もしや歴戦の戦士なのでは
暗い空間に連れてこられた僕の目の前にいる、嗤う男。
そして彼が告げたその“犠牲”という言葉に恐怖を覚える。
「ぎ、“犠牲”って、僕をどうするつもりなんですか!?」
「それはもちろん、これからお前をさんざんこき使うという意味だ」
「……こき使う、ですか?」
イメージの違う言葉を言われて僕は首を傾げる。
すると目の前のその人物は、
「実は、この世界で最近魔王が復活したらしい」
「え? な、何の話ですか?」
「何でも闇の魔力が大量に溜まりすぎて再復活だそうだ。色々と説明を聞いたが、それどころじゃないから手短に言う。お前、勇者をやれ」
彼は僕にそう告げた。
何でそうなったのかという説明なしに、勇者をやれと僕は言われてしまった。
「……何を言われているのかサッパリ分からないのですが」
「あー、お前……名前はニルス・ベンジャミン?」
「! どうして僕の名前を……というか、なんですかこれ。僕の目の前に光で文字が! これ、僕の能力じゃないですか!」
「くくく、これが俺の特殊能力の一つ、“ステータス・オープン”だ」
「すてーたすおーぷん? よくわかりませんがこんな魔法があるのですか。僕もこんな便利な魔法を使いたかったです」
「ん? これから使えるようになるぞ。“勇者”になるが」
そう告げる目の前の彼に僕は、
「そ、そもそもどうして僕なんですか? 他の人に頼めばいいじゃないですか」
「ニルスは、個人的な特殊能力で“異世界の光景”を見ているようだ。今までそう感じたことはなかったか?」
そう言われて僕は、今まで見ていた妙に現実味のある異世界を思い出す。
あれは本当に存在しているものだったというのか?
そう僕が思っていると目の前の彼が、
「異世界を見るものはその異世界からも見やすく、手を出しやすいからな。というわけで俺の力を貸すから代理で勇者をやってくれ」
「! な、何でですか? あ、貴方がやればいいじゃないですか」
「俺、今、高校受験の勉強で忙しいんだ」
「……コウコウジュケン?」
「俺達の世界のある種の戦いだ。明後日も模試が控えていて俺は世界を救っている場合じゃない」
どうやら明後日も彼にとっては戦いがあるらしい。
もしや歴戦の戦士なのではと僕が思って黙って彼の話を聞いていると、
「そもそもこれまで、7回くらい異世界を救ってきたんだからもう他のやつに頼めよと俺は思うんだ。なのに人手不足だからって言うから、俺は今回は“助言者”として頑張ることにした」
「“助言者”ですか?」
「ああ、特殊能力についての説明はその時々でして、意識を失ったりニルスや、ニルスだけじゃどうにもならなそうな時は俺がこの体を乗っ取って変化させて俺に一時的に最適化する形だ」
「の、乗っ取るって……」
「一時的だ。死にたくないだろう?」
「そ、そう言いますが僕は勇者なんて……」
「この世界の神様が言うには憧れていたんだろう? その英雄や勇者に」
「!」
そこで目の前の彼がにたっと嗤った。
「ちなみに今から頑張れば、成長効率がぐぐんと上がるから、レベルも何もかもがすごい勢いで成長する」
「ほ、本当ですか?」
「他にも色々と特典付きだぞ。それにこの世界の神様との話し合いでニルスが最適となっているから、“拒否権”はないぞ」
「そ、そんな」
「諦めて今のうちに身体強化をしてしまえ。それ自体がお前への報酬にもなるだろうし」
そんなふうに言われてしまうけれど、でもどうやら僕は彼の力を借りて“勇者”にならないといけないらしい。
それも強制だそうだ。
更に付け加えるならこれがただの夢の可能性もある。
だったらちょっとくらいは挑戦してみてもいいかもしれない。
「分かりました、挑戦します」
「おう、じゃあ後はよろしくな」
「え? あの、説明は……」
「実際に適当に使ってみろ。まずはそれからだ。まあ、今はボーナスタイムだから頑張れよ。俺は受験勉強で忙しい」
本当に彼は忙しいようだがもう少し説明をと思いつつ、そこで僕は気づいた。
「あ、あの」
「何だ?」
「名前、聞いていないのですが」
そう僕は問いかけると彼は頷き、
「タカギ・リョウスケ、だ。これから短い間だけれどよろしくな」
彼が僕にそんな奇妙な名前を告げると同時に、僕は自分のベッドで目を覚ましたのだった。
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