第7話 ④
砂埃の中立ち上がった巨体はまるで鳥人のようだった。
スラリとした手足に胸には大きな青い宝石、頭には羽を思い起こさせる耳当て、幼さが残る顔立ちが今まで聞いてきた声とがっちり当てはまる。背中にロボットらしからぬ柔らかそうな翼を纏うそれが結城博士によって作られた二番目のロボット、ヘルメスだった。
「ふぅ!やっと変形できたよ。ありがとうね刀耶」
自分の胸に声をかけるが返事がない。
「ん?どしたの?おーーい、刀耶ーー?」
ヘルメスの内部では男女二人が温かな光の中で漂っていた。
「………ーい」
誰かが呼んでいる声がする。どうして僕は寝てしまっているんだろう。
「おーーい」
そうだ!僕は博物館に来て怪物が出て彼女を守るって言ったんだ!
光の中で目を覚ますと妙な浮遊感から一瞬バランスを崩しそうになる。
「ここは?」
不思議な空間だ。広いのか狭いのかわからない少し青みがかった空間に立っている?漂っている?そこに存在していることだけは確かである。横を見ると同じように真菜が同じように存在していた。怪我もなく今は気を失っているようで少し安心した。
「起きたかい刀耶?」
「ヘルメス?じゃあここは」
「ご名答ぉ!そこは僕の中。今回は特別に二名様ご案内ーー」
陽気な声に少し安心してしまうがその瞬間空間がグラリと揺れた。
「刀耶、彼女起こしてくれる?ちょっと戦うからだいぶ揺れるんだよね!」
刀耶の前に姿鏡のようなものが現れ外の様子を映し出すとそこには八本の足をくねらせながら建物を壊す蛸の姿があった。
『刀耶!!』
突然の声に驚いたがその声はいつも聞いている声だ。
「烈?!」
『やっぱり刀耶だったか!なんでこんなとこいるんだよ?!』
横から小さな鏡が現れそこに烈の姿が映る。どうしてと言われても横にいる少女を見てしまうとそこを突かれてしまう。
『ん?真菜までいるのか?!………ははーーん』
なぜかこういう時だけ敏感な友を今は恨むとしよう。
「と、とにかくあれを倒せばいいんでしょ!いくよ烈!!」
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「という事で兄さん!いくよ!!」
並んだ兄弟を狙い蛸の足が迫るが二人は華麗に避ける。
「ガイアソード!!」
宙に浮かんでいてもその剣は主人に応える。大地を割って飛び出した剣はその柄を主の右手へと送る。それをガッチリと握り込み追撃をしてきた足へとその切っ先を向ける。
「バルカン~~!」
弟は背中の翼を大空に羽ばたかせ腕に仕込んだ機銃を使い、足に風穴をいくつもの空けていく。
苦しむ蛸は身をくねらせその場で体を縮め、それを挟むように二人は着地した。
「兄さん、このまま決めちゃおう!」
「わかった。いくぞ!」
「ちょっと待ってくださーい」
聞いたことのない声に驚く二人が辺りを見回すと蛸の上に一人の男性が立っていた。細長い体に黒一色の服を来ている。唾の広い帽子に地面を擦るほどのトレンチコートを着込んだその姿は何か異様なものを感じさせた。
「ちょっと待ってくださいよ機械人形」
「お前は誰だ!」
「それは失礼ですね~。あなたが私たちを創ったんですよ?」
「まさかお前もレガシー?!」
「正解です~。私の名はドラッグ、この間はパワードがお世話になりました」
不敵な笑みを浮かべドラッグは拍手をする。
「弔い合戦という事か……」
ドラッグがキョトンとする。少し悩み手をポンと叩くとなにか思い出したように笑って話し出した。
「あぁ!そうでした。言ってなかったですね。パワードは生きていますよ」
「なに!!」「なんだって?!」
あんなにも苦戦した相手がまだ生きていくことに烈とガイアは驚愕した。確かに何かが浄化された気配はあったのだがそれでもまだ救われていないのかとガイアは悔やむ。
「そんなに嬉しいですか?!そんなの今はいいじゃありませんか。それより……」
そういうとドラッグは蛸の額に手をかざした。するとその外皮を破って一人の男性の上半身がずるりと現れた。
「今こいつを倒すとこの人間も死にますけど~。それでも倒しますか?」
男性は力なく体を倒しその目には光が全く見えない。しかしその心臓にはかすかに緑の光が灯っていた。
「ガイア、あの光はなんだ?」
光に気付いた烈が聞くがすぐに答えてはくれなかった。
「機械人形、この光はなんですか……」
同じことをドラッグにも聞かれたが、なにか自分の中で整理がつかず拳を握るくらいしかできなかった。
「なんですかと聞いているんですよ!」
徐々に苛立ちを言葉に含んできたドラッグは男性の首に自らの鋭い手を当てる。
「やめろ!」
その言葉に鋭い眼光で睨むドラッグはガイアにすべて話すように促すが手はずっと男性の首に当てられている。
「あれは兄さんの力だ」
答えたのはヘルメスだった。
ガイアの力、それはこの世界を創り変えた時に生きとし生けるもの全てにガイアが与えたものだ。その力は人の感情に作用し一定値以上の感情の起伏に反応し抑える役割を果たしていた。
争いは過度の感情の高まりによって起こることはガイア自信も感じていた。だから後世ではその因子を抑えようと思い考えた結果この力を与えることにしたのだ。
「これで人間を操っていたのですね!!」
「違う!!」
「何が違うというんですか!実際あなたに乗っている人間も同じように操っているのではないんですか!?」
烈は自分の胸を見た。男性と同じくガイアの力が自らの体を制御しているのか……?いや、自分が操られていると思ったことは一つもなかった。
小さい頃はケンカもよくしたし祖父にだって反抗した。学校がめんどくさいと思ったこともあるし、ルールを守らない大人だって何度も見てきた。ただよく考えてみれば争いが起こらないのだ。正確に言うとケンカ以上の事をどうすればいいのかわからない。
戦争という言葉を後世の人々は知らない。
それがガイアの力ならば烈にとってきちんと自分を守れているし、操られているなんて絶対思えないと思えた。
「俺は自分の意思でお前に乗ってる!こんなやつの言葉を真に受けるんじゃない!!」
「しかし……」
「あなたも後悔してるじゃないですか機械人形!そうです、あなたは私たちと同じ……」
言葉を続けようとしたドラッグが上に飛ぶと、もといた場所に鉄の弾が通りすぎていった。
「話が長いよ。それにそろそろどけてくれないかな?それともここでケリつける?」
放たれたのはヘルメスのバルカンだった。苛つき混じりの言葉にドラッグもニヤリと笑う。弟としてはぐっと堪える兄の気持ちを知らずただ言葉を並べるだけ相手を許せなかった。
「兄弟の絆というのは美しいものですね~」
「お前なんかにわかってほしくないけどね」
互いの苛立ちが空気にのって相手にぶつかる。
「………。わかりました~!今日は一旦退くとしましょう。精々頑張って助けてください!」
突如笑顔を見せたドラッグが背中を向けた。その後に続く言葉に楽しみを見出だしたからだ。
「ただし!時間制限付きです!!」
突如蛸の様子がおかしくなった。八本の足で地面を踏ん張り真っ赤な頭を徐々に膨らませていく。
「そういえば近くにあったガスボンベをたくさん取り込んでた気がしますね~~!ヒャハッ!」
溢れる笑いを堪えるように口に手を当ててドラッグは肩を上下に動かすと徐々に自らを落ち着けていき、最後に ではでは~ と手を振り作り出した闇の中に消えていった。
『どうするんだよガイア!』
こうしている間にも蛸はどんどん膨れ上がっていく。
「兄さんの力をさらに加えればあの蛸も離すんじゃない?!」
咄嗟の機転を働かせたヘルメスの言うとおりだった。ガイアの力はレガシーにとって毒だ。だからあの男性は全てを取り込まれずにいるのだ。ではどうやってガイアの力を加えるか……
「直接行くしかない」
ガイアの目には男性の姿が映っていた。助けるべき命を見離す事は絶対にできない。
「もちろん手伝うよ!いくよ刀耶、武器を呼ぶんだ!」
『わかった!』
「『ライ・アロー!!』」
その声に水星にある研究所では慌ただしく作業が始められていた。
誰もいないはずなのにキーボードを叩く音が独りでに軽快に響き、最後にエンターキーを弾くと研究所のドアが開き始め太陽の光が内部に注ぎ込んだ
その光に照らされるように一台の竪琴がゆっくりと姿を現した。青を基調に雲のような白いグラデーションが施されている竪琴は人には絶対に弾けない大きさをしていた。
ポロロン……
その大きさに反して響いた音色はどこまでも優雅で柔らかく一撫でで常世の眠りに落ちてしまいそうだ。
ゆっくりと竪琴が外へと運び出され青がより鮮やかに映えた。
フワリ。重力など気にしないように浮き上がった竪琴は地球へと向きを変え青い彗星となって飛んでいった。
「ヘルメスまだか?!」
剣を構えたガイアは、後ろで手を挙げたままじっと立ちつくす弟に言う。
「もうちょい……。来た!!」
昼の空には青い彗星は映えないがそのスピードと空気の摩擦によって起きた炎によって姿を確認できた。
「兄さん、行って!!」
「おう!」
走り出したガイアの背をヘルメスがじっと見つめる。兄の背中は何度も見てきた。その背中を守りたくて自分はやって来たのだ。
「いくよ刀耶!!」
竪琴から炎が消えるとその形を変え始めた。琴の幅が徐々に広がり、段々と弓の姿へと変わっていく。
「琴弓ライ・アロー!!」
ヘルメスの左腕が展開するとそこに吸い込まれるように弓が装着された。力が流れ込み光の弦が現れると力強く両端に張り詰める。
敵を見据え弦に手を添え引き絞ると青い光が矢に変化する。
シュッ!
引き絞った矢を放つと前を走っていたガイアのすぐ横を通り過ぎ蛸の目に命中した。
グォオオオオオオ!!
痛みに大暴れする蛸の影からキラリと剣の煌きが見える。
「いくぞ烈!!」「おう!!」
なに振り構わず暴れまわる蛸の足が四方八方からガイアを襲う。
「はぁあ!!」
時には避け、時には剣で両断していくガイアは蛸の頭でだらりとしている男性にどんどん近づいていく。
グォオオオオ!!
弾かれてはまた振るい、切られては再生する蛸の足を他所に頭はどんどん大きくなっていく。
「とぉあ!!」
とうとう目前まで来たガイアは地面を蹴り、男性へと手を伸ばす。
「ガイア、上!!」「くそっ!」
が、そこにはしなりを含んだ太い足が頭上から振り下ろされようとしていた。当たればもちろん、ただではすまない。
しかし
その攻撃は一本の矢によってその本体へと打ち付けられてしまった。後ろをチラリと見ると得意気な顔をしたヘルメスが見える。
「ありがとうヘルメス!」
ガイアが男性の心臓に触れる。するとか細い光が段々と強くなり男性の体は緑の光に包まれていく。
グ、グォオオオオ!!
今までとは違う苦しみ方をした蛸は頭を大きく振り異物を体外へ出そうと暴れた。
ガイアは頭に張り付き男性を握り暴れるタイミングに合わせるように思いきり引き抜いた。
その拍子に自身も空へと放り出されたガイアだったがその手には大事に掴んだ男性がいる。すでに光は消えていたが問題なく眠る男性を見てガイアは安堵の表情を見せた。
「兄さん!」
ヘルメスが空へと舞った兄を心配するが安堵の表情をみて一先ず安心した。
『ヘルメス、倒そう!』
「わかった!………でも………」
どう考えても時間がない。避難は済んでいるようだが爆発することから迂闊に手も出せない。蛸は既にパンパンに膨れ上がり寸前のところまできている。
一番は上空に突き上げて爆発させるのがベストなのだがどうもその時間はなさそうだ。
「とりあえず逃げるよ刀耶!!」「えっ!!」
「今は僕らの方がやばいんだ!わかって!!」
ヘルメスは自らの体と刀耶と真菜を優先した。爆発の規模が予測できない以上身近なものから守るのは当然である。
しかしヘルメスは悔しかった。男性は助けられたにしても爆発させてしまうのだ。結果ドラッグの思い通りになってしまった事に悔しさが顕著に表情に出てしまう。
結城に見せてもらったアニメではこんな時爆弾にしがみついて爆発を抑える事をしていたが自分には絶対にできない。兄なら喜んでしそうだと空を見るがガイアも男性を守るのに手一杯だ。
よかった……。
一先ずそう思えたのだが今度は怒りの矛先がドラッグへと向いた。
許さないぞドラッグ!兄さんがやっと戻してくれたこの平和を壊すなんて。地球の為、兄さんの為に僕は戦う!
そう決意をもって空に飛び立とうとした時だった。空からジェットエンジンの音が聞こえた。
通常のエンジンより二、三倍は違いそうなパワーのある音を響かせながらこちらに近づいてくる。その正体は変わった形をした戦闘機だった。
簡単に言うと一般的な戦闘機の後ろにドラム缶が四つついている形である。
四つのドラム缶の後ろからは炎が四本ほとばしっていたがそれにしては前側に余裕がありすぎだ。
その全面が突如開くと何か棒のようなものが蛸目掛けて射出されヘルメスは急いで空に羽ばたいていった。
次々と地面に刺さる棒は蛸の四方を固めるように打ち込まれていく。さっぱりわからないヘルメスを他所にその棒が展開を始めた。
花が咲くように上部が開くとバチバチと音をたて棒を頂点とした四角形が蛸を包んでいく。足で最後の足掻きをする蛸だがその箱によって全てが弾かれてしまう。
「あれはなに……?」
言葉に関係なく蛸を包んでいく壁がどんどんと色濃くなっていくのがわかる。ちょっとしたマジックのようだが今はそんなこと考えてられない。
グゥオオオオオアアアア!!!!!!
限界だ。
強烈な爆発が起き大地が抉れ、地面が揺れ建物も只ではすまないほどの揺れが襲う。
と思っていたのだが……
「あれ?」
一向に爆発の衝撃が伝わらないとヘルメスが今は中も見えない箱の前に立つと前振りもなく壁が消え去った。
中身は何もなく地面も普通の芝生だ。訝しげに見るヘルメスは前からやって来る兄へと聞いた。
「どうなってるの?」
「話せば長くなる。また帰ってからな」
「とりあえず一件落着?」
ガイアは安心しヘルメスは腑に落ちず、それでも空には先ほど棒を射出した戦闘機が飛んでいた。
次回予告
ヘルメス:ひゃっほーー!!
刀耶:ヘルメスは本当に空が好きなんだね。
ヘルメス:そりゃそうさ!空がボクの恋人だからね。
刀耶:なんかヘルメスって詩人だね。
ヘルメス:空恋し、泥に映れど、姿変わらずってね。
刀耶:どういう意味?
ヘルメス:恋人を大切にしろってこそさ!さぁ次回「家族の形と夏休み」
真菜:お楽しみに!
ヘルメス:いいとこ持ってかれたーー!