姫のレガリア
「装備はどうしましょう?」
「いつものでいい。ただし全員顔バレしてるから頭装備は付けておいて欲しい」
リルはパチンと指を鳴らし、頭に被っていたレザーヘルムを可視化させる。
防具の中で唯一、頭に装備する兜や帽子だけはプレイヤーの意思で表示を切り替えることが出来た。非表示にしている間は単に透明化するだけでなく頭に何かを付けている感覚も連動して無くなるため、むさ苦しい兜を嫌い表示を消しているプレイヤーは多い。リルもその一人だった。
エイミーが両手の人差し指を口に咥えて指笛を鳴らした。俺も人差し指と親指を丸めて甲高い笛の音を鳴らすと、待ってましたとばかりに花丸とトウザイテイオーが俺たちの元へ駆けつけて来る。
「距離的には俺たちの方が短いから鈍足のパグモーでも先回りできるはず。準備いいか?」
「……待って」
フードを深く被ったエイミーがパグモーの背中に跨りながら言った。
「リルの『テヘッ☆』見るの忘れてない?」
「エイミー! そんなこと言ってる場合ですか!」
諭すような声を上げたリルだが、その慌てぶりは罰ゲームのことが忘れ去られるのを期待していたようだった。しかし非常に残念なことに、時間に余裕が無いことを否定はできない。
「お楽しみは最後にとっておこう。リルもそれまでには覚悟を決めておくように」
リルは冷や汗を浮かばせながら必死に目線を逸らし、聞こえていなかったのように口笛を吹き出した。
* * *
トリントに着いて程なく。リルを城門の見張りに置き、俺とエイミーは街内で二手に分かれて行動していた。
『標的捕捉、護衛七名。至急城門前に来られたし』
俺が商店街の通りをうろついていた頃にリルから革手帳に連絡が入った。ローブのフードで顔を隠しながら城門へ向かうと、ちょうど柄の悪そうな男たちとすれ違った。その男たちに囲われるようにして歩いていたのはもちろん【スパルタンレギオン】の姫――テトだ。テトの隣には片目傷の男ヴァンの姿も確認できた。
城門の横で地図を眺めるフリをしながら、しきりにその男たちへ流し目を送っているリルの肩を叩く。絵に描いたような尾行の仕方で思わず笑ってしまった。
「【スパルタンレギオン】御一行もご到着ですね。……何笑ってるんですか?」
「別に。エイミーが来るまで俺はここで待ってるから、リルは奴らを見失わないように――」
「手を挙げろ」
後ろからドスを利かせた声――というよりドスを利かせようと精一杯頑張ったけれど大して怖くならなかった少女の声――が聞こえた。構わず振り返る。
「バキューン! またつまらぬものを撃ってしまった……」
エイミーは銃口に見立てた人差し指を口元に寄せ、フっと息を吹きかけた。エイミーの脳内では立ち上った硝煙がゆらゆらと揺れていることだろう。
「それは石川五右衛門の決め台詞ですよ。撃つんじゃなくて斬るんです」
「……あれそうだっけ? じゃぁ次元大介の決めセリフは?」
「……」
何だっけ、と真剣に考え始めたリルとエイミーの向こうでは、テトが織物屋を興味深そうに覗いていた。
「リル、ここからテトの唇の動き読めるか?」
「……この角度からなら。お買い物中のようですね」
テトは織物屋の店頭に飾られていた豪勢なドレスブーツ一組を手に取り物欲しそうにそれを見つめた。と、後ろにいた大柄な男がすっと前に進み出て事も無げに勘定を支払う。テトは飛び跳ねるように喜んでその男の腕へ顔を寄せている。
恐らくゴールドを取り出そうとして懐に手を突っ込んでいたヴァンと他の男たちは、先を越されてしまったと苦々しい顔をして肩をすくめた。
「太っ腹だね~」
「差し詰め姫への貢ぎ物ってところだな。献上品の値段に応じて姫からの好感度が上昇する」
「そういうゲームのイベントみたいですね。……もしや【スパルタンレギオン】の財政が苦しいのはこのせいですか?」
リルの疑問に答えるようにテトは隣の武器商の前で立ち止まり、金色の柄が照り輝くレイピアに手をのばそうとした。今度は事前に金貨を握りしめていたヴァンが、テトの指がレイピアに触れる前にひと際大きな金貨を武器商人に手渡した。
「『きゃーありがとー。これすっごいたかいやつだけどいいのー? ほんとにー? ありがとねー。かわりにわたしがむかしつかってたおふるのぶきあげるねー』」
テトの口の動きにあわせてリルが腹話術士の如く声を当てた。棒読みだったためイマイチ頭に入ってこなかったが、それでも話の概要は理解できる。
ヴァンのだらしない照れ笑いと対照的に、周りの男たちは眉間に皺を寄せ次こそは俺がと鼻息を荒くしていた。
テトは店の商品を時にはいじらしく見つめ、時には高価そうな展示品の前で意味あり気な溜息を吐くことで次々と男たちの財布の紐をほどいていく。
街にあるほとんどの商店をそうやってしらみつぶしに練り歩いた後、次にテトが目を付けたのは街の中心にあるカジノだった。男たちを引き連れた姫は小さな城のような外装のカジノの中へ姿を消した。
「……追いますか?」
「もちろん」
俺たちはテトの後を追って華々しい賭場への扉を開いた。




