7 怒れる大魔術師を御する方法(5)
さて、どんなに可愛げのない相手であろうと、従者を制するのは主たる者の義務である。
そういうわけで、
「とにかく、城を吹き飛ばすのも、ここで刃傷沙汰を起こすのも駄目だからね」
と、セレスは改めて念を押す。それは普段どおりの態度、普段どおりの口調であるが、それがキルシュに向けて発された瞬間、たちまち単なる「言語」から「契約」という縛りに変化する。
実力行使を咎められたキルシュは、この上なく不服そうな視線をセレスに向けたが、彼女はそれを黙殺した。
するとキルシュは、苛立ったような溜め息を一つ漏らした後、己の身にまとわせていた魔力を綺麗に霧散させた。
それはつまり矛を収めたということで、セレスはキルシュの主として、また「元」とはいえ国民と城を守る王女としての責任を無事に果たしたということであり。
「というわけで、後はお好きにどうぞ」
セレスは「私の役割は終わった」とばかり、ささっと身を引いた。
周囲の安全が確保できた以上、セレスは己の「他人の行動に対し必要以上に介入すべからず」という信念でもって、二人の邪魔をしないと決めたたのだ。
それに対し、驚いたのはノエルとキルシュである。犬猿の仲であるにもかかわらず、
「……は?」
と驚きの声を上げたのは、ほぼ同時であった。それに対し、セレスは噛んで含めるように繰り返した。
「そう。だから、城を吹き飛ばしたり刃傷沙汰を起こさない程度なら、いくらでもどうぞ」
そしてキルシュの背中を軽く押す。男二人は、再び対峙する格好になったのだが、当然ながら先程までの緊迫感はすっかり消え失せていた。
とはいえ、ライバル同士が顔を突き合わせて、何も行動しないのも芸がないとでも考えたのだろうか。この展開にすっかり呆気にとられていたノエルが、気を取り直すかのように軽く咳払いをした後に、
「駆けつけるのが遅かったじゃないか」
と挑発じみた台詞を吐き出した。が、やはり毒気が抜かれているため、まるで劇の台本を棒読みしているかのような不自然さであった。
対するキルシュは、不本意にもセレスに「暴力禁止」を命じられたため鬱屈しているのだろう、唇の端を歪めた、いかにも「悪の貴公子」然とした微笑みを浮かべながら、機嫌悪そうな声を発した。
「馬鹿だな。真打ちが満を持して登場するというのは、古今東西の定石じゃないか」
自分自身を「真打ち」と称するあたり、己の実力を過小評価したり謙遜したりする殊勝な感覚は、全く持ち合わせていないらしい。セレスに言わせれば、
(物語に登場する悪の親玉は、最後に登場するわよね……)
というところである。恐らくノエルも、その苦虫を噛み潰したような表情から察するに、セレスと同様の感想を抱いているに違いない。
この面子の中では比較的常識人の範疇にいるノエルは、あまりに尊大な態度のキルシュに対し返答に困ったのか言葉に詰まる。一方のキルシュは、相手が言葉少ななのを良いことに、絶好調である。
「相変わらず、いい度胸をしてるよね」
しかしノエルだとて、仮にも無血クーデターを成功させ王の地位に就いた人間だ。ここでキルシュにあっさりと負けるはずもない。今度こそ完全に体勢を立て直すと、
「お前ほどではない」
と短く切り返した。
誰もが大魔術師キルシュに睨まれることを恐れる中で、彼はただ一人、敢然と相対することができる存在だった。だからこそキルシュは、ノエルを目障りに思うと同時に一目置いているように見える。
キルシュはノエルの切り返しを受けると眉をひそめた。
「僕には考えられないな。セレスを侍女にするなんて……」
身の程知らずな、とキルシュは吐き捨てるように付け加えたが、セレスはそれに異を唱えたい心地だった。
身の程知らず、というよりは人選誤りだろう。
最早王女でも何もないセレスが、王たるノエルに求められれば否やを言えない立場にいるのは当然のことだ。しかし元王女であるセレスが、自分のことならばともかく、他人の身の回りの世話を細々行える能力があるのかと言えば、残念ながら皆無である。
一体何故、ノエルが自分を侍女にしたのか、いまだにその理由が分からないセレスは、キルシュの言葉にノエルがどのように応じるのか、多少は興味があった。耳を傾けてノエルの反応を窺う。
やがてノエルは挑戦的な瞳でキルシュを睨み返し、そして言った。
「侍女にしたわけじゃないぞ」
それに対して、
(してるじゃない……)
と、セレスが心の中で突っ込みを入れたところで、
「決闘でもするのかとおもって、わくわくしてたのに……残念」
という声が聞こえ、セレスはそちらに視線を移した。
そこには、いつの間にか降りてきていたレアの姿があった。単身であれば、魔法により自由に動き回れると言っていたので警備の目を盗んできたのだろう。
レアの登場により二人の男に対して興味を失ったセレスは、くるりと彼らに背を向け、レアの方へと向かった。用もないのに、喧嘩真っ最中のこの二人の側に長時間いるのは、精神的苦痛なのである。……どうせ、あまりに馬鹿馬鹿しい言い争いと化して行くのだから。
(二人とも、普段はとても落ち着いているのにね……)
私生活で何か鬱憤でも溜まっているのだろうか。そんなことを考えつつ、セレスはレアに一つの疑問を投げかけた。
「ねえ、あの会話って不思議よね。まるで二人が私のことを取り合ってるみたいに聞こえるんだけど」
するとレアは心底驚いたように目を真ん丸にして、
「みたい……って。見たとおり、お姉さまを取り合っているの」
と、セレスには理解不可能な答えを返してきた。そんなレアの受け答えに、セレスの心に微笑ましい気持ちが沸き上がる。
(そうね。レアも大人びているとはいえ、まだ子供だものね)
一人の女性を奪い合って二人の男性が争う。確かにそう想像した方がロマンチックだ。
しかしながら。
「そんなこと、あるわけないじゃない」
とセレスは、レアの言葉を一蹴した。
すると、レアはレアで、セレスの反応が納得いかないらしく、若干不服そうに唇を尖らせ、
「どうして?」
とセレスに己の回答を一蹴した根拠と理由を求めた。もちろん、セレスには彼女なりの理屈があるので、狼狽えることなくきっぱりと己の考えを説明した。
「だってキルシュは、私に他の男との結婚を勧めるのよ? ノエルだって、私のことが好きなら、どうしてクーデターを起こしたりしたの? 第一王女である私と結婚して王配になった方が、余程円満に権力を手に入れられたはずでしょう?」
セレスは、自分が決して、己に向けられる友愛的な好意に鈍い性格だとは思っていない。であるから、何も前提がなければ、
「もしかして、ノエルって私のこと、好きなのかしら?」
など、ちらりとは考えただろう。
しかし、セレスは遠い目で思いを馳せる。
(私、一度ノエルに婚約を持ちかけたことがあるのよね……)
随分昔の話ではあるが、そこで上手くいかなかったからこそ、自分はカトルカールと婚約する羽目になったわけで。
そんな事情を知らないレアは、
「でも、お姉さまには婚約者が」
と、なおも食い下がる。そんな妹の必死な様子を、セレスは可愛らしく思う。
レアはノエルと自分にとても懐いている。それ故に、大好きな兄のような存在が、大好きな姉と結ばれる、そんな物語に憧れを抱いているのだろう。子供の持つ可愛らしい願望だ、とセレスは思う。
しかしながら、セレスにせよレアにせよ、国を追われた王女という難しい立場にある以上、あまりに夢見がちな想像をしていては、足下をすくわれかねない。であるから、レアのためにも、セレスは妹の想像に現実性がないことを、とくと突きつけることにした。
「そんなの、どうとだってなるじゃない。昔からカトルカールよりノエルの方が、実質的には立場が上だったんだから」
確かにカトルカールはノエルより家柄は良い。しかし王宮官吏の出世については実力主義が貫かれている。よって、政治的センスのないカトルカールより辣腕のノエルの方が、昔から出世株であったことには間違いない。
そう考えながら、セレスは更に続けた。
「今をときめく新進気鋭の新国王が、地位を追い落とされ没落した第一王女を娶るなんて、常識的には有り得ないでしょう」
セレスは、ちらと視線を男衆に向けた。
セレスによって暴力を禁じられたキルシュとノエルは、何やら高尚に修飾された非難の言葉を相手に投げつけ合っているが、要するに低次元な口喧嘩を飽きることなく続けているわけである。
国一番の権力者と国一番の大魔術師が繰り広げるにしては、あまりの低レベルなその諍いは、一体全体真面目にやっているのか、ふざけてやっているのか、セレスから見れば大層疑問である。
(私を口実にして暴れたいだけなんじゃ……)
その可能性もおおいにあり得る。そんな事を考えていると、レアが「はぁ……」と気の抜けた溜め息を零す音が耳に届く。次いで、
「うん、それは……そうかも」
とセレスとノエルを交互に見比べたレアの、諦めたような呟きが聞こえた。
そんなレアの同意を得て、セレスは再確認するのであった。
やはり自分の考えは間違っていない、と。




