疑われた気持ち
警察と救急車が到着したが、すでに女性客は亡くなっていて、事件として処理される事になった。店内に入った町田警部と水野刑事は篤史達を見て驚いた表情をした。
「小川君達、何してるんや?」
「古田がここでバイトし始めたから食べにきたんや」
篤史はそう言うと、美子のほうを見た。
「古田さん、大丈夫なのかい?」
水野刑事は美子に聞く。
「はい。なんとか・・・」
美子は女性客が倒れるのを見たショックからか、憔悴しきった声で答えた。
「それならいいんだけど、あまり無理しないように・・・」
水野刑事は美子の身体を心配して言った。
「それで身元はわかったのか?」
美子が大丈夫だとわかった町田警部は、近くにいる警官に身元を聞いた。
「亡くなったのは長崎良美。この近くにある慶良大学の一年生、商学部です」
その警官はカバンの中に入っていた学生証を見て答えた。
「恐らく、死因は薬物で亡くなったのでしょう」
次に鑑識官がまだ調べている段階だが・・・というふうに町田警部に報告した。
「被害者に料理を運んできたのは誰ですか?」
「はい。自分です」
町田警部の問いに、一人の男性スタッフが手をあげて答えた。
「あなたの名前は?」
「石川建人です。スマイルの店長をしています」
店長だという石川建人は、小太りで暗めな感じだ。
「カレーライスセットを作ったのは誰ですか?」
「僕です。僕は津川礼二です。厨房を担当してます」
津川礼二は背の低い男性で、自分が作った料理がこんなことになってしまいオロオロしている。
「津川さんは一人で厨房をしているのですか?」
「はい。僕は午後四時から入っていて、五時までは主婦と二人でしてました。五時から七時までの二時間は一人で厨房をするシフトになってました。カレーが出来上がった頃、ちょうど山口がホールから食器を下げて厨房に入ってきたので、ご飯を皿に盛ってくれました」
町田警部の問いに、自分を落ち着かせて答える礼二。
「山口さんとは?」
「オレです。厨房に入ったらカレーが出来上がっていて、津川が皿にご飯を盛ろうとしていたので、オレがやると言ってから盛りました」
一郎は自分が山口だと認めたうえで、礼二の言った事は本当だと認めた。
「そうですか。津川さんは二時間も厨房を一人でやるシフトだったのですか?」
水野刑事は飲食店で、しかも夜のこの時間帯に一人で厨房をやるというのは、大変だという意味で聞いた。
「はい。平日のディナータイムはそんなに忙しくないので・・・。万が一、オーダーがたくさん入ったら自分も手伝うつもりでいました」
忙しくなる時間外を考慮してシフトを作っていると答える。
「石川さんも厨房に入るんですか?」
「はい。オーダーの入り具合を見て作ってます」
「山口さんはホール担当ですか?」
「そうです。今日は古田さんとホールをしてました。それとオレも慶良大学の一年なんです」
一郎はホール担当と答えつつ、いつか調べたらわかるだろうと思い、聞かれる前に自分も被害者である良美と同じ大学だと申告する。
「まさか、あなたが長崎さんを・・・?」
一郎と良美が同じ学年で同じ大学だと聞き、水野刑事が鋭い目つきで聞いた。
「違いますよ! 確かに同じ大学ですが、オレは理工学部で、学部が違いますよ。サークルも入ってないし、学内で会ったとしても生徒がたくさんいるので知り合いじゃない限りわかりませんよ!」
一郎は自分の犯行を否定する。
(確かに山口さんの言うとおりや。スマイルは慶良大学から近いし、一人で食事に来たっておかしくはない。知り合いなら古田とオレらのように友達として喋ってるやろうし、それまでそういうのがなかったから山口さんの言ってる事は間違いないやろうな)
篤史は話を聞きながら、一郎の言うことは最もだろうと思っていた。
「刑事さん、まさかうちの店員を疑っているんですか?」
建人は迷惑そうにしながら二人の警官に聞く。
「今のところ、あなた方が一番疑わしいですからね」
町田警部は疑うのは我々の仕事だと言わんばかりに答える。
「そんな・・・。僕は一人で厨房をしていましたけど、人が亡くなるような毒なんて入れてませんよ!!」
礼二は必死に自分は何もしていないと言い張る。
「警部! 被害者のカバンから農薬入りのビンが発見されました!」
調べていた鑑識官が町田警部に報告する。
「何!? ビンには農薬が入っているのか?」
報告を受けた町田警部は、本当にビンの中に農薬が入っているのかを確認する。
「少量ですが入っています。カレーライスの中にどれくらいの量が入っていたかわかりませんが、人が亡くなるほどの量が入っていたと思われます」
「農薬の種類はわかりますか?」
「恐らく、マラチオンだと思われます」
「マラチオンか・・・」
町田警部は農薬の種類を聞くと頷く。
「マラチオンって何?」
里奈が二人の警官に聞く。
「有機リン・有機硫黄系殺虫剤の一種なんや。主に農耕地やゴミ埋立地や動物医薬品として使用されていて、ホームセンターなどで印鑑なしで購入可能なんや」
町田警部は里奈以外にも全員にも答える。
「誰にでも手に入れられるって事なんやな」
篤史は納得したように言う。
「そうや。マラチオン自体は低毒性だが、人体の吸収や摂取によって毒性の強さが増すんや。摂取した場合、倦怠感や吐き気や頭痛など有機リン剤に共通な中毒性がみられて、ほとんどは数週間で治癒するが、稀に死亡する事もあるんや。被害者の場合はその稀なケースに当たってしまったようや」
町田警部は体内に入った場合の事も伝える。
「刑事さんは誰でも手軽に手に入れられると思っているかもしれませんが、だからって僕を含めてバイト先にそんなものを持って来る人なんていませんよ!」
礼二は自分達が疑われていると知っていて、それが心外だと二人の警官に突っかかるようにして言う。
「津川さんの言う事もわかります。ですが、色んな可能性があるのでそれを一つずつ確かめていかないといけないんです」
水野刑事は冷静に礼二の言う事を受け止めて、自分達の仕事を理解してもらうように言った。
「刑事さんの言うとおりや。自分達が何もしていないということを証明してもらおう。今はそれしか信じる事が出来ひん」
建人は礼二をなだめる。
そう言われた礼二は、納得していないようだが店長の言う事なのでそれ以上は何も言わなかった。
「鑑識さん、農薬入りのビンが入っていたという事は自殺ですか?」
水野刑事は自殺なのかを問う。
「カバンから見つかったので自殺で間違いないでしょう」
「違うと思う。私、食べる前に見てたけど農薬なんて入れてへんかったし、ましてやビンなんて出してへんかったで」
留理は自殺ではないと主張した。
「ずっと見ていたわけじゃないんだろ?」
「確かに見てへんかったけど・・・」
水野刑事の追及に、自信なさげな声を出す留理。
「留理の言うとおりや。オレもカレーライスセットが運ばれてきたのを見てたけど、長崎さんは農薬なんて入れてへんかったで」
篤史は留理の証言は間違いないと言う。
「小川君、ホンマか?」
町田警部がそう問うと、篤史は自信満々に頷く。
「まぁ、小川君が言うのなら間違いないと思うが・・・」
篤史の頷いたのを見た町田警部は、とたんに自信をなくしてしまう。
「ちょっとなんなんですか!? 何でこの少年の言う事を聞くんですか!?」
未だ怒りが収まっていない礼二は、篤史の言う事を信用する警察に苛立ちを隠せないようだ。
「小川君は関西の高校生探偵なんですよ。今までいくつかの事件を解決してくれているんですよ。結構、名前が知れ渡っていると思っていたんですが・・・」
町田警部は篤史がどういった存在なのかを隠して捜査が出来ないといったようだ。
それを聞いた建人達は、この少年が?という表情で篤史を見る。
「そういえば、聞いた事があるような・・・」
一郎はどこかで聞いた事があると記憶を辿っているようだ。
「刑事さんからしたら頼もしい存在なのですね」
建人はそれなら仕方ないといった表情だ。
一方、礼二は篤史を警察の仲間なのかという表情で見ていて、まったく納得していないようだ。
(留理も見てた事やから長崎さんは自殺やなくて他殺や。犯人は自殺に見せかけたんやろうけど、それは無理やったな。犯人、オレをナメるなよ!)
今回の事件は犯人からの挑戦状と取った篤史は、事件を解決するという気持ちにさらに火がついたようだ。
「一度、厨房を見せてもらえませんか?」
町田警部は建人に厨房を見せて欲しいと願い出る。
「いいですよ。潔白を晴らすためにも・・・」
建人は町田警部の願いにも快く応じた。
二人の警官と建人、特別に許可された篤史の四人は、鑑識官が調べている中、厨房に入っていく。
厨房はそんなに広くなく、カレーを煮込んでいた鍋がそのままになっている。
「鍋から農薬は見つかりましたか?」
水野刑事は近くにいる鑑識官に聞く。
「いいえ。炊飯器や他の鍋類や食器からの農薬は見つかりませんでした」
水野刑事に聞かれた鑑識官は、今のところ農薬は見つかっていないと答える。
「そうですか。じゃあ、長崎さんを狙った犯行ってわけか・・・」
「そういうことになりますね」
鑑識官も町田警部と同じように思っていたようだ。
そして、厨房から出てきた四人は元いた場所に戻ってくる。
「何かわかったんですか?」
一郎は不安そうに二人の警官に聞いた。
「特に何も見つかりませんでした」
水野刑事はありのままに答えた。
それを聞いた一郎はホッとした表情を見せた。
席に戻った篤史は、良美が食べていたカレーライスセットを改めて見る。トレーにはメインであるカレーライスにその横に福神漬けがのっている。その右前にはミニサラダが置かれている。
「石川さん、カレーライスセットって飲み物はついてないんですか?」
セットだというのに飲み物がついていないことに気付いた篤史は、そのことについて建人に聞いてみる。
「カレーライスに関わらず、全てのセットに飲み物はついてるよ。コーヒーか紅茶かオレンジジュース。コーヒーと紅茶はホットかアイスで、紅茶はミルクかレモン。そして、食事と一緒か食後か選べるよ」
建人は詳しく教えてくれる。
「トレーに乗ってへんっていうことは食後を選んだってことか。長崎さんは何を選んだんですか?」
「ちょっと待っててくれるかな。伝票が厨房にあるから・・・」
そう言うと、建人は厨房に入っていく。
しばらくすると伝票を持ってホールに出てくる。
「お客様はホットミルクティーを選んでるよ」
伝票を確認しながら、篤史だけではなく二人の警官にも教えた。
「犯人はカレーライスかホットミルクティーのどちらかに農薬を入れるつもりやったんやな」
建人の答えを聞いた篤史は頷きながら言う。
そして、篤史は町田警部に良美のカバンの中身を見ていいか承諾を得ると、白い手袋を借りて見始めた。
(長崎さんが殺害された証拠が欲しい。犯人がどのようにして農薬を入れたのか。犯人は誰なのか。それがわかればいいんやけどな)
篤史は良美のカバンから何か証拠が出てこないか期待しながら見る。
良美のキャラクターの手帳を手に取ると中を見る。バイトや友達と遊ぶ約束など色んな出来事が書かれている。最後のページには、男性と撮られたプリクラが一枚貼られていた。それは今年の年明けに撮られたと思われるプリクラで、日付が入っていた。
(このプリクラ・・・。あの人と撮ったプリクラや。もしかして、付き合ってるんか? それならなんで言わへんのや?)
篤史は手帳に貼られているプリクラの男性は、なぜ申告しなかったのかと疑問に思っていた。
(付き合ってるんやなくて付き合ってたの過去形なんか? フラれた腹いせで殺害した? それならなんで長崎さんは手帳にプリクラを貼ってるんや? 剥がし忘れたってわけやないやろうし・・・)
このプリクラの意味がわからないでいる篤史は、そのまま捜査に加わった。