第0話 ③
それからまた5年経った。結城の頭には白髪が目立ち始め、近くのものが最近見ずらいとぼやくようになった。
その頃には世界の軍事バランスは拮抗し、一時的な平和が訪れていた。しかしそれは世界の目がガイア達に集中したからであってとうとう国でさえも押さえきれなくなっていた。
「博士、今日のメンテナンス長くなるんですか?」
ガイアたちはいつものように研究所の地下に秘密裏に作られた部屋でメンテナンスを受けていた。
「あぁ、すまないが今日は少しな……」
5年前、シュバルツと会って以降、結城体は段々細くなり体調もよく崩すようになっていた。年のせいもあるが時々出張と嘘をつき国の監視のもと世界との対話を続けていた。その結果は今の結城をみればわかるが、限界だった……。
「父さんもメンテナンスの間ちゃんと休んでね」
ハルトが心配そうに言う。
「大丈夫だよ!ご飯食べてよく寝るから」
笑顔で答えると笑顔を見せたハルトが体を機械に任せた。
「じゃあおやすみ」
「「「「「「おやすみなさい」」」」」」
いつものように挨拶すると兄弟たちの目から光が消えていく。
結城はじっと息子たちを見ていた。
もう会えないかもしれない
そう思って……すこしでも長く息子たちの顔を見たくて……。
涙が頬を伝う。
ピンポーン……。
幸せな日々を終わらせる音が聞こえた。
結城は息子達の顔をもう1度見た。まだ大丈夫だと、まだお別れじゃない。まだ、彼らと一緒に暮らしたい……!!
・
・
・
・
ガイアが目を覚ますとそこには結城がいた。
しかしその姿は眠る前とは明らかに違っていた。
「博士!!!」
フラフラとしている結城を支えようとするが意識だけ起動されていて体が動かない。
「ごめんな……みんな」
兄弟たちはふり絞った結城の声にとても嫌なものを感じた。
「父さんはもうダメみたいだ……。でもな……お前たちだけは……絶対守るよ」
「博士!!僕たちと一緒に宇宙に逃げましょう!!博士1人なら僕たちで守っていけます!!」
兄弟たちも必死に体を動かそうとするが動かない。
これほど機械の体を恨んだことはなかった……。
「ダメだよガイア……。人は星の重力によって自由を制限されているんだ。それを破っていいのは神様かお前たちのような正義の心をもった者たちだけなんだ。だから父さんはこの星を捨ててはいけない」
「父さん!ダメだよ!!みんなで逃げよう!!」
「ハルト……。ごめんな」
「父さん!!!とうさ・・ん、うわぁーーーー!!!!」
笑顔の父を見て今まで見せたことのないような感情を爆発させる。体は全然動かないのに、感情だけが暴れまわる。
「最後にみんなの声を聞けてよかった。起こして悪かったねみんな。おやすみ……。…………………………さよなら」
「「「「「「父さん!!!!!!」」」」」」
結城が操作すると1人ずつ意識を失っていく。
「父さん!!父さん!!」
ガイアは叫ぶ。
「ガイア、弟たちを頼むぞ・・・」
「父さ!!・・・・」
糸が切れるようにガイアの意識もなくなってしまった。
全員をシャットダウンした結城が一つ息を吐いた。すでに研究所は軍隊に囲まれており逃げ場もない状態だった。
最後の手段として結城は研究所に仕込んでおいた大量の爆弾を爆発させ全てを消し去ろうとしていた。
しかし息子達は別だ。この研究室は核ミサイルだろうと砕けない素材でできているので全てが消え去ったとしてもこの部屋だけは残るだろう。
一番肝心なのは相手に全てが消えたと思わせる事だ。
念の為にガイア達の予備パーツをバラバラにして、そこかしこにおいてある。これで諦めてくれることを祈るばかりだ。
「よし……」
気持ちを整理し部屋を後にしようとすると小さい声が聞こえた
「とうさん……とうさん……」
「!!」
驚いて見ると1体だけ辛うじて意識が残っていた。
ハルトだ……。
「おかしい……機能を停止させたのに……。まさかハルト!お前は……」
フッと笑った結城はゆっくりとハルトに近づき頭を撫でた。
「おやすみハルト。大丈夫だよ、またどこかで会える」
「とうさ……ん。と…う……」
ハルトの意識が眠るように消えていった。
「みんなありがとう。さよなら」
机の上に手紙を残し、結城は部屋を出ていった。
---------------------------------------------------
それから何年たっただろう……。
初めは多くの爆発や銃声が響いていた地上は、日が経つごとにその姿を変え、とうとう勝者がない終わりを迎えた。
結城の研究所も爆発の影響で地面が抉れるほど壊れていたが地下のガイアたちがいた部屋は無事だった。
『助けてください』
モニターが起動した。
そこに映ったのは薄緑色のドレスを着た女性だった。
「貴方は……」
僕は聞いた。あれ?とても懐かしい気がする……。
『私はこの星です。お願いです助けてください!』
僕の手を握ってくる。
体温…不明……。
『あなたの力が必要です!!だから!!』
女性の目には涙が溢れている。
『ガイア、女の子は大切にするんだよ!』
そう博士に言われたのを思い出した。そうだ、博士!!
『地上はもう生物の住む場所ではありません!!……人はもう……』
心の声を聞かれた。でも僕は驚くほど冷静だった。
だって博士が言っていたじゃないか。もうこの星はダメかもしれないって、でも僕たちだけは守るって……。
『貴方を作った人は優しいのですね……。だから私はあなたを選んだのです』
そう言われて僕は頷いた。
『だから、生きとし生けるもの全てを救ってください!』
僕は頷いた。
「ありがとうございます。私と同じ名前を持つ正義のものよ」
ガイアは目覚めた。夢を見ていたんだろう……。
体を動かすと少し軋んだが問題なかった。
ゆっくり動き、潤滑油をとって関節に指していくと少しはマシになった。
まだ軋む体を引っ張り立ち上がると、そこは眠る前と変わらない部屋があった。結城がいないこと以外・・・
夢で見た女性の言葉を確認すべく外に出ようと扉の前に立つと自動で開いた。その瞬間にセンサーが赤く光る。
「うっ!!」
空気中の放射線量がひどく、息をすればすぐに肺がやられてしまうレベルだった。しかしそれ以上にガイアには気になることがあった。
地下のはずなのに・・・なんですぐ地面があるの・・・。
結城が研究所を爆発させた事はもちろん知らず、無惨に壊れた我が家を見つめる。抉れた大地を出るとそこは一面焼け野原だった。
でこぼこの道、崩れた建物、そして……。前はあんなに緑がいっぱいだったのに、今は灰色の景色がどんよりと広がっている。
少し歩くと昔博士と行った町に着いた。着いたのか……?
すでに灰色の更地と化した町には、焚き火を囲み複数の人の姿が力なく座っていた。
ゆっくりと近づくガイアは背を向けた男性の肩を叩いた。
とんとん……
俯いていた男性の首がゆっくりと回り、その視界にガイアをとらえると、みるみるうちに表情がひきつっていった。
「うわぁーーーーーーーー!!!!」
男性は狂い逃げ、それを見た周りの人も叫びながら逃げていった。
そしてガイアとたき火だけになるとゆっくりと空を見上げた。灰色の空が太陽の光を完全に拒んでいる。
博士……どうしたらいいんでしょう……
『ガイア、大丈夫だよ。君は正義のロボット何だから』
元気だった頃の博士の優しい声が響き、それに驚いたガイアが周りを見ても結城の姿は見えなかった。
そうか……博士がインプットしてくれたんだ。考えたら音が鳴るのか……。
なんでもいいから僕は考えた。
『ガイア、大丈夫だよ。君は正義のロボット何だから』
『ガイア、大丈夫だよ。君は正義のロボット何だから』
「……博士、会いたいよ」
ガイアの頬に水が流れた。雨が降ってきたようだ……。
「帰ろう……」
帰る途中でも色々なものを見た。
世界を見限り、自分の世界に旅立った目が虚ろの男性、ボロボロの服を着て泣くことすら忘れた子供、戦争の為に体を機械仕掛けにした男性、持っていても仕方ない高価な宝石を身に付け椅子に座って笑う女性、倒れた協会の十字架に自らの怒りをぶつける人々、何もかもがまとめられ、すぐ近くで燃やされるだけに積み上げられているもの、そして人をじっと見つめいつその命を奪い取ろうか時を待つ動物たち。
もうこうなってはおしまいだ。ガイアは研究室に帰り、博士がいつも座っていた椅子に座った。
どうしよう……。
弟達はまだ目覚めてはいない。考えることができるのは自分しかいない。こんな地球弟達には見せたくないと思う。
そう思ったとき机の上に紙を見つけた。
「これは博士の字……」
---------
これを読む者に。
これを読むものがいい人間であって欲しい。
この子たちは私の息子だ。
世界の平和を守るために生み出した正義の味方だ。
今地上で起きているどんな争いにも彼らを参加させてはならない。
この力は正義の為に使うべきものなんだ。
どうか、どうか、この子たちを悪にさせないでくれ。
正義は必ず勝つ。そう、昔見たアニメでも言ってた正義だ!
だからこの子たちを頼む。もう一度言う。
“彼らは正義なんだ”
----------
その紙と一緒にガイアたちに向けてのメッセージもあった。
----------
私の子供たちへ。
すまない。寂しいだろうが父さんは先にいくよ。
でもこれだけは言っておくよ。
この星はそれほど悪いものじゃない!
お前たちならこの星を豊かにできるはずさ!そしたらいい人間も現れるだろう。
自力では動けないだろうが、動けた時は頑張って生きてくれ。
みんなが頑張れるようにみんなのメモリーに私の声をいれた。考えた時に働くようにセットしてある。
この声が力になるといいな。父さんの、そしてお前たちの生まれたこの星を頼む。
特に“ガイア”お前はお兄ちゃんなんだからしっかりするんだぞ。
賑やかな弟たちを頼む。またみんなと笑える日が来るといいな。
あと恥ずかしいが一人一人に手紙を書いた。
“自分がこれ以上なにもできない。もう駄目だ”と言う時にこれを見るんだ。
絶対にそれまで開けてはならない。
父さんとの約束だ。守らなかったら“おしりペンペン”だぞ!!
じゃあな。
父さんより
----------
「父さん……」
室内だと言うのに目から液体が流れるのを感じた。
『助けてください』
今度はちゃんと聞こえた。この星の声が!!ガイアは拳を握り、大きく頷いた。
「何をすればいい!ぼ、私に……何ができる!」
『私の残りの力をあなたに差し上げます。あなたはこの力でこの星を創り変えるのです!』
ガイアはその後、兄弟達の意識を覚醒させていった。兄弟達の目覚めは全て暗いもので、目覚める度にガイアは首を横に振る。
全員が揃ってやっと口を開いたガイアは自分の決意を話した。
地球を救う。そのためにこの星を創り変えると。
兄弟たちは揃って反対した。特にハルトは酷くかった。
「父さんを殺したこんな星なんて破壊してやる!!残った人間もだ!!僕ら家族の幸せを壊したやつなんか!!みんな壊れればいいんだ!!!」
「ハルト、やめるんだ……」
「兄さんは憎くないの?!なんで兄さんが人間の尻拭いをしなきゃいけないんだ!!」
「ハルト、わかってくれ。博士はもういないんだ……」
ハルトは博士からの手紙をぎゅっと胸に近づけた。
「父さん……とうさん……!」
他の兄弟達も本心ではハルトと同じ気持ちだ。こんな星なんか滅んでしまえばいいと思っていた。
しかし結城に教えてもらった正義の心がそれを許さなかった。
博士はこの星を愛していた。その博士を兄弟達は愛していた。
結城と過ごした日々はいつでも笑顔が溢れ、心が踊った。そんな大切な思い出に地球は季節というアクセントを与えてくれた。
春に行ったお花見では、桜の花の一瞬の美を教えてもらい、命の大切さを感じさせてくれた。
夏に登った山では、大地の伊吹と自然の雄大さを最も感じ、行動することの大切さをを教えられた。
秋に食べた食材たち、実際食べたのは結城だけだが、幸せそうな顔を見るだけで心が暖かくなった。
そして家でじっと過ごした冬、動きがないのはサボっているんじゃない!頭を動かしてるんだ!……結城の口癖だった。有限の時間の中で敢えて時を待つ事を教えられた。
そんな思い出は今になっても思わず吹き出してしまうものが多い。その一つ一つが大切な思い出だ。
それを守るためにガイアはこの星を救おうと思った。博士がつけてくれたこの名前に誓って、
「じゃあみんなは太陽系の自分の名前の星に行くんだ。地球を創り変えるエネルギーはたぶん相当なものだから。ロケットはみんなで手分けして作ろう。何かあったら連絡するから。それまでに色々準備しておいて。ハルトは冥王星だよ」
それからガイア達兄弟は世界を歩きながら自分達が乗るロケットを作った。知識はあったのでほぼ材料集めに時間がかかった。
……そして、旅立つ時がきた。
兄弟たちは博士の手紙をそれぞれ持った。
「じゃあね兄さん。また会おうね」
2番目の弟が言った。
「じゃあな兄貴。俺は隣にいる、いつでも呼べよ!」
3番目の弟が言った。
「兄さん体に気を付けてね」「僕らも頑張るよ」
4番目と5番目の双子の弟が言った。
「兄さん、僕はたぶんこの星を、人間を許せないと思う。でも兄さんは好きだよ。だからね……」
「ハルト……」
ハルトの体は震えていた。ガイアはハルトの体を抱き、頭を撫でるとそれを見ていたほかの兄弟も集まりみんなでハルトを抱きしめた。
「兄さ……ん……うぁぁぁぁぁ!!!!」
機械の目から大粒の涙が溢れた。泣いて泣いて、誰が誰の声かわからないくらい泣いた……。
そして五人の弟達は旅立った。
ガイアは研究室から出ると星にもらった力を開放し始めた。
ゆっくりと地面と同化し星の中心まで吸い込まれていく。
「いくよ、父さん……」
星が光り大地が真っ白になっていく。
大地ができ、水ができたころの時代に戻っていく。。
生き物は消え、灰色の大地に緑の芽が吹き始めた。
ガイアは地球を造り変え、創星の神になったのだ。
そしてガイアは眼を閉じた。次に彼と話す人間がいい人であると信じながら……。