化し、セレスを守る壁となる。チョークは風の壁に遮られ、真逆へと跳ね飛ばされる。すなわち、青年……カトルカールの方向へ一直線に。


 こんっという小気味よい音と「ぐわっ」という大袈裟な声を確認した後、セレスは陣を破り捨てた。

 再び壇上を見やれば、額を抑えてうずくまっているカトルカールの姿と、無惨にも真っ二つに割れたチョークの欠片が二つ視界に入り、


(あ、チョークがもったいなかった)


と反省する。

 やがてカトルカールは、赤くなった額をさすりながら、セレスに向かってがなり立てた。


「相変わらず君は乱暴だな!」

「先に手を出してきたのは、そっちでしょう」


 繰り返すがセレスは自分自身を、当たり障りなく接してくる相手に対しては、この上なく人畜無害な人間であると考えている。が、ちょっかいを出されるのならば話は別だ。それに見合う報復を繰り出すことを旨としている。


 それにつけても。


(どうして私、こんなところでカトルカールの講義を聞いているのかしら)


 クーデターと同時にめでたく婚約も解消され、今後一切関わり合うこともないだろうとたかをくくっていたセレスであった。

 が、蓋を開けてみれば、周囲を見回しても自分以外誰も参加していない彼の講義に、律儀に出席しているという有様である。

 それというのも昨日カトルカールが、


「明日、私の素晴らしい講義が開催されるわけだが、君も当然来るだろう? 来るに決まっている。いかに愚鈍な君であろうと、この精霊学の第一人者である私の講義を聞かないなどいう愚かな選択をする余地などない!」


と一気にまくし立て、セレスに否を唱える間すら与えずに去ってしまったせいである。


 そして本日、義理は立てる主義であるセレスは、一言もなしに欠席するのも躊躇われたため、講義の不参加の断りを入れようとこの部屋へと足を運んだ……のが運の尽き。無理矢理約束を取り付けられたのと同じ調子で、この席に着かされた、という流れである。


 カトルカールの講義は、人気がない。


 ……確かに彼の講義は、一学問を極めた価値の高いものだ。しかしながら、彼の語りは長く、しかも自己陶酔しきっているため、ひたすら冗長で、有り体に言えば「退屈」なのだ。


 出会った当初から変わらないカトルカールを眺めつつ、セレスはふと思い出した。彼女が彼と婚約することを、近しい者達に告げた時の反応を。皆、判で押したように、


「何で?」


と聞いた。しかも、何か不思議で得体の知れない奇妙なものでも見るような目つきで。実際、セレスが彼らの立場であれば、同様の反応を返すだろう。


 しかしセレスにも言い分はある。


 セレスはキルシュとの契約上「好きではない人」と結婚する必要があった。

 だが好きではない人など、それこそ星の数ほど存在するし、また権力目当てで近付いてくる男もそれなりにいた。

 その中でただ一人、彼女は明確な自分の意志でもって「カトルカール」という青年を選んだのである。


 誰でも良かったわけでは、決してない。セレスにはセレスなりの、カトルカールを選んだ理由が、確かにあったのだ。

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