決闘? 結党?
「ていうか……下着一枚でギルドの勧誘?」
エイミーは地面に寝そべる俺を見下ろしながら冷静なツッコミを入れた。まあ素よりアッサリと快諾されるとは思ってない。
「ギルドといってもこれから作る予定だからメンバー0人なんだけどな。見る感じエイミーもフリーだろ? ちょうどよくない?」
「そうだけど……。 初対面の人とギルドって何か怖いし……」
意外と奥手な性格らしい……そうは見えないが。
「もしかして今までギルドに入ったこと無いのか?」
「いや!ないことはないよ!誘われたりはしたけどたまたま都合が悪かっただけ!」
結局無いんじゃないか。
「レベルは?」
「38!」
エイミーはギルドに入った経験がないことにコンプレックスでもあったのか、顔を赤くして目を伏せている。
「リルはどうだ?」
短剣を握りしめたまま無言で話を聞いていたレンジャーのリルに尋ねた。
「私は別にいいですよ」
「ちょっと! ……いいの?」
傍のエイミーが釘を打つように慌ててリルへ確認を取った。
「ただし決闘で私に勝ったら、ね」
リルは恐らく微笑みのつもりで口角を釣り上げたのだろうが、アンバランスに歪められたその口元からはケケケケと死神の笑い声が聞こえてきそうだ。
「おいおい……俺はついさっきアンタに喉元掻っ切られた後だぞ。実質勧誘拒否ってことか?」
俺は世にも情けない泣き顔を作る一方で、改めてリルの装備の観察を始めた。
やはり防具のレザーアーマーはどこの街でも売ってるような量産品……余程強化されていない限り脅威にはならないだろう。それに反して両手に持っている短剣ホワイトファングはレベル50程度のダンジョンでドロップする武器だ――ただでなくても体力の少ない純火力メイジで、かつ裸な今の俺からしてみれば掠っただけで致命傷を免れない凶器でもある。
さらに、従来メイジとレンジャーの1vs1対決はレンジャーに分が有るというのが定説になっている。レンジャー側には弓による遠距離攻撃と短剣による接近戦を織り交ぜつつ、機動力を生かして相手の魔法を回避出来るというアドバンテージがある。彼女は弓を装備していない辺りより接近戦と機動に特化させたスキル構成のようだが、メイジからするとそちらの方が相手にしたくないタイプといえる。
「それが条件です。ただし今の装備では不服だというのなら街へ取りに行っても構いませんし、どなたか知り合いがいるのならばその方を決闘代理人としても結構」
リルは「お前では相手にならない」という表現をオブラートに包んで言った。
彼女はさっきの戦闘からも自分から決闘を持ち掛けることからも分かるように、自分の腕前に相当な自信とプライドを持っているのだろう。俺の経験上、そういう奴は概して負ければ言うことを聞いてくれた……例えどんな負け方をしたとしても。
「残念ながらこっちに知り合いはいないし装備の持ち合わせもない……このままでいくよ」
「そうですか。……エイミーさん、この人を蘇生してあげてくれませんか?」
「意外だね。戦う気あるんだ」
そう言った後エイミーが〈リバイヴ〉の詠唱を始めた。ダウン状態のプレイヤーは5分の時間経過か他プレイヤーの手当、そしてプリーストの〈リバイブ〉によって蘇生する。
プリーストの〈リバイブ〉は体力を回復した状態で蘇生出来る代わり、詠唱に少し時間がかかるのが玉に瑕だ。
「ほいきた。がんばりんさい」
エイミーの杖から発せられた鮮緑色の細い糸が、何重にも合わさって俺の身体をそっと包み込んだ。
指先から身体の芯へと神経の感覚が戻ってくる。
「サンキュー」
俺は背中についた土を払いながら立ち上がった。ほぼ万全の状態だ……腰の痛みも消えている。
「じゃ、やりますか」
「どちらかがダウンするまで、でいいですよね?」
「もちろん」
リルが俺を見つめながらじりじりと後退していく。
「メイジじゃ近距離からでは辛いでしょう。……距離はこれくらいでいいですか?」
俺とリルの間に凡そ8m程の距離が空いたところでリルは足を止めた。
リルはさも俺のために作った距離であるかのように演出しているが、スタンダードな魔法〈ライトニングボルト〉や〈ファイヤーボール〉を見てからでも避けやすく、またレンジャーの〈ダッシュ〉で詰めて行けるギリギリの距離を設定している。さすが戦闘狂だけあって抜け目ない。
「いいよ」
「エイミーさん。カウントお願いします」
「分かった。そっちの人も準備いい?」
「オーケー」
俺に出来ることは限られている。一つでもスキル回しを誤れば即ゲームオーバーになるだろうが、あのタイプのレンジャーなら初動は……。
「いくよー! ……さーん!」
リルがそっと瞼を閉じ、右足を引いて腰を落とした。
「にー!」
俺はまだ動かない。
「いーち!」
腕を真っすぐ伸ばし地面と平行に杖を構えた。
「ゼロ」
空気の裂ける音がした。視線を逸らしたわけではないのにリルと俺の距離は半分以下まで縮んでいる。やはり〈ダッシュ〉で距離を詰めいきなり接近戦に持ち込んでくるか。
リルがさらに近づこうと足をもう一歩踏み出す前に、ゼロのコールと同時に詠唱していた俺の〈アイスウォール〉がリルに立ちはだかった。決戦場を完全に二分するようなこの障壁は短時間で自然に消滅してしまうが、時間稼ぎの役割は果たす。
「……10秒しないうちに壊れる壁を作って何か意味があるんですか?」
ドアをノックするようにリルが氷の壁をコンコンと叩いているのが壁越しに分かった。俺はリルを無視して〈毒霧〉を詠唱、発現させる。もう氷の壁にヒビが入り出していた。祈りながら仕上げの魔法を詠唱し、俺は霧の奥へ息を潜める。
氷の壁が音を立てて割れ散った。それと同時に拡散する毒の霧は、リルが口を塞ぐ前に彼女の体内へ侵入した。
「成る程毒ですか……。でも毒が私の体力を削り切る前にあなたを倒してしまえば何の問題もありません」
リルの視界を邪魔していた〈毒霧〉自体はほんの数秒で晴れた。リルは自身の身体を蝕む毒を然程意識せず、相手をいかに仕留めるかだけを考えながら獲物を求めて視線を動かした。しかし二度三度と視線を左右に動かした後も、リルの足は動かない。
「消えた……?」
そこにいたはずの男は影も形もなく、リルの視界にはただ何本かの針葉樹が映っているだけだった。その時何度か咳込んだリルは、口を覆うときに手に付いた血を見て初めて焦りの表情をみせる。
「変異魔法……」
リルは即座に目に付いた針葉樹に走り寄り、短剣を突き立てたがただ木の皮が剥がれるのみ。窮地に陥ったリルは――それが計略の上出た行動か動物的本能からの行動なのかは定かではないが――闇雲に獲物を探すのを止め、二人を傍観していたエイミーの目を見つめた。エイミーが無意識に視線を逸らした先には、よくよく凝視すれば少し不格好な針葉樹が生えていた。勝利を確信したリルは〈ダッシュ〉でその針葉樹へ近づき心臓の位置であろう場所へ短剣を突き刺そうとした。
「あっ」
リルの身体が痙攣した。詠唱――といってもコンマ二秒で放たれた〈ライトニングボルト〉がほとんどスタンガンのような形でリルを貫く。電撃が放たれる直前、針葉樹は杖を持った青年の姿へと戻っていたがそれを頭で理解する頃にはリルの身体の自由は効かなかった。
バランスを崩したリルがその勢いのまま俺に突っ込んでくる。貧弱なメイジではよけることも受け止めることもかなわず、そのまま縺れこむ。
俺の上で倒れているが完全に脱力しているようだ。一撃でダウンしてくれたらしい。
「エイミー、〈リバイヴ〉あるか?」
「ごめん、さっき使ったばっかでクールダウン中!」
リルの顔にちらりと目をやると、唇を噛み上目遣いでじっとこちらを睨んでいた。
「……」
確実に勝てると思っていた相手に負けた自分に納得がいかないのだろう。裸の奴に倒されたとなればなおさらだ。
取り敢えずリルの体を仰向けにして手当てを施す。
その間にエイミーが疑問を投げかけてきた。
「毒にしても〈ライトニングボルト〉にしてもあんなにダメージ高かったっけ? いくらリルの防具がしょぼいからって、あなたボロ杖でしょ? ステータス上げに料理か薬飲んでドーピングしてた……って訳でもないよね?」
「レベル100だから」
リルが俺の代わりに口を開いた。
「並みのレベルで出せる火力じゃないし詠唱速度もおかしい。それにこの人は――」
そう言いかけてリルが口をつぐんだ。
「名前は?」
「ケイ」
「ケイは……なぜか設定した距離が私の〈ダッシュ〉の最大射程ということを知っていた。つまり身近に私とレベルの近いレンジャーが居たはず。たぶんかなり大手のギルドメンバーだったのはず――それこそ【masquer@de】や【クロガネ】など――尤も今は違うみたいですが」
さすが。大体正解だ。
「まぁまぁそれはさておき――俺のギルドに入ってくれるんだよな?」
「えぇ。……もちろん」
起き上がろうとするリルに手を差し出す。
「これからよろしく、リル」
「こちらこそ、ケイ」
これで俺のギルド(これから作るんだけど)メンバーは二人。
「で――」
エイミーの瞳を覗く。
「どうする?」
「レベル100と83って……。ついていける気がしないんだけど……。」
「プリーストは絶対必須だ。レベル差があっても足手まといにはならない。それに俺は無暗にメンバーを増やすつもりはない。」
エイミーは空を見上げ悩んでいたが、しばらくして大きく肯いた。
「初めてだし迷惑かけちゃうかもしれないけど……よかったらよろしくね、ケイ、リル」
「おう」
「よろしく」
エイミーが手の甲をすっと差し出した。
「?」
「え? ギルドってこういうのやるもんじゃないの? エイエイオーってやつ」
思わず笑みがこぼれた。リルがくすりと笑ってその上に手を重ねた。俺もその上に手を置く。
「掛け声どうする?」
エイミーが真顔で尋ねる。
「勝つぞー!でいいのでは」
それに対してリルも真顔で答えた。
……何に?と思ったが、案外俺たちにはおあつらえ向きかもしれない。
「じゃあここはギルドマスターに頼んだよ」
俺に振ってくるか。
「分かった。……いいか?」
エイミーとリルがこくりと頷いた。
辺りの空気を思い切り吸い込んで、
「勝つぞー!」
「「おー!」」
3人の掛け声が森に響き渡った。
2017/08/01 決闘シーンのアップデートと一部グラフィックスの向上