こんにちは、タヒね
「それでは開廷致します。被告人は前へ」
馬の面を被り五席の中央に座る人物が、仰々しく発言した。
「え~……まず氏名、生年月日、本籍、住所を確認します。被告人、お答えください」
「……」
被告人と呼ばれた俺は、虚空を見つめたまま沈黙を貫いた。
馬面の右席で机に突っ伏している女の場違いなイビキだけが法廷に木霊している。
「え? もう黙秘? ……まぁいいや。確かに被告人、あなたには黙秘権があります。あなたは終始、この法廷で黙っていたり、答えたくない質問に対しては、答えを拒むことが出来ます。もちろん、質問に対して答えたいときには、答えてもよいですが、あなたがこの法廷で述べたことにh」
「話長くね?」
黒い甲冑に身を包んだ騎士が、すぐ左の席から横槍を入れた。
「イヤイヤ、そう言われても。一応やる決まりだからさ~」
馬面が弁解する。
「そういうロールプレイ、付き合わされる方はダルいんだよね」
左端に座るヘッドホンを付けた女が毒突いた。
「グサッ。相変わらずの毒舌ゥ~! じゃあ判決決めちゃおうかな。う~ん……死刑!」
馬面の投げやりな判決にまばらな拍手が起こった。
五席の内、右端の席は最後まで空席のままだった。
「――であるからして、この処刑は正当なものであり、我らにとって必要なケジメなのです」
意識が朦朧としている。俺の首元から繋がれた鎖は手綱を締めるように後ろから引っ張られていた。
どうやら俺は処刑台に乗せられているらしい。
周りの群衆から俺に向けての野次が飛び交った。処刑の執行を急かす声が共鳴する。
「じゃあね」
馬面がリヴォルヴァーを俺のこめかみに押し付けながら耳元で囁く。
リヴォルヴァーの撃鉄がカチリと落ちる音がした。
* * *
風に揺られた木々がざわめいていた。
俺はしばらく何をするでもなく、ただその心地よい音に聞き入っていた。右手の甲の上を小アリが一匹這っていく。
風が止んだ。ややボーっとする頭を抱えながら土を払って立ち上がる。
ここにはあたり一面木しかないので、どこにリスポーンしたのか全く見当がつかない。
とりあえず開けた場所に出るまで歩くしかないようだ。
歩きながらかばんの中身を確認する。
初期装備として剣、杖、弓、それと50G防具はないので下着のままだ。
この状態でプレイヤーに急襲されてはひとたまりも無いが、一見してレアなアイテムを持っていないことは分かる。
わざわざ奇襲してくる物好きは少ないだろう。
とにかく森をぬけて何か目印になるようなものを見つけさえすれば、大体の自分の位置は把握できる。
その後最寄りの町に向かって、町の中心にあるテレポートストーンに触ってリスポーン地点に設定する。しばらくはそこを拠点に活動するしかない。
アテもなく森の中を進んでいると、木々の奥からかすかに声が聞こえてくるのに気が付いた。
何を言っているのかは聞き取れない。ただし最低でも二人以上いるのは間違いないだろう。
相手のレベルも分からない以上近寄るのは危険だが、今の俺には失うものは何もない。
行くだけ行ってみるのも悪くないか。
姿勢を低くして草木に紛れながらゆっくりと進んでいく。
近づくにつれて声が鮮明に聞こえるようになってきた。
「ねえ! いつまで付いていくるつもり?」
思わず身構えたが、俺に言っているわけではないらしい。
「たまたま進む方向が同じなだけです」
二つ目の声がそっけなく答えた。
どうやら二人は仲間というわけではないようだ。…俺にとっては好都合。
二人の装備が見えるギリギリの位置まで近づく。
「怖いから少し離れて歩いてくれない?」
「はーい」
二人の装備が確認できる位置に来た。
先頭を歩いている女はしっとりとした金髪に白いローブ、それと先端に蒼い宝石がはめ込まれているロッドを装備している。
決して高価ではないが近場を散策するには十分な装備だ。
あのローブからするにクラスはプリースト。
森で出くわした赤の他人に警戒しているのか、杖を持つ手に力が入っているのがわかる。
対して無気力そうな目をしながら――あれが平常なのかもしれないが――ある程度の間隔を空けて金髪プリーストの後ろを歩く女は、肩まで届かない短めの黒髪に、古びた傷がいくつも付いたレザーアーマーを着ていた。
そしてその細い腰には短剣用の鞘が二本つけられている。クラスはレンジャーか。
ただし弓を背負っていないのが気にかかる。
大抵のレンジャーは弓と短剣を組み合わせて使う。
さらにあのアーマーもかなり粗悪な物なのに相当使い込まれている。
一人で行動するとき、集団に奪われてもいいようにと低級な装備を使うことは珍しいことじゃない。
しかし使い捨てるにしてももっとまともな装備がありそうなもんだ……。
身ぐるみを剥がされたばかりで金がないのか、レベルが低いかのどちらかだろう。
二人とも歩き続けていたが、金髪プリーストの方はスタミナが切れてきたらしい。
明らかに速度が落ちてきた。
ロッドをストック代わりに地面に指しながら、決死の表情で足を動かしている。
黒髪レンジャーは相変わらず飄々としていて、ペースに乱れはない。
「大丈夫ですか?」
レンジャーが尋ねた。
「大丈夫……。 大丈夫だから…………近寄らないで……。」
息も絶え絶えといった様子で答えていたが、限界が来たのかその場にペタリとへたり込んでしまった。
それを見たレンジャーが静かにプリーストの元へ歩き出した――両手を腰に備え付けてある短剣の鞘に添えながら。
それを見て俺も長杖を構える。
基本、同程度のステータスならプリースト対レンジャーでは後者に軍配が上がる。
しかしレンジャーは装備差を考慮して、隙がくるのを虎視眈々と狙っていたらしい。戦い慣れしているのかもしれない。
こうなれば俺の考えるべきことは、いつどのタイミングで仕掛けるのが旨いのかだ。
理想は両者相討ちしたところを漁夫の利だが……。
プリーストがレンジャーの動きに怯み、慌てて魔法の詠唱を始めた。
「それ以上近づいたら撃つよ!」
「ただ介抱しようとしただけですよ~」
レンジャーは両手をあげて見せるが、その手にはすでに短剣が握られている。
「じゃあその両手の物は何?」
いい空気になってきた。
「ああ、これですか。これは――」
レンジャーの目付きが変わった。大きく右手を振りかぶる。
「この人用です」
クルリと後ろを向き、ダガーを投擲した。
一直線に飛んでくるダガーは、ザクッと小気味いい音を立て俺の額へ突き刺さった。
思わずのけぞり視線を逸らした瞬間、レンジャーの左手が俺の喉に触る。
俺の喉に冷たい感触が走った。足から崩れ落ちる。体に力が入らない。
2017.07.01 一部グラフィックスの改善






