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家に帰るまでが狩りです

 帽子の女は蜘蛛の大群へ身を投げ入れ姿を隠した。

 さっき蜘蛛へ撃っていた使役魔法――あれで一定時間周囲の蜘蛛はこいつの傀儡になる。蜘蛛たちの最優先ターゲットは俺らしいが、まずはエイミーを助けるのが先だ。


 デカブツがエイミーにタックルする寸前に〈ライトニングボルト〉を刺す。ダウンまでいかなくとも2秒は行動不能になる。


 その間に大群の先頭を走る蜘蛛の牙が俺の鼻の先に触れかかっていた。

 〈ショックウェーブ〉で俺に群がる蜘蛛を後方に吹っ飛ばす。

 群れの後ろに潜んでいた帽子の女が見えた。そこめがけて思いきり足もとの壺を蹴り上げた。帽子の女の胸元にフェロモン入りの液体がかかる。

 使役魔法による制御と動物の本能の相克に、蜘蛛たちは混乱状態に陥った。群れの足並みが乱れている。


 その間に狙いをデカブツに切り替え、もう一度〈ライトニングボルト〉を撃った。しかし二度目は通用せず、デカブツは〈ラッシュフォース〉で移動速度を加速させボルトの回避とエイミーへの接近を同時にこなす。


「私でもこれくらいは!」


 エイミーが〈セインツウォール〉で自身の前方に壁を出現させた。移動速度を上げたデカブツがその壁に勢いよくめり込んだ。これでデカブツはダウン。


 帽子の女は魔法の制御下を外れた蜘蛛に襲われ、苦し紛れに〈トルネード〉を撃ったが焼け石に水。すぐに蜘蛛の大群の下敷きとなった。


「エイミー、大丈夫か?」


「大丈夫だけど……」


「早く蜘蛛どけてよ!」


 帽子の女の悲鳴に近い声が蜘蛛の大群の下から聞こえてきた。

 さすがにかわいそうなので、放物線状に飛ぶ〈マグマボール〉で蜘蛛を一掃してやる。帽子の女がやっと普通に呼吸できるようになったらしくむせ返っていた。


「おい! お前ら、喧嘩売る相手を間違えたなぁ。俺らのバックには〈朱雀〉がついてんだよ」


 デカブツが倒れたまま首をこちらに向けて脅しを効かせてきた。


「〈朱雀〉……? どこだそれ」


 思わず考えが口に出た。あまりにも陳腐な脅し文句だったが、笑いは噛み殺しておく。


「はぁ? この辺り一帯の狩り場は全部あいつらのシマなんだよ」


 そんなことも知らないのかといいたげな態度で男が言った。


「俺たちはここで狩りさせてもらう代わりに、あいつらにクソ高いみかじめ料払ってんのよ、わかる? ……そこにノコノコ現われて奪るだけ奪ってさよなら? 無事に帰れるわけねえだろ」


 突然帽子の女が不敵に笑いだした。


「噂をすれば、ね。もう応援が来たわ」


 後ろを振り返ると広間の入り口に二人分の人影がみえた。


「応援とはこれのことですか?」


 片方の人影――リルが、担いでいた小柄な男をぶん投げる。


「時間が経ったので見に来ましたけど……。もう終わっちゃったみたいですね」


 リルが口をすぼめて拗ねた。


「もう少し丁寧に扱ってよ……」


 転がってきた小柄な女が呟いた。額には赤いバンダナをつけていて、リルのより上質な革防具を着ている。

 よくみるとそのバンダナには鳳凰のエンブレムが記されている。〈朱雀〉のメンバーなのだろう。


「そういうことだ。協力ありがとう、二人とも」


 帽子の女とデカブツは諦めがついたらしく、それ以降何も言わなくなった。


 三人にトドメを刺していくと、倒れていた場所にそれぞれの棺が現れる。

 もちろん中に詰まっているのは死体ではなく、そいつの生前の所持品全て。


 デカブツの棺にはタランチュラの糸が130個入っている。全て捌ききれれば四千G弱にはなるだろう。

 帽子の女の棺には、女が被っていた魔女帽子とローブが入っていた。少なくとも今の俺の装備よりはましだ。それとなぜか古びた弓と矢も――狩り場に来た別の冒険者を倒して手に入れたのだろうか。

 最後に小柄な女の棺を覗く。中には高級なレンジャー装備と……五千G。

 一回の狩りにしてはかなりの収穫だ。帰り道で死んでアイテムロストするのは何としても避けたい。


「やった~~~! 緊張したけど勝ててよかった……。ほとんどケイのおかげだけどね」


「いやあの壁は良かったよ。まあ対人戦は慣れだから、経験重ねてけば立ち回りも上手くなってくる。……それはそうと、急いでトロントに戻ろう。街に帰るまでが狩りだぞ」


 そう言いながら俺はおもむろに服を脱ぎだす。


「何やってんの?」


 エイミーが両手で顔を覆った。


「帽子の女が着てた装備のが強いからそれに着替える。道中戦闘になるかもしれない。リルも倒した相手の装備に着替えたほうが」


「私は遠慮しておきます」


 ローブと帽子をかぶり終え、洞窟の入口へ向かう。帽子の女が着ていたからか、ローブは少しだけ生暖かかった。

 外に出るとあまりの眩しさに思わず目が霞んだ。太陽がちょうど真上にさしかかっている。もう昼過ぎか。


「お腹減ってきたなー」


 エイミーが手を目の上にかざしていった。


「帰ったら飯にしよう。そこそこ稼げたしいいもん食お」


「おー!」


 腹の鳴る音が聞こえたのでそちらを見ると、リルが目を逸らした。

 洞窟の脇にある茂みを掻き分け、馬を隠していた場所にたどり着く。


「……馬がいない?」


「ここじゃなかったっけ?」


 本来そこに馬が繋がれているはずの大木が寂しそうにぽつんと佇んでいるだけだった。繋ぎ留め方が悪かったのか? にしても三頭とも逃げ出すってことはないだろう。あるとすれば――。


「リル、さっきの〈朱雀〉のやつどうやって倒した?」


「私を見るなり突っ込んできたのでそのまま返り討ちに」


「……相手のが上手だったな。たぶんそいつは最初から負けるつもりで戦いに来てた」


「どゆこと?」


 エイミーが首を傾げる。


 このゲームで最も重要なのは情報だ。相手の人数・装備・レベル・スキル……どれか一つを知らないだけでも勝敗は優に変わる。

 場慣れしていればいる程、戦闘前の情報収集を怠らない。つまり今回一人で挑んできた〈朱雀〉兵は……。


「偵察が目的だったと? にしては装備が豪華すぎたような気がしますけど」


「それだけ資源が豊潤なギルドなのか、確実に取り返せる自信があるんだろうな」


「え、じゃあ早く逃げなきゃじゃない? っても馬いないのか……てことは……あれ?」


 一瞬沈黙が流れる。


「ご明察~!! 拍手拍手!」


 妙に朗らかな声が俺たちの頭上から響いた。

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