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交渉

「あのボートも【スパルタンレギオン】の物のようですね。乗組員は四人、装備は向こうの方がやや上等かと」


 かろうじてそれが舟であることが確認できるという距離にも関わらず、リルは装備差まで素早く把握し俺に耳打ちした。やはり殊戦闘については、リルに本能的に備わっているセンスが如何なく発揮されるらしい。


 リルの本分が戦なら、俺の本分はギルド存続のために軍略を巡らせることだろう。


 実を言うと、今この場にいる【スパルタンレギオン】兵六人と戦って勝てるかどうか、ということはさして問題ではない。

 なぜなら俺たちがこの戦いで負けた場合、失う物はそれぞれの装備とマーシャのボート一隻だけだからだ。もちろんマーシャに対する補填というのは何かしら用意する必要があるかもしれないが、それを含めても損失額は三万G(ゴールド)以内に収まる。全く痛くも痒くもないとは言い切れないにしても、借金をするという訳でもないしいずれ埋め合わせは可能といえる。


 それよりも警戒すべきなのは、ここで下手に起こした小競り合いが【ミケル】vs【スパルタンレギオン】のギルド同士の争いに発展してしまうことだ。

 勝とうが負けようが戦争には大きな支出を伴う。未だ領地育成で手一杯な俺たちには、ご近所同士のイザコザに手を回す暇はない。

 ましてや俺たちが戦争に勝って【スパルタンレギオン】の砦を奪い領主権を手に入れたとしても、二つの砦を経営する余力がなく宝の持ち腐れになることは言わずもがな。


 つまり今回の理想的な展開は、武力ではなく平和的な解決。ただしこれには双方にその意志と多少の妥協が必要になる。


「いやぁ~六人いるとは参った! こりゃ降参だわ。何か要求があるなら言ってくれ、出来る限り呑むよ」


 俺はもう一隻の舟をじっと見つめている片目傷の男に話しかけた。彼の方がもう一人のスキンヘッドの男よりは話が通じそうな雰囲気がある。

 まずは主導権を完全に委ねて相手の出方を窺いたい。

 

「六人いるから降参だと? 馬鹿言え俺だけでテメエら全員倒せたわ」


 スキンヘッドの男が俺を見て鼻を鳴らした。

 やはりコイツの脳みそは筋肉で出来ているらしい。コイツが変な茶々を入れる前に、そしてもう一隻のボートが俺たちの元へ来る前に妥当な和平を結びたいところだ。


「要求ねぇ……。つまり今この盤面で【スパルタンレギオン】が【ミケル】より優位に立っている、ということは認めるんだな?」


「あぁ。一目瞭然だ」


 俺のその発言に抗議するように、リルが鋭い視線を送りつけて来た。自分なら勝てる、と言いたいのだろうが、分かった上で今は無視する。


「なら要求もクソもあるか? 俺たちがお前らを全員殺す。装備と所持品とボートを全て奪う。めでたしめでたし、ハッピーエンドだろ」


「違うね、その話にはまだ続きがある。

 ……ご存知の通り俺たち【ミケル】は弱小ギルドだ、大手ギルドのように吐いて捨てるほどの物資がある訳じゃない。そんな弱小ギルドから所持品全部、ましてやボートまで取り上げるってのは奴隷から衣をひったくるようなもんだ」


 俺はなるべく片目傷の男の注意を引くように、一段と声を張り上げた。


「そこまでされた俺たちは生き返った後、一体何をすると思う? ……尋常じゃない怨みを抱えていながら、失う物はもう残ってないんだ。お隣さんのあんたらに数日、数十日、いや数年粘着し続ける。あんたらを倒すためなら、大手ギルドの犬になるのも厭わないかもしれない。それを捌き切る余力が【スパルタンレギオン】にあるか?」


「大層な気合だ。しかしだからと言って今築いた優位をみすみす手放すと思うか? お前の言い分は確かに分かるが、だからといって見逃す訳にはいかねえな」


「何もタダで見逃せとは言ってない。このボートをやるよ」


「お前らの装備どうせ大した物じゃねえだろうしボートが一番高級だろう。それをアッサリ譲っていいのか? てっきり『装備は渡すからボートだけは勘弁してくれ』とごねるのかと」


「俺がそう主張したとして承諾するか?」


「……しねえだろうな」 


「さっきも言った通りそっちに優位があるのは認めてるんだ。これが妥当な着地点だと思うんだが、どうだ?」


 片目傷の男は決めかねているらしくしばし腕を組み、夕焼けに染まった地平線を眺めていた。


「悪いなマーシャ。勝手に話を進めたが、ボートの借りはすぐに返す」


「私のボートはお前らにやるって言ったろ。別にそれをどうしようがお前らの勝手だ」


 マーシャは素っ気無く言った。


「しっかし意外と粘るな~。【ミケル】と【スパルタンレギオン】を〇遇させ▽▲ば絶対戦◇×な□って〇◆ンが」


 後ろを向いたマーシャがボソボソと独り言を呟いたのは分かったが、波の音にかき消され聞き取ることが出来なかった。

 片目傷の男は革手帳を胸ポケットから取り出し、眉間に皺を寄せ複雑な表情でそれを見つめている。


「答えは決まった」


 片目傷の男はやや悲しそうに俺たちを見下ろした。


「お前らの提案は極めて妥当だ。だが受け入れることは出来ねぇ……お前らはここで死ぬ」


「……は? まるで筋が通ってないぞ。はぐらかさず理由を言え」


「理由なんて一つしかねぇ。テトにそう言われちまったんだ」


 片目傷の男はクールな容貌に相応しくないほどのくずれた笑顔で、困ったようにそう言った。 

  


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