第1話 ②
「烈、今日はこの後生徒会?」
龍神高校の屋上で烈と刀耶が昼食を食べていた。海からの風が心地いい屋上は、ほかの生徒も集まる人気スポットで
その地べたに座って弁当をかき込む烈に向けて刀耶が言った。
「むぐむぐ……。いやっ!今日は帰る!じいちゃんに境内の掃除しろって言われてるんだ」
「翔さんはいいの?」
そう言われ烈は箸を止め少し難しい顔をしたがまた箸を動かし始めた。
「俺はあんな堅っ苦しいとこは嫌いなんだよ!お前も知ってるだろ?」
「だけど、心配してたよ?」
またも箸を止め今度は刀耶の方を見た烈は助けを求めるような顔をしていた。
「はぁ……わかったよ、今日も僕が行くから」
「サンキュー刀耶!じゃあ頼むわ!」
丁度弁当を食べ終わった烈はカバンに弁当を突っ込み、走って下への階段を駆け下りていった。
「ちょっ!はぁ……」
刀耶も食べ終わったサンドイッチのゴミを捨て町の方を見た。
(それにしても朝見たあれはなんだったんだろう)
ずっと気になっていたあの黒い物体に刀耶の集中力は持っていかれてしまっていた。
その物体が見えたところを再び見ても何もない。
(見間違えかな……)
そんなことを思っている間にほかの生徒が続々と昼食を終わらせ下へと降りていく。
(早くいかなきゃ!)
刀耶もその波に乗って階段を降りていくが途中で進路を変え生徒会室に向かっていった。
「やぁ蒼井君、今日も代行かい?」
後ろから話しかけられ刀耶が振り向くとそこには同学年の副会長と烈の兄である会長の姿があった。
「こんにちは」
頭を下げると眼鏡をかけた副会長がため息をついて刀耶の肩に手を置いた。
「本当に困ったものですが君の方が仕事ができるからね!おっと会長失礼しました」
「いや大丈夫だよ。今日は午前中だけだったのにすまないね刀耶君」
烈の兄は気にしないでくれと手を上げた。その行動1つをとっても彼の性格がわかるようだった。
「いえ!僕も段々と楽しくなってきたので大丈夫です」
「そうかいそうかい!では来年は私の片腕として働いてみるかい?ハハハ」
それに答えたのは副会長のほうだった。
「それはちょっと……」
刀耶は同学年ながらあまり好きにはなれなかった副会長に愛想笑いで返した。
「それは残念だ!まあ気が変わったらいつでも言ってくれたまえ!さぁ会長いきましょう」
そういって堂々と歩き出した副会長の後ろを烈の兄がついていく。
刀耶もその後を続こうとしたが烈の兄は横に並ぶよう手を出した。
横に並ぶと小さな声で刀耶にむかい、
「本当にすまない、でも最近活き活きしているんだ。許してやってくれ」
刀耶にとってみればいつもの烈と変わりはなかったが家族からみれば何か違いがあるみたいだ。
「大丈夫です、友達ですから」
嫌味ではなく本当にそう思っていた。
烈はいつでも刀耶を心配してくれたし、学校でもいつも引っ張ってくれる大事な親友だった。
「ありがとう」
そんな刀耶の言葉を嬉しく思いニッコリと笑った兄の顔は烈そっくりだった。
「私もそう言われたいな!」
「っ!!翔さんもそうです!」
慌てて言った刀耶に翔はまた笑った。
「会長!!早く鍵を開けてください!」
見ると副会長が1人で生徒会室の前でこちらを睨んでいた。
「すまないすまない!」
翔は速度を変えず笑顔で部屋の前まで歩いていった。
-----------
烈の足で徒歩10分、そこに家はあった。
少し高い丘にあり石段を上がり、鳥居をくぐり、厳かな本堂を有する龍玉神社が烈の実家だった。
人工島唯一の天然の陸地であるそこには青々と木々が繁り、四季折々の動植物が聖地を守るように暮らしていた。
言い伝えによれば人工島があるこの湖には龍が住んでおり、神社が建つ大地はその寝床とされていた。
いつしかそこに人は神を奉り、水の神様として信仰し始めていた。
本堂の隣には和風の家が並んでおり、烈が戸を開けるとガラガラと音を立て開いた。
少し無用心だが鍵はかけておらず一緒に住んでいる祖父もいつも本堂にいることから烈はそそくさと台所に弁当を置き、自分の部屋に鞄を投げ捨てにいった。
着替えもせず本堂の裏へと回った烈は少し行ったところに小さな祠がある拓けた場所に着いた。
石で作られた小さな祠の中にはピンポン玉くらいの緑色の珠が納められていてその土地で見つかった不思議な珠を人々は神の魂として本堂とは別に奉ったという。
その祠の前に座った烈はパンパンと手を合わせ話しかけた。
「よぉガイア、今日もきたぜ!」
「今日は早いじゃないか烈?授業をサボるのはよくないぞ!」
「サボってねぇよ!今日は午前中だけなんだ」
「ならいいが……」
烈と話す少し大人っぽい声は祠の中から聞こえる。
「さてと……今日こそはお前が何者なのか話してもらうぜ!」
この時点で烈と珠が出会って3ヶ月が経とうとしていた。
初めは祠の前で竹刀を振っていた烈に声を掛けたのがきっかけだった。
烈は心臓が飛び出そうなくらい驚き、そのせいで一旦は祠に近づかなくなった。
しかし恐いもの見たさに再度やって来た烈に向かい「友達になってくれ」とガイアが話しかけたのが初めである。
それからは毎日のように祠に通い、前の世界の話を聞くことで、その不思議な珠の正体を暴こうとしていた。
正直に言うと烈は本当に神様だと信じていて、あわよくば自分の成績を上げてほしいと思っていた。
烈は祠に近づき珠を食い入るように見つめながら言った。
「だから、何回も言ってるじゃないか……」
珠は動かず少し飽きれ気味に少年を諭す。
「この世界はお前が創り直したって話だろ?前の世界ででっかい争いがあってそのせいで地球がボロボロになった。人も物も全部が壊れた世界をロボットであるお前が助けたいと思って地球と合体したんだっけか?」
烈は今まで聞いたことを思い出しながら自分なりに簡単にまとめた。
「その通りだ!」
珠は堂々と、いや動かないので言葉に力を込めて言った。
「で、今度は残った前世の魂?が暴れだしそうだから助けてくれって言ってるんだろ?」
「わかってるじゃないか烈!話を覚えてくれていて助かる」
珠は嬉しそうに言うが烈の頭の中は疑問だらけだ。
「そもそも前世でお前たちは争いを止めようとはしなかったのか?」
普通に考えれば浮かぶ疑問だ、しかし珠は簡単に答えられなかった。
自分達が原因だったのかと……それは違うと思いつつもガイアは黙ってしまった。
「それにお前達を作った博士はどうなったんだ?今まで楽しい思い出しか聞いてなかったからお前が地球を創り直す事に賛成だったのか?」
「それは……」
珠が答えようとした時、近くで複数の悲鳴が聞こえた。
「なんだ!?」
烈が声のした方向へ少し行くと小高い丘の上から商店街が見えた。
-------------
龍神町南商店街
人工島の南部に位置する商店街では学校も近いことから多くの家族が買い物に訪れていた。
過ごしやすい春は人の往来も多く、そこにいる人すべてが笑顔だった。
しかし……その空気に合わない男性が1人フラフラと歩いている。
だらしなく着たスーツ、ボサボサの髪、足を引きずるように歩く様はどうみても浮浪者。
焦点が定まらない目を揺れる首に合わせ左右に向けると不審に思った人からチラチラと見られる。
それでも気にせず歩いていると横から突然声をかけられた。
「あんちゃんどうしたんだい!?元気ないね!野菜食べな、野菜!!」
特売なのかカボチャと大根を両手に持ち男性に話しかけたのは八百屋のおじさん。
男性は一瞬目をそちらに向けたが興味がないのかすぐに顔を背け歩き出した。
「変な奴だな……」
そう思うおじさんは男の背中を目で追いかけた。
見るからに生気が感じられない男はこの辺りではみたことがない。
不気味さを感じつつもおじさんは特売のカボチャと大根を両手に威勢よくまた声を張り上げた。
男が商店街の真ん中辺りまで歩を進めると道が十字に別れていた。
どちらにいこうかと立ち止まった時に後ろからけたたましい自転車のブレーキ音が聞こえた。
油を指していないあの特徴のある高音の響きに男は少し驚いた表情をして振り向くと、そこには自転車に乗ったおばさんが自分のすぐ後ろで体を前のめりにして止まっていた。
「なに急に止まってんのよ!危ないでしょ!」
おばさんは悪びれもせず男の顔をじっと睨み言うと男は少し不満そうな顔をして横に避けた。
「こっちは急いでるのよ!」
そう吐き捨てたおばさんは食材をカゴいっぱい載せた自転車をこぎ去っていった。
男はその姿を”じっと”見つめていた。
心の中が黒い感情で満たされていくのがわかる、それに不思議と力も湧いてくる。
ふと自分の持っているスーツケースに目をやる、中に入っているものは言われなくてわかっている。
不思議と笑みがこぼれる男が道の端でスーツケースを開けると、2本の包丁と不気味に笑った仮面が入っていた。
1つは何でも断ち切れそうなほど幅広な中華包丁、もう1つは刀のようにスラリと伸びた刀身が特徴の柳葉包丁。
それを見た瞬間、仮面よりも不気味に笑う男の姿があった。
両手で顔を隠し、狂気じみた顔を周りに見られないように喜びを表現する。
男は仮面に手を伸ばし自分の顔を偽った。
ヒィヤァーーーーーーーーー!!!!
さぁ始まりだ!そう思わせるような奇声が商店街に響く。
その場にいた人の視線は一気に男に集中したが半分は何かのパフォーマンスだと思っている。
男はスーツケースから2本の包丁を取り出し、まだ高い太陽にかざすと歩き出した。
人混みを押し退けながら進む男の目には先ほどのおばさんがハッキリ映っていた。
段々と早足になり最後には走っていく男に当然気づかないおばさんはすぐ後ろまで近づいた殺気にようやく気付いた。
男は中華包丁を横凪ぎに振り自転車のタイヤを軽々切断した。
それによって転げたおばさんは何かを言おうとしたが、男が持っていた凶器に瞬時に恐怖を感じ体を震わせながら逃げ走った。
男は包丁を見て血が一滴もついていないことに怒りを感じていた。
自らが狙っていた獲物に逃げられるのは狩人としては最悪、そんな気持ちがますます男の手に力を込めさせた。
逃げ惑うおばさんは後ろを決して見ずただその場から逃げたいと必死に走った。
しかし先ほど感じた殺気が徐々に近づいて来ているのは不思議とわかった。
逃げられない恐怖がさらに足を速くさせるがそれ以上に殺気が大きくなってくる。
とうとう恐くなり後ろを振り向くとそこには笑顔の仮面があった。
さらに上を見ると光に照らされた包丁がギラギラと自分へとふり下ろされているのがわかった。
ヒィヤァーーーーーーーーー!!!!!
その声は悪魔の声にも聞こえたが、聞き終えた頃にはおばさんの体は地面に横たわっていた。
男の体は震え、笑い声が仮面の中で響き手に残った感触を何度も何度も頭の中で反芻させた。
昔の記憶が蘇って来るようだ、しかしその記憶に時代や凶器に統一性はない。
辺りでは人が逃げ惑い、パニックを起こしている。
その様子も男にとってうれしいものだった、次は誰にしようと歩いていた時ふと横が気になった。
そこには森があり少し上を見上げると少年がこちらを見ていた。
男の目標はそちらに移動した。