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7 怒れる大魔術師を御する方法(2)

 さて、場所は再び替わって、ここはセレスの私室である。

 怒り狂っているだろうキルシュへの対策を、セレスが一人、うんうん唸りながら考えていた矢先に、それは起きた。


 一度目の異変。キィン、という甲高い音が響き渡る。

 それと同時に、城を防護していた薄い魔力の膜が、跡形もなく霧散した。

 一瞬で、跡形もなく。


(有り得ない……)


 セレスは半ば呆然として、その異様な現象を感じ取った。


 クーデターの直後から城に張り巡らされていた結界は、非常に複雑な構成をした堅固な結界で、並の力では解けないものだったはずだ。恐らく数人の魔術師が不眠不休で織り上げた力作だったはずである。


 それが一瞬である。


 セレスも唖然としたが、城の魔術師たちは、さぞかし愕然とし肩を落としていることだろう。


 こうも凡人と超人の違いを思い知らされると、


(魔術師さんたちも、やってられないわよね……)


とセレスは他人事ながら、やるせない気分に陥った……のも束の間のことだった。


 第二波の異変が予兆として現れ始めていた。

 ある一点から、尋常ならざる魔力が膨れ上がる。それは先ほどの魔力に作用する魔力、ではなく明かに物質を破壊するための力であった。


「ちょっと……!」


 その剣呑な力の発動に、セレスは青ざめた。

 窓の側へ駆け寄り、硝子窓を勢いよく開けると、セレスはそこから身を乗り出して下を見下ろした。レアもセレスを真似して隣から大地を見下ろす。

 セレスの新私室は城の頂上に近い場所に位置しており、あまりの地面の遠さに思わず息を呑む。しかしセレスは


(怖がってる場合じゃない!)


と自分を奮い立たせ、目を皿にして問題児の姿を探し求めた。

 探し求める相手は、その圧倒的な存在感のせいだろうか、間を置かずに見つかった。そしてセレスは短く叫ぶ。


「いた!」


 問題児……キルシュは、門の側に立っていた。セレスが彼を見つけたのとほぼ同時に、彼もまた、ふとこちらを見上げた。


 ……キルシュは意味のない行動を嫌う。ゆえに、こちらを彼が見た、ということはつまり、セレスの気配を確認したことに他ならない。


 にもかかわらず、彼はその後、興味を失ったようにつと視線を元に戻した。

 その意表をつく行動に、セレスは思わず隣のレアに確認を取る。


「今、こっち見たわよね?」

「うん。ぜったい、セレスお姉さまの無事を確認した」


 レアが自分と同認識であることを確認したセレスは、強張った声で続けた。


「……で、普通、私が無事なのを確認したら、ちょっと攻撃の手を緩めようとか、しない?」

「ふつう、する」


 これに対しても、レアは即答だった。が先ほどと違って一言付け加える。


「でも、キルシュは、ふつうじゃない」


 その言葉は簡潔だが、この上なく真実だった。

 キルシュには常識などないにも等しい。他の物覚えは良いくせに、常識を叩き込もうとしてもてんで覚える気がないらしく、まるで魚なみに三秒経てば、故意に忘れているのである。

 考えれば考えるだに、困った存在だと、セレスが再認識しているところで、相変わらず下界の様子を観察していたレアが、あっと声を上げた。


「ノエル出てきた」


 妙に嬉しそうな声であるのは、別にノエルが登場したから、ではなく、いわゆる野次馬根性の為せるわざだろう。

 古今東西、喧嘩や事故には人が群がってくるものである。その一方で、騒がせた当人の身内等は肩身の狭い思いをしなければならなくなるのも、お約束である。


「直接対決ね」


とうきうきした声で実況を伝えるレアに対し、セレスはやきもきしながら二人の動静を注視する。


 キルシュが、ノエルの姿を認めた。


 その瞬間。


 セレスの背筋が総毛立った。否、セレスだけではない。隣のレアも含め、恐らく城中の人間が、その魔力に畏れをなしたはずだ。


 先にも増して、一段と膨れ上がる殺気と魔力。その魔力の量を一言で表わすなら「凶悪」に尽きる。辺り一面を吹き飛ばして構わない、と考えているからこそ、これほどの魔力を放出できるのだ。


(一体何なの!?)


 元から、キルシュとノエルが互いに良い印象を持っていないことは知っている。とはいえ、今まで大きな衝突もなく何とか平穏にやってきていたはずだ。それが何故、今日この時になって、城を吹き飛ばすまでとことん争おうとするほど、一気に険悪化するのだろうか。その理由が、セレスにはさっぱり分からない。


 分からないが。


 セレスが疑問を解消しようとしまいと、事態は刻一刻と進んで行くのである。


 さらに密度を増す魔力に、セレスの額に嫌な汗が流れる。もう一度目を凝らし、キルシュの様子を窺うなり、


「うえぇ!」


と、悲鳴とも叫びともつかない奇声を発した。対するレアは、


「あれ、発動したら……城、木っ端みじんね……」


と事実を淡々と述べる冷静ぶりである。その妹の冷静な様子に、セレスは驚嘆しながらも逆に落ち着きを取り戻し、ツッコミを入れる。


「レア……あなた、冷静すぎ」



 ……というよりも、レアはそもそも「お姉さまの従者をどうにかして」と言うためにセレスの部屋を訪れたのではないのか。

 しかしレアの思惑は、どうやらセレスの予想とは果てしなく乖離していたようだ。


「だって、大丈夫だもん」


 自信満々に、レアは返答した。


「キルシュはセレスお姉さまにだけは、危害を加えないし、ゆえに、セレスお姉さまの側にいる私も、もれなく安全」


 その言葉に、セレスはレアの真意をようやく悟った。要するに彼女は、キルシュを止めろと言いに来たのではなく、単に安全な場所に避難しにきたのである。その強かさに、セレスは舌を巻く。


 初めてセレスがレアを見た時、彼女は自信がなさそうに俯いて、誰とも目を合わせないよう歩いていた。その時と比べるにつけても、レアの変化は頼もしいのか末恐ろしいのか、いまだセレスには判断がつかないほどである。


 ……それはともかくとして、城に愛着のないレアは、自分に被害が及ばなければ城が壊れても良いのだろう。セレス自身も城になど全く愛着はないが、それでも無関係の人間を巻き込むほどに薄情でもない。

 そんなことを考えていると、レアがぷうと頬を膨らませて畳みかけてきた。


「だいじょうぶ。キルシュはお姉さまとの盟約、ぜったいに守るから。お城の人は、殺したくても、殺せない」


 それも理解している。が、そういう問題ではないのだ。

 城がなくなれば、皆、路頭に迷うだろう。自分のせいで、城の全員を無職にさせました、となれば寝覚めが悪いではないか。


「何が何でも、やめさせる」


と決意したものの、


「でも、私たちは、ほぼ軟禁状態」


というレアの冷静な言葉に、セレスは己の置かれている状況を整理した。


 扉の前には屈強な見張りがいる。レアは魔術師として優秀な才能があるため、その目を掠めてセレスの部屋に入り込むことができたが、セレスには彼の目を欺くすべがない。レアの目くらましの魔法も、地味な割に複雑な魔術であるため、まだ自分自身にかけるだけで精一杯だろう。

 それならば。


「……浮遊の魔法は?」


 セレスは一抹の希望を持って、レアに尋ねたが、


「まだ、習ってない。セレスお姉さまは……?」


とあっさり首を横に振られたうえに、逆に問い返された。

 セレスは考え込む。理論は分かる。陣さえ描けば、浮遊の効果を発する結界を作れるだろう。

 だが問題が一つ。


「人を浮かせるくらい巨大な魔法陣を即席で作るなんて、無理」


 繰り返すが、陣を描いて発動させる結界は下準備が全てだ。陣の意味を理解し、一分の狂いもない円、直線、角度、それらの全てを満たして、完璧な結界が出来上がる。


 一方で、結界の範囲が大きければ大きいほど陣も大きくなり、どうしても線や円に歪みが生じてしまう。

 それを地道に修正しながら陣を描くというのが結界を張るという行為であり、それには大層時間がかかるのだ。

 蛇足だが、呪文で結界を張る方法もあるが、それは呪文学の分野になるため、セレスの知るところではない。


 要するに。

 結界学という学問は、機敏性に欠け融通がきかない……平たく言えば実用性がないということを改めて思い知り、愕然とするセレスであったが。


 従者を御するのは、主としての勤めである。


(それでも、私が何とかしなきゃ)


 素早く辺りに視線を走らせ……そしてセレスは自分の机に目をとめた。

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