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食物連鎖

 声のする方を見上げると、大木の木の葉の隙間から白い足がのぞいている。リルはそれを視認するなり短剣を抜き大木へ突っ込んでいった。助走をつけて大木の幹を蹴り上げ、その反動で声の主が腰掛ける枝まで器用に移動した。元々機動力に長けたレンジャーとはいえ手が早い。


 流れるような一連の動作を見たせいか、頭がボケーっとしてきた。


「ケイ」


「ん?」


 エイミーが心なしか不安そうな声で話かけてきた。


「頭に矢刺さってるよ」


 後頭部を触ってみると確かにあるはずのないモノの感触がある。意識し始めるとめっちゃ痛い。おまけにこの矢には痺れ薬でも塗ってあったらしく、鈍い痛みと痺れが徐々に体中に広がっていった。そのまま地面に倒れこむ。


「エイミー! 俺の回復は後回しでいいから今すぐ逃げ――」


 そこまで言いかけ、茂みの中で微かに光を反射させている矢尻に気づいたがもう遅い。その矢はエイミーの膝へ見事に命中した。


「イッッッッタ」


 膝を抱え二,三回ピョンピョン飛び跳ねている間、首筋に一撃、さらに脇におかわりを貰いダウン。魔法職なため、俺とエイミーは体力値が低く打たれ弱い。向こうもそれを承知で真っ先に潰しに来たのだろう。後はリルが全員倒して俺たちを蘇生してくれるのを待つしかないが……。


 轟音と共に大木の木の葉が焼け落ちる。リルは目の前から放たれた扇状の火炎放射を跳躍して避けていた。


「へぇ、結構やるじゃん?」


 さっきの声の――深紅の髪を無造作に束ねている小柄な女――は言った。その華奢な手に握られている杖は蛇を模したものらしい。蛇の口の奥では火花が散っている。リルは顔色一つ変えずに距離を詰めていった。


 標的が一人となり姿を隠す必要のなくなった弓持ち三人が、茂みから身を乗り出しリルに狙いを定め矢を射る。一本は身を逸らしもう一本はダガーで弾くことで回避したが、三本目の矢がリルの肩を貫いた。 リルはよろけはしたものの、スピードは緩めていない。ゆるやかな放物線を描き飛んでくる大火球をスライディングでくぐり抜け、さらに距離を詰める。


「たぶんアイツが〈朱雀〉の頭だな。アイツさえヤればあわよくば残りの奴らを殲滅……そこまでいかなくともリル一人逃げきることは出来るかもしれないけど……」


 固唾を呑んでリルを見守っているエイミーに囁いた。


「ありゃー……こりゃ負けちゃうかもな~」


 深紅の女が確かにそう言った後、魔法詠唱を始めた。恐らくこれがリルのダガーの射程距離に入るまでに打てる、最後の魔法になるだろう。蛇の口から火花が散ると同時に、リルは更にスピードを加速させた。放たれた火球は再びリルの後方へ落下する。リルがダガーを逆手に持ち替え、深紅の女の首筋をへと振り下ろす直前だった。深紅の女が薄ら笑いを浮かべている。


「リル待て!」

 

 俺はリルに向かって叫んだ。

 リルの動作がピタリと静止した。


「あーあ。もうちょっとだったのに。私はどっちでもよかったんだけど」


 深紅の女が下唇を舐める。


「なんで止めたの?」


 エイミーが尋ねた。


「……あの弓使いに人質を取られてる。」

 

 エイミーはキョトンとした顔で弓使いを見つめた。弓使い三人の内二人はリルに向け弓を構えていたが、一人だけ明後日の方向を向いている。その矢の先を目で追うと……茂みの中で頭を垂れている馬が見えた。


「……私たちが借りてきたお馬ちゃんか。一頭に付き再召喚費八千Gだっけ?」


「いざって時のために隠してたらしいな。三頭だから二万四千G。俺らの所持品合わせてもそこまでいかない――つまり今は俺らの命より馬の命の方が重い」


 深紅の女がケタケタと笑う。


「まあ君らが借金覚悟で攻撃してきても面白かったんだけど。そこまでやる玉は無いか~」


 リルはあと一歩のところで獲物をしとめきれず苛立っている。歯ぎしりの音がこちらまで聞こえてきそうだ。


「ケイ?」

 

「悪いリル。今回はお預けだ」


 それを聞き名残惜しそうにではあるが、ダガーを下ろした。


「つまりこれって、"お前らが大人しく殺されるなら、馬だけは見逃してやる!"ってこと? でもさ、私たちを倒した後で馬を攻撃しない保証なんてあるの?」


 と、エイミーが言った。尤もな質問だ。


「保証はない。……が、馬を倒しても何か貰えるわけでもないし、向こうには一銭の得もない。それにこういう交渉が成り立つかってのは信用問題。特にギルド同士の交渉の場合だと、一度でも約束を違えることがあったらすぐにその噂は広まる。そうなりゃどこも交渉に聞く耳持たなくなるから、困るのは向こうってこと」


 少し早口でまくし立てた。


「おっそこのお兄さんわかってるね~。そういうこと。……そろそろいいかな? ここに身ぐるみ剥がされて放り出されるよりは、死に戻ったほうが早いでしょう。トドメは刺してあげよう」


 そういうと深紅の女はリルの肩にそっと手を置きポンと押した。リルは抵抗する素振りもみせず、枝の上から突き落とされた。深紅の女もその後を追って飛び降りる。グキッという、とってつけたような効果音が二回鳴り響いた。二人とも落下ダメージを負い地面に手をついている。周囲にいた弓兵が駆け寄り深紅の女を蘇生し始めた。木から降りるのが面倒くさかったのだろう。


「ふぅ~。思ったより手間かけさせてくれたな。……リルちゃんだっけ?」


 深紅の女が弓兵の手を借りながら起き上がり、リルを見つめた。


「あなたうちのギルド興味ない? 戦争に参加してくれるならその都度装備は支給するし、どことも同盟組んでないから変な制約もない。それに自前のタウン持ってるから資源も豊富。少なくとも今のあなたのとこよりは好待遇だと思うけれど」


「お断りします」


 リルが即座に返答した。


「ふええ……フラれちゃったよ~」


 深紅の女がわざとらしく泣きじゃくってみせる。


「どうしてもダメ?」


 腕にうずめた顔を少し上げ上目遣いでリルを見ている。


「イヤです」


 リルの返事は変わらなかった。


「そっかぁ。残念だぷん……じゃあ」


 深紅の女の声色が変わった。


「馬を殺せ」


 傍にいた弓兵二人が馬に矢を射る。


「なっ」


「ちょっと!」


 リルとエイミーの掛け声も空しく、十数発の矢が三頭の馬に襲い掛かり、馬は嘶きをあげ倒れた。


「なんで?」


 エイミーの言葉には怒りが籠っている。


「いや~レンジャーの彼女が思ったより強そうだから。あなたたちのギルド初々しい香りがするし、ここらで出鼻挫いとかないとさ、出る杭は打てってやつ。ごめんね~」


 深紅の女は舌をペロリと突き出した。


「本当にいいのか?」


 俺は真顔で深紅の女を見つめた。


「なにが?」


「悩んでたんだよ、どこのギルドの領地を奪うか。あんまし初心者のギルドから奪ってもかわいそうだし、かといって大手に喧嘩吹っ掛ける力はまだ無い。……馬三頭で砦強奪の大義名分くれるなら安いもんだ」


 深紅の女が一拍置いてから、腹を抱えて笑い出す。


「あはははははははは! カッコいいな~お兄さん……地面に這いつくばってるのが珠に瑕だけど! あーお腹イタ」


「精々今のうちに笑っとけ」


「ハイハイ。まず馬三頭分の賠償金返済してからチョッカイ掛けに来てね~。尤もその頃にはあなたたちの顔も覚えてないだろうけど」


 弓兵二人がリルとエイミーの傍らに佇んでいる。深紅の女が片腕を上げると、弓兵はそれに連動して矢を番えた。


「じゃあね」


 エイミーとリルの体を矢が貫く。

 深紅の女が俺に魔弾を放った。


 意識が完全に喪失するまでのわずかな間で、リルとエイミーが一瞬痙攣し、力尽きる光景が見えた。彼女たちの体がホログラム状に分解され宙へ消えていく。何百回と経験している出来事だが、その度にふと思うことがある。本当に俺は再び目を覚ますのだろうか、俺の冒険はここで終わるんじゃないかと――。


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