ひと狩り行こうぜ
少しするとエイミーがもぞもぞと動き出した。半ば無理やりに立たせると半目のまま身支度を始めた。
寝ぐせで髪はあらぬ方にハネているがそのまま一階の食堂へ連れて行く。
「それで……今後はどうするん?」
朝食をとって少しは目が覚めてきたらしい。エイミーが聞いた。
「そうだな……。最優先はギルドの設立」
「街の集会所に届け出を出して終わりじゃないの?」
「設立金に二万G必要なんだ」
エイミーの顔が引き攣った。
「私の全財産一万Gちょいだけど……」
「私の財産はこれだけです」
リルがポーチに手を突っ込んで、昨日出した心臓のような何かをまた取り出そうとする。
「もしかしたら少し借りることもあるかもしれないが、なるべく個人の資産は共有したくない。出来れば新規に二万稼ぎたい」
「稼ぐっていっても……。この街小さいからカジノとかコロシアムとかの施設もないよね?」
「「――となれば?」」
俺とリルが目を合わせてニヤリと笑う。
「ひと狩り行こうぜ」
* * *
俺たちはトリントから南西に進んだところにあるタランチュラの巣に向かった。
街の厩舎から馬を三頭レンタルしてきたので移動は楽に済む。
ただし馬が死んでしまったら(厳密に言えばどれだけダメージを受けても死ぬことはなく、どこへともなく走り去っていくだけだが)多額な賠償が必要になるので、巣に近づく前に降りて草の茂みに隠しておく。
「タランチュラなら私でも倒せるかなー。”タランチュラの糸”ってよくマーケットで売ってるよね」
「あぁ。布装備を作るクラフターが重宝するからな。……行くか」
目の前には巨大な洞窟への入り口。昼間だというのにそこだけ光を遮断しているかのようだ。
中へ入ると隣にいるエイミーやリルの姿も見えなくなった。不気味な空洞音だけが響いている。
「〈ライト〉つけるね」
エイミーの長杖の先にある水晶が発光して辺りを照らす。
人型程の蜘蛛のシルエットが六体周囲に浮かび上がった。ただしそのどれもが微動だにせず、本来赤く輝くはずの八眼の色も失われている。
「先客がいるな……リル、どうだ?」
「上の層からかすかに振動を感じます。恐らくまだ狩りの最中でしょうね」
「どうする?引き返す?」
エイミーが聞いた。
「いや、大丈夫大丈夫。このまま先へ進もう」
エイミーは気味悪がりながらも、蜘蛛の死体を観察している。
「うわ、この蜘蛛の死体半分焼け焦げてる……一人はメイジかな」
洞窟のそこらじゅうに蜘蛛の死体が転がっていた。手前の方から轢き殺していっているらしかった。
「あ!今奥で〈ファイヤーボール〉使ったの見えなかった?」
「見えたな。それとそこにトラップ」
エイミーの足の先を指さす。薄青色で小さくだがそこから魔方陣が地面に敷かれている。
「あっぶなー。 踏むとどうなるの?」
「術者に位置がばれるだけだけどな。侵入者警戒用」
三人とも一旦立ち止まる。
「今なら敵を把握できますね。向こうの人数は二人。エイミーの言うとおり片方はメイジで片方はウォーリアーのようです」
「二人かー……。リル、洞窟の入り口で待機しててくれるか?」
「わかりました」
リルは俺の言葉にあっさりと従って、入口へ引き返して行った。
「え、なんで?」
エイミーは意外そうな顔。
「人数が多いと警戒されるからな。たぶん二人で行けば向こうから狩りに誘ってくる。俺やリルはもう蜘蛛倒してもレベル上がらないし、エイミーがとどめを刺して経験値を取ってくれ」
「そっか……。でも一緒に狩らしてくれるかな?」
「いけば分かるさ。――いきなり現われて驚かすのもあれだし、わざとトラップ踏んでくか」
その先へ進むと、確かに先客たちが狩りをしているのが見えた。
どうやらそこが行き止まりのようで、少し大きな広間の様になっている。
その壁に無数の虫食い穴があいていて、そこから無数の蜘蛛が這い出てきていた。
広間の中央には壺があり、それを守るようにメイジとウォーリアーが陣取っている。
壺の中には雌の強烈なフェロモンでも入っているんだろう。
「すいませーん! 俺らもここで狩りしたいんですけどいいですかー!」
一旦蜘蛛の湧きが止まったタイミングで声をかけた。
「あぁ?」
やたら図体のでかいウォーリアーの男がドスドスと音をたてて迫ってくる。装備は安値のプレート鎧一式。
俺とエイミーを一通り見まわすと、口角を吊り上げて、
「いいですよ! 協力して狩りましょう!」
フレンドリーに言ってきた。
「よろしく!」
壺の横にいる魔女帽子をかぶった女もこちらを向いてきて挨拶してきたので、俺とエイミーもそれぞれ挨拶し返す。
「ささ、遠慮しないでこっちきてよ」
帽子の女が手招きした。
俺たちも壺の横まで行って、蜘蛛がまた出てくるのを待つ。
壺の中のフェロモンを発する液体が切れたようで、帽子の女が継ぎ足した。
するとすぐに蜘蛛がワラワラと壁穴から出始める。
そのタイミングを狙い俺が〈ファイヤーボール〉を撃つと、何体か爆風を受け落下した。
そこにエイミーの〈ホーリー〉がとどめを――刺すより速く横から帽子女の〈ライトニングボルト〉が飛んでいた。
他の穴からも蜘蛛は這い出てくるにも関わらず、わざわざとどめを取るのに固執してくる。経験値を吸おうとしているんだろうが……ケチくさい。
俺たちが撃ち漏らして壺の近くまで寄って来る蜘蛛は、デカブツのウォーリアーが薙ぎ倒していた。さらに、倒した蜘蛛から糸を剥ぎ取る作業もそいつがやっている。
三人が遠距離、一人が近距離戦という陣形でその作業を何度も繰り返した。
四人でやっているだけあって効率はかなりよく、かれこれ六十体ほど倒しただろうか。
「蜘蛛が全滅するよりフェロモンのが早く尽きそうねー。この継ぎ足しで最後にしましょう」
帽子の女が言った。
もう大分糸も集まった頃。
また毎度のように蜘蛛たちが壁から出てくる。今度は帽子の女が先に蜘蛛へ魔法を放った。
ただし蜘蛛たちは少し立ち止まっただけで、そのまま壁を駆け降りてくる。
様子がおかしい。蜘蛛の眼の色が紫色に変色していた。
今帽子の女が撃った魔法は――使役魔法か?
気づいた時には既にデカブツがエイミーの方へ走りだしていた。
「えっ? なになになになに?」
エイミーは状況が読み込めていないようだ。今狩られる側に居るのは蜘蛛ではない。
「さあ、楽しい楽しいプレイヤー狩りの時間よ。今まで協力ありがとう、お馬鹿さんたち」