第2話 創星の理由
第2話 創星の理由
湖に浮かぶ人工島、龍神町という南の町のメイン通りがある。
通勤の時間帯はいつも車が多く、渋滞が頻発するそこに1台のワンボックスカーが走っていた。今の時間はそこまで車通りも多くなく歩道を歩いているのは優雅に買い物をする女性か、次の営業先に向かうサラリーマンくらいだった。
「あの……どこに行くんですか?」
ワンボックスカーには隊員達も乗っていて、その後部座席に座っていた烈が言った。
「隠してもすぐにバレてしまうから言うが、発電所だ」
助手席に座っていた後藤が振り向いて答えてくれた。その手にはガムが握られていて烈も勧められたが断った。
「それにしてもまさかアースが言っていた人間が子供だとは思わなかったよ」
「俺は高2ですけど……」
不服そうにバックミラーを見ると目が合い、後藤は笑った。
「はははっ!おじさんにしてみれば二十歳以下は子供なんだよ!」
最初は怖い印象があった後藤だが、こうやって話してみるとフレンドリーで頼りになる印象を受けた。
「後藤さんは今から行くところで何をしてるんですか?」
「それを話したら君は私達に協力するってことになるがいいかい?」
笑い顔の目が真剣に見つめてきた。
「えっ……あ、じゃあまだいいです……」
咄嗟に目を反らした烈にガイアは少し不安そうに見守っていた。
車が湖沿いを走り出すと太陽はだいぶ傾き、もう少しで夕焼けに変わりそうだった。
「そろそろ着くぞ、ほらあそこだ!」
そう言う後藤が指を指すと大きな建物が見えてきた。
面白味のない白い建物が広い敷地内にいくつも見え、変電施設やソーラーパネルも見えた。
「赤兎君はこの場所がどんな施設なのか知っているかい?」
「たしか……湖の水を地下に落としてそれで発電するんですよね?」
「さすが高校生!」
烈は少し馬鹿にされたような気がしてプイッと窓の外を見た。
「じゃあ地下っていうのはどこを指すかっ?!」
車は敷地内に入り、奥へと入っていく。
「知りませんよ」
「不貞腐れるなよ高校生!そこに秘密があるんだよ」
車が少し大きな車庫の前に止まると後藤は無線を使い話し出した。
「只今帰還しました。例の少年も一緒です」
すると車庫のシャッターが開き始め何もない空間に車が入っていくとシャッターが降りた。
「後藤さん、歩くんですか?」
不思議に思った烈が身を乗り出して聞いた。
「乗ったままでいいぞ、それより舌を噛まないようにな!」
その直後不思議な浮遊感に襲われた烈は案の定、舌を噛んでしまった。
グォングォンと一定の速さで下に向かって進んでいく車の中で社内を照らす緑色のライトに目を慣らしていった。
「さっきの問題の答えだが、地下は地下でも地上のような地下なんだ。そこで我々は働いている」
とんちのような答えに首を傾げつつ、烈は窓の外を見る。
すると目の前が大きく開き明るい光が飛び込んで来た。
咄嗟に目を瞑った烈が次に目を開けると信じられない光景が広がっていた。
「す、すげぇ……」
そこに現れたのは広大な森だった。鬱蒼と茂る木々は人工島にはない自然の力を感じさせ、烈を圧倒した。
「地下にこんな場所があったなんて……」
「烈、何が見えるんだ!私にも見せてくれ!」
呆気にとられている烈の手の中でガイアが我慢できず叫ぶ。
「おぉーーーー!!」
烈が腕を上げるとガイアも烈に負けず感嘆の声を出した。
「烈、あそこに建物が!!」
「本当だ!でっけぇ……」
見るとそこには白いドーム状の建物がある。そのとなりにはアパートのような四角い建物、その近くにはあまり高さがない平べったい建物もあった。
「すごいっすね後藤さん!!」
「私がすごい訳じゃないよ」
こう言った後藤はやはり子供だなと思う反面、本当にこの子が選ばれし者なのか心配になってきた。
さらにはこの不思議な珠。アースの分身と言っていたがどうも本人より子供っぽく見えて仕方ない。
(まあ私も最初来たときは驚いたんだがね……)
見慣れた景色に最初の自分と少年を重ねてしまった後藤だったがやがてエレベーターは下まで降り、車が動き出した。
綺麗に舗装された道路には対向車もなく1台のワンボックスカーだけが進んでいく。
「動物とかいないんですか?」
「ん?あぁ…時々迷い混んでくるけどアースが管理してくれてるからね。その辺は大丈夫さ」
へぇっと烈が外を見ていたが車は目的地のドーム状の建物の前に着き、隊員達は次々と降りていく。
「でっけぇ……」
遠くから見ても大きいが近くで見ると余計大きい。首を大きく反らし烈が見上げるとそこには夕焼け空があった。
??
「おーーい赤兎君こっちだ!」
後藤は入り口らしき所に立って烈に手を振っていた。
烈が慌てて追い付くと、後藤はカードキーをかざした。
ウィーンとどこかの宇宙船のように開いたドアの先にあったのはまたもや白い通路だった。
後藤や隊員達が入っていき烈もそれについていった。
通路は長い。一定の間隔で扉があるが中から何も音がしないので生活感が全く感じられない。
「あの……?!」
烈は控えめに声を出すが通路に反響して大きくなってしまった。
「ん?どうした」
「いえ、何も……」
あまり気にせず進むと途中の角で後藤は他の隊員達に先に行くように指示をした。
2人になってしばらく進むとほかより大きな扉が見えた。
「さぁ着いたぞ!」
後藤もなぜか疲れたように言うとカードキーをかざして中に入っていった。
烈も追いかけるとそこには広い空間が広がっていた。
最初に左を見ると大きなモニターがありその中の小さな画面に色々な場所が映し出されていて、その中で灰色の島が映っている画面の前では20人くらいの職員らしき人が意見を交わしていた。
次に前を見るとずらりと並んだパソコンに研究員達が必死になって食らい付きキーボードを叩いていた。
最後に右を見るとそこでやっとこの空間全体の構造がわかった。
簡単に言うと中二階がついた映画館だ、多くの人が働くそこには資料が飛び交いあちこちで議論が起こっていた。
呆気にとられる烈は先にスタスタと進む後藤に追いつくべく走った。
「きゃぁ!」
「うわぁーーー!」
横を見ると烈の目の前が紙でいっぱいになった。どうやら誰かがコケて持っていた紙をばら撒いてしまったようだ。
それが軽いものならいいが不運なことにある程度綴じられていてちょっとした辞書が何冊も烈の顔面を直撃した。
倒れ込んだ烈は紙に埋もれ上を向くと思った以上に高い天井が見える。
「す、すいませんっ!!」
その目の前に突然女性の顔が現れ烈は驚いてしまった。
「大丈夫ですか?!」
女性は眼鏡をかけていて髪はおさげを2つ編んでいてとても可愛らしい顔をしていた。
「だ、大丈夫です!!」
飛び起きた烈は顔を真っ赤にして女性を見ると自分より少し背の低い女性が見上げてきた。
「あ、あれ?どこかで会いましたか?」
普通なら男性が女性を口説く文句だがそれは女性の方から放たれた。
「小林君!!早く持ってきてくれ!!」
どこかで大きな声が聞こえる。
ハッっとした女性は周りに落ちている紙の束を集め始め、烈も手伝い女性に渡した。
「すいませんでした!ありがとうございます!ではっ!」
おじぎをすると女性は声のしたほうに走っていってしまった。
ぼぉっと女性の方を見て立っていた烈は肩を叩かれ驚いてそちらを向くと後藤が肩をすくめて立っていた。
「遅れるなよ……早くいくぞ」
「す、すいません」
今度こそ後藤を追うと階段を上がり中二階にたどり着いた。
そこには大きな机があり、そこに1人の初老の男性が机の上の何かを真剣に見ていた
「長官、お連れしました」
「おぉ後藤君!お疲れ様」
後藤の言葉に表情を和らげ顔を上げた男性は笑顔で肩を叩いた。
「彼がそうかね?」
男性は年齢を感じさせないほどしっかりとした歩で烈に近づいてきた。
「私はここで長官をしている獅子神 皇一郎だ!」
「あ、赤兎烈です。よろしくお願いします」
ライオンだ、そんな男性だった。白いひげは髪と伴って顔を覆い、威厳溢れるキリリとした目鼻立ちはライオン以外の比喩を思いつかない。
獅子神と名乗った男性が握手を求め、烈も手を出すとすごい力で握られた。
「ん?君は剣道をやっているのかね」
「なんでわかったんですか?!」
「いや、友に剣道をするものがいてね、マメが同じところにあったものだからそうかなと思っただけさ」
手を放すと獅子神は机の下に備えつけていた椅子を2脚取り出し、烈に座るように言った。
「さて今回の件だが、君はどれだけ知っているのかな?」
「えっと……ガイアはこの星で、今日現れたあの仮面の男が前世の魂だってことぐらいです」
「結構」と答えた獅子神がポケットからパイプを取り出し火をつけた。
「我々はここで君が今日戦ったものについて秘密裏に監視、または対策をしている機関なんだ」
獅子神は煙を吐くと烈の目を見た。
「君がガイアから聞いた話は嘘じゃない、それは今日のことで分かったと思うが私たちは君に1つお願いをするためにここに呼んだんだ」
獅子神はパイプの腹をなぞり何か言いにくそうにその言葉を出そうとしていた。
「私達、いやガイアと共にこの地球を守ってほしいんだ」
烈は黙って聞いていた。
「君が協力してくれるなら詳しいことは話せるんだが、今はこれくらいしか説明できない……」
獅子神はもう一度パイプを吸って息を整えた。
「君がノーと言えば素直に諦めよう。その代わりここのことは忘れてくれ」
烈には正直わからなかった。今日のようなことがまだ起きるのか、そう思うと少し恐かった。
「もちろん君だけが頑張らなくていい。なにがあろうと私達が全力でサポートをする」
自分にどれくらいのことができるかわからない烈は悩んだ。
「私が代わりたいがそうもいかない、君でないとダメなんだ。だから頼まれてくれないか」
頭を下げる獅子神に烈は慌てて上げるように言うが獅子神は上げなかった。
いつもはすぐに何でも決めてしまう烈が獅子神の姿を見て簡単には返事をするものではないと感じ必死に考えた。
しかし長く考えれば考えるほどわからなくなり烈は考えるのをやめた。
「わかりました」
それが烈の答えだった。
「君の周りにも被害が出てしまうかもしれないんだよ?」
獅子神は顔を上げて再度聞いた。
「でもそれは獅子神さん達が守ってくれるんですよね?俺の周りはちょっとやそっとじゃへこたれない人が多いんで大丈夫だと思います」
それに、と付け加えた烈が獅子神の目をまっすぐ見て言った。
「俺、友達の為に何かしてやりたい性分なんです。困ってたら助けてやりたいんです」
烈の言葉に獅子神は優しく微笑んだ。
「ありがとう赤兎君、では話そう。この世界の姿と君が戦ったものについて!」
勢いよく立ち上がった獅子神の後に烈もついていくと大きな机の前に立った。
「格好つけておいて悪いが、詳しいものがいる。呼んでもいいかい?」
茶目っ気たっぷりの獅子神に烈も笑いそれを了承した。
「アース!新しい仲間だよ、挨拶してくれないか?」
「ありがとう皇一郎、そして赤兎、いや烈」
聞いたことのある声で放たれた声は上から聞こえた。見るとフワフワと漂いながら2メートルくらいの光の球体が近づいてきていた。
「烈、あれが私の本体だ」
今まで黙っていたガイアが烈の手の中で言うと烈は慌てて手を開き、自分の汗いっぱいの掌を見た。
「ガイアごめん……」
「気にするな、それよりありがとう」
そんな様子を上からじっと見ていた光の球体はとても嬉しく思っていた。
「さぁ何から話しましょうか?ガイアとは意識がある程度繋がっているのであの時の質問から答えましょうかね」
アースはゆっくりと話す。烈は今手の中にある友と同じ声をした球体に少し戸惑っていた。
「なんかガイアらしくないな!」
「ふふふ!私とガイアは分身ですけど言ってみれば大人と子供、踏んできた場数が違うんですよ」
「言ったな本体!」
その場に一時の安らぎが訪れた。
「嘘ですよ、では話を始めましょう。まず初めに『どうして私たちが争いを止めなかった』でしたかね?」
烈が頷くと球体はみんなの首が痛くならないように目線の位置まで下がってきた。
「それは私たちが争いの元凶だったからです」
その言葉にガイアは胸の奥で何かがチクリと刺さった。
「ガイア、わかってください。私達はそう思ってはいなくても世界はそう感じていたはずです」
烈が心配そうに掌を見た。
「それに私たちが介入すれば本当に私たちは兵器になってしまう。博士はそれを望んではいませんでした」
アースはゆっくりと言葉を噛み締めながら烈に伝える。
「博士は私たちに正義を教えてくれました。私たちの力は正義のための力なんだと博士はいつも言っていました。それを私たちは守りたかったんです」
「そっか……博士はお前たちを本当に好きだったんだな」
アースは嬉しかったのかふわりと1つ浮いた。
「しかし、博士はいなくなってしまいました……」
アースはぽつぽつと博士との最後の時間を話始めた。
悲しい気持ちは言葉にも乗り、途中で黙りながらの最後まで話すのアースをいつの間にか周りの職員も真剣な表情で見ていた。
「だから私はこの星を救おうと思ったのです!博士との思い出を守るために!この星を平和にする為に!」
話を聞き終わった烈は目に熱いものがあるのを感じながら拳をぎゅっと握りしめた。
「すいません烈……長々と」
「いいんだアース!今の話を聞いて俺はもっとお前たちと仲良くなりたいと思ったぜ!」
「ありがとう」
握った拳を突きだすとアースはふわふわと近づいてきて拳に体を合わせた。
「「烈!!」」
突然後ろから呼ぶ声に振り向くと白衣を着た男女2人がこちらに向かって走ってきた。
「父さん!母さん!」
中学入学と同じくらいにいなくなっていた両親が目の前にいた。
半分信じられないように佇んでいた烈に2人は飛び込んだ。
「ごめんね、まさか烈だったなんて……」
母は泣きながら烈を抱きしめた。
「烈、父さんたちもいるから何でも言うんだよ」
父が母の後ろから優しく言った。
嬉しかった、変わってなかった。
何年も会ってなかった両親が目の前で自分を心配してくれて。
もしかしたら自分の事なんか忘れてしまってるのではないかと思う時もあったが、そんな気持ちは今さっぱり消え去った。
「君のご両親はこの機関で働いてくれていたんだ。秘密組織だから公にはできなくてね」
獅子神がよかったよかったという感じで首を縦に振ると母は体を離し成長した息子の体を見た。
「大きくなったわね烈……」
「そりゃ高2だから!」
「そうね……」
母はまた悲しい顔をして俯いてしまった。父はそんな母の肩に手を置き優しい顔で烈を見つめた。
「では今日はこのくらいにしよう。赤兎君、今日はここに泊まっていきたまえ。久しぶりの家族水入らずだ」
獅子神が笑顔で言うと家族は笑った。
「おっと!そういえばまだ言ってなかったね、ようこそEBへ!!」