第12話 ②
満を持してその言葉がヘルメスの口から飛び出した。
「オペレータの子を紹介してほしい!」
妙に響いた言葉に誰もが顔を向けていた。そういえばそうだったなと誰もが忘れかけていた事だった。いやそこまでなら話せばよかったと思った人もいた。しかしヘルメスはより真剣な顔をして獅子神に言う。
「僕は最初聞いたときからあの声に惚れちゃったんだ!だからご褒美以前に僕は彼女の事を知りたい。前は教えてもらえなかったけど今度は聞かせてもらうよ!」
半ば飽きれ顔の作業員達だが獅子神はヘルメスの顔をじっと見つめていた。
「……わかった」
まるで決死の作戦を承諾するかのように答えた獅子神はゆっくりと名前を呼んだ。
「ミーナ君」
『はい、何でしょう長官』
ミーナと呼ばれたのは間違いなくヘルメスが惚れた声だった。ヘルメスは周りを見るがやはりその姿は確認できず、いつものようにスピーカーから聞こえてくるのだ。
「赤兎君、パソコンを一台借りるよ。ミーナ君こっちだ」
机の上に置かれていた何台ものパソコンから健太郎が一台、みんなに見えるようにデスクトップを移動させると何もしていない画面が乱れ始めた。
『はい、よっと…こっちでこう行って……』
少し不思議な感じがした。いつも聞く声はしっかりしているのに今は何故か少し幼い口調に聞こえる。
『ここでしたかね……お邪魔しまーす。……あれ?』
乱れたデスクトップにはまだ何も映らずヘルメスはキョロキョロと周りを見回してしまう。
『赤兎さんやっぱりネットワーク直した方がいいです……。迷っちゃいます…』
ようやくデスクトップの乱れが直るとガチャっと背景がドアのように開いた。
『こんにちは~』
控えめに顔を出したのは女性だった。青いボブカットの髪に透き通るような青い瞳、体を出すとタイトスカートとスーツを颯爽と着こなす二十代くらいのキャリアウーマンだった。
「ヘルメス、彼女がEBのシステムを担当しているMINAのミーナ君だ」
『初めましてヘルメスさん、ミーナと申します』
すらすらと人間のように話す姿はテレビに写ったアナウンサーのようだ。彼女はお辞儀をし、ニッコリと笑った訳なのだが顔を上げた瞬間に目の前にあった大きな顔に少し笑顔がひきつっていた。
「は、初めまして!!ヘルメスと申します!み、ミーナさん!」
パソコンに目一杯顔を近づけているヘルメスの必死さに周りから見ても少し引いた。
「ヘルメス、女性の前なんだから」
獅子神の後ろにいたアースの言葉にヘルメスはやっと我に返りその場に正座した。
「それでヘルメス、彼女を見て感想は?」
「と、とてもお綺麗です…!」
なぜそこで緊張するのか……。獅子神はヘルメスとミーナの間に立って話し出した。
「ミーナ君は我々が生み出したAIなんだ。アースだけだとこの広大なEBを切り盛りできないからね」
『何とか頑張ってますけど…私、お父さんのお力になれているんでしょうか?』
「大丈夫だよミーナ。もう私なんかいらないくらいによくやってるよ」
やった!と小さくガッツポーズをするミーナも可愛いとヘルメスは思った。声を聞いたときはもっとキッチリしたタイプかなと思ったのだが、今見るととても元気な女性でいい意味で予想を裏切られた。
……??
そういえば何か不思議な言葉が聞こえたような気がする。お父さん……?ファーザー?
「……兄さん」
「なんだいヘルメス」
アースは兄らしくビックブラザーらしく優しく応えてくれた。しかしやはり次の言葉を言おうとするがなかなか口に出せない。どうしよう、今の言葉が聞き間違いでないならば……。
「ヘルメス、ミーナの声がどうしたんだっけ?」
言葉の端に何か突き刺さるものがある…。あぁ…これは聞き間違いじゃないし、とんでもないことをしてしまったとヘルメスは思っていた。そういえばガイアの姿もいつの間にかないし、みんなもそれで黙っていてくれたんだとやっと理解できた。
『お父さん、どうかしましたか?ヘルメスさんもどうしたんですか?』
「なんでもないよミーナ、そういえばそろそろガイアが向こうの方でシステムの調整をするらしいからちょっと手伝ってきてくれるかな?」
わかりました!と元気に言ったミーナはみんなに挨拶をしてまたパソコンのデスクトップの中に消えていった。静かな空気が辺りを静かにした。
「さ、さぁ!仕事に戻ろう!」
さすが健太郎、この空気を何事も無くとは言わないがいち早く退散すべくみんなに言った。作業員達も よっしゃ! とか やるぞ! とか言いながら思い思いに仕事に戻っていった。残ったのはヘルメスとガイア、獅子神に沙耶だった。
「ヘルメス」
先ほどから固まっているヘルメスの目の前にアースがフワフワと漂う。表情は光球なので判別不可能だ。
「彼女にはまだ愛という概念がない。だからあんな調子だ」
「はい……」
「仲良くするのはいいが、それ以上は彼女にとってもお前にとっても未知の領域なのはわかるね?」
「……はい」
「あの娘も色々な事を学ぶべきだとは思うけど……。まあ親として言うなら……わかってくれるよね?」
どんどんと重たくなっていく空気にヘルメスは黙ってしまった。
「ヘルメス?」
「は、はい!」
「ゆ っ く り 」
必死に頷いたヘルメスを見て安心したのかアースは獅子神を連れて行ってしまった。
「はぁ……」
大きなため息をついた。まさか兄の娘とは……いや、娘といってもそういう関係でもないか。いや、でもな……。
「ヘルメスさん!」
横からの声にヘルメスはゆっくりと首を向けた。キラキラと目を輝かせ沙耶は手にぎゅっと力をいれていた。
「頑張ってください!」
そう言うと沙耶は自分の持ち場に帰っていった。とうとう正座したロボット一体になってしまった。
「はぁ……」
溜め息を着くがどうも気分が乗らずその後も何処か上の空のヘルメスだったがすぐにアラートとともにその声に呼ばれることになった。
灰色の島
「なァアダム…」
「なんだいパワード?」
暗い地下にパワード自身が咄嗟に言い淀むくらい弱気な声が響く。なぜこんな声が出てしまったのかわからないがアダムならともかく他のレガシーに聞かれれば直ぐ様笑い者だっただろう。
「……」
「なんだい?」
「ん?アァ…。すマねぇ……俺達ハ何のタめに生マれてダろうナ…」
「この星を取り戻すためさ」
速答されパワードは顔を上げた。そしてすぐに思った。そうだ、そうだったのだ。なんて無駄な質問をしてしまったのだろうと……。
「悪い、忘れてくれ」
「気にしてないさ。それよりファットは大丈夫だと思うかい?」
次に向かった仲間のことを聞かれパワードは少し考えた。
「アいつハ俺達とハ少し違う気ガする。人の本能的欲ダカラカ憎しみという面で足りナいと俺ハ思う」
「確かにね。まぁ少し変わった家族がいるのは悪いことではないよ。物は使いようってね」
「ふん、時々俺達を見下すように見るお前ガ少し気に食ワナいガ、マァ許してヤる。…アマり調子に乗るナヨ」
「そんな風に見た覚えはないけどね。それにしても調子が戻ってきたじゃないかパワード」
「……五月蝿ぇ」
立ち上がったパワードは闇の中に消えていった。
夏の暑さもまだまだ収まることはない龍神町の上空に何かが浮かんでいた。丸いが微かに動いているし、両脇には細い影が大きな団扇で丸い何かを扇いでいる。
「暑いのぉ……?ここが機械人形の町であるか…」
浮かんだ丸い物体は太った男だった。豪華な椅子にもたれ掛かった男は王様のような衣装に身を包み、両サイドにいる全身真っ黒な影に団扇で風をもらっていた。
「腹が減ったな……」
自分の背中と椅子の間をまさぐるとそこからスナック菓子を一つ取り出した。そしておもむろに袋を破ると中のスナックをバリボリと食べ始めた。
「皆にはああ言ったが面倒くさいな。別に余はこのままでいいのだがな…あまり機械人形に興味もないし。……まあ仕方ない、動くか…。ほれ、お主いってこい!」
油だらけの手でポケットを探り、そこから見つけた黒い玉をぽいっと投げると重力に従って下に落ちて行った。途中鳥が当たったような気がしたが、地面に落ちたのは黒い玉と鳥の羽だけだった。
そのスピードとは裏腹にカランと落ちた玉は路地裏へと消えていく。その途中興味を持った野良犬が近付いてくると匂いを嗅ぎ、呑み込んでしまった。
少しは腹の足しになったかと犬が歩き出すと突如ビクンと体が跳ね、徐々に負の力が野生の本能と混ざり、顔や体に強大な力を与え始めた。
巨大化していく犬を見て上空の男は少し興味を持ったように下を覗いた。
「おぉ…良いではないか。存分に暴れるがいい。ついでに機械人形を倒してくれるとありがたいぞ!」
手を振る男は少し気だるそうに椅子にもたれかかり横にいた影に風を強くしろと命令した。