第7話 ②
「誰か来てくれると思う?」
「大丈夫だ。きっと来てくれるさ!」
EBの技術開発課ではガイアの最終調整が行われていた。グランガイアもほとんど修復が終わり、今は一段落といったところだ。
「僕とそりが合う人間なんて簡単には見つからないと思うけどなー」
さきほどヘルメスは自身の波長を用いて音声を配信していた。何故かと言うと、
「パートナーを見つけるためにお前の波長を乗せた通信をしたんだぞ?人以外でも大丈夫だろ?」
「えーーーやだよー。沙耶ちゃんがいいーーー」
駄々をこねるように横に揺れると見てガイアは肩を落とす。
「お前は女性に戦わせるのか・・・・。まあ今の通信で誰かには聞こえたはずだから10日後が楽しみだ」
聞こえたのが烈の友達だとは夢にも思わない二人なのであった。
「おーーい!調整終わったぞヘルメス」
向こうから手を振ってやってくる健太郎は普通の作業員と同じつなぎを着て顔に茶色いオイルを擦り付けていた。
「ありがとー健太郎!早速見せてよ!」
健太郎の頭の上に乗りついていくとそこには一機の戦闘機が複数のスポットライトに照らされ機体を輝かせていた。
「やっぱりかっこいいねーこのフォルム!」
その機体は国産の練習機として製造され、その後曲芸飛行隊として活躍した機体である。滑らかな鼻先と翼、海の延長線たる空を優雅に泳ぐ姿はイルカと愛称をとるのに相応しい。
「そういえばなんで健太郎は油まみれなの?」
「いやー、みんなも言うんだけどやっぱり自分もしたくてついついやっちゃうんだよねぇ!はっはっは!」
技術者魂を存分に発揮した健太郎の顔は妙に輝き、じっと機体を見つめていた。
「そういえばヘルメス。なんでこの機体なんだい?もっと新しい機体もあったのに」
「それはねーー。秘密だよー!」
上機嫌で健太郎の頭の上を飛び立つと一直線に機体に向かい、フワフワしたその体を固い機体に馴染ませ始める。
「見よ!これが僕の新しい姿だぁーー!」
光に包まれる機体の中でヘルメスは昔を思い出していた。
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「ヘルメス、空は好きか?」
その日は博士と一緒に航空ショーを見に行っていた。兄さんはメンテナンスをしていて、それが少し時間が掛かるらしくって特別に近くでやっていたから来たんだ。
「大好き!」
僕は生まれた時から青色が好きで、いつも頭の上に広がっていたその青に心惹かれていた。
「なんで好きなんだ?」
「広いし青いから!」
最初は単純にそう思ったんだけどその時になるともう少し考えるようになっていたんだ。博士もそれがわかっていたのか僕にさらに聞いてきたんだ。
「少し難しい質問をするよ。広いことで何に共感を持てるんだい?」
「うーーーん。広いと自分の体がいつもより小さく見えて、でも自分の体が広がっていく感じがして気持ちいいっていうのかなー?」
「それは自由って言うんだよヘルメス。自分の体を縛り付けるものがないということだ。父さんは何にも縛られないヘルメスが好きだぞ」
「へへへーー♪」
博士は自由な僕が好きだって言ってくれた。それから僕は空のように自由で大きなロボットになるって決めたんだ。誰にも縛られない翼は自分の為に、そして僕を好きでいてくれる全ての人に使おうと決めたんだ。
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灰色の島、ロストアイランド
岸から島の中央まで何かが這ったような跡が残る大地。その地下では帰って来た仲間を迎えるように六つの影が集まっていた。
「お帰りパワード」
「おぅ……」
アダムの声に答えるパワードだが声に力がない。
「ズイブンイケメンジャナイカ」
「うるせぇ!!少ししくじっタダけダ!」
ぐにゅりと動いた仲間に苛つきを覚えながらもいつもの場所へと座るパワード。
「どうです、その体は?」
「アんマり良くワねぇガ今ハ我慢してヤるよ」
ドラッグはフッと笑い煙草に火を付けた。
「やっぱり不幸ね・・・」
「ドンマイだよー。お菓子食べる?」
「まぁいいんじゃない?これでちょっとはわかったでしょ?」
残りの仲間の言葉を無視しアダムの方を向いた。
「それで、ナにカッワカっタカ?」
「あぁ。機械人形は今EBというところで活動しているらしいが居場所が未だ不明だ。だが僕らを監視していた機械を見ると多くの人間の力が必要だ。そのうち尻尾を掴んで見せるさ」
「サスガアダムダ」
「ありがとう。それでこれからの事なんだけれどもドラッグに行ってもらおうと思う」
煙を吐くドラッグは余裕の表情で手をヒラヒラと動かす。
「どういう作戦ダ?」
「どうせなら人間の負の感情を利用してみようと思いましてね。あなたが遭遇したあの男の力、あれは紛れもなく機械人形のものです。それを狂わせてみせます」
「パワードヨリ頭ヲ使ッテイル」
「ダからウるせぇってイってるんだ!このゴミガ!!」
「最高ノ褒メ言葉ダガナ」
「2人ともやめるんだ。じゃあドラッグ、君に任せるよ」
「ありがとうアダム。では皆様行ってきますね」
煙だけ残したままドラッグは闇の中に消えていた。
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それから十日が過ぎる間に刀耶は剣道部への入部を決意した。それを烈に伝えると「本当か?!」 と肩をバンバンと叩きながら喜んでくれた。正式な入部はもう少し後なのだが、これでまた烈と一緒に剣道ができることに刀耶も喜んでいた。
しかしその日の刀耶の姿は町の中にあった。慣れないおしゃれな服をタンスの中から掘り出し、着こんだ彼は待ち合わせの駅の前でソワソワと落ち着かないように誰かを待っていた。
「刀耶くーーーん!!」
向こうから走ってくる女子を見て慌てて立ち上がると、そこには立花真菜の姿があった。ボーイッシュな服装は小さい頃から変わらなかったが、それでも刀耶には新鮮に見えた。
「ごめん、遅くなっちゃって!」
「いいよ。僕も今来たところだから」
刀耶も烈同様にこう言ったシチュエーションには全く慣れてはいなかったが、思いやりの強さでなんとか及第点をもらえそうだ。
「よかったぁ!じゃあ行こっか」
と言って来たのは運行技術博物館。夏休みのイベントをしているらしく多くの人で賑わっている。
「僕が決めちゃったけど大丈夫だった?」
「もちろんだよ!勉強教えてもらったお礼だし、それにしても刀耶君こういうの好きだったんだね!」
「えっと……前から一回来てみたかったんだ」
このお礼と言うのは中間テストと期末テストの勉強を見てあげたお礼である。真菜にはどこでもいいと言われたのだが、これと言っていいところも思い付かず仕方無く十日前の声に従ってしまったのである。
ふーーん とこちらをななめ下から見る彼女の視線に恥ずかしくなるがすぐに彼女はいつもの笑顔に戻った。
中に入ると広い敷地の中に多くの人が溢れかえっていた。人工島ではほかに娯楽施設がほとんどなく、年間で一千万人来場する博物館だが、その大半がこういったイベント事の時である。
「やっぱり多いね……」
「大丈夫!」
そう言うと突然ガバッと腕を組まれてしまった。突然の事に驚いて体を離そうとするが、
「やっぱりあたしなんかと来たくなかったんだね……」
そっぽを向いてはいるがその手はガッチリと肘を固めている。
「そんなことないよ!来れて嬉しいし。ちょっとびっくりしただけだよ!」
「えーー本当かなぁ……」
「ほ、本当だって!」
慌てて体を自然に戻すがその距離感は恋人といっていいくらいの距離だ。どこかの二人にも見せてあげたいが、その二人についてはまだ先のお話。
完全に硬直してしまった刀耶に対して上機嫌の真菜。その二人を遠くから見るものがいた。
「若いとは良いことだ……」
初老の男性は真っ白い髭と髪に顔を覆われた威厳のある顔をしていた。
「ヘルメス君のパートナーも気になるが、こっちのパートナーも気になるな……。いかんな、歳をとるとお節介が過ぎてしまう」
獅子神の心配を他所に二人はメイン会場である広場にやって来た。サッカー場よりも広い広場には芝生が全面に植えられており、中央の噴水から放射線状に広がった広場である。
たくさんの出店が並ぶなか目についたのは実際に飾られている飛行機達だ。
そのほとんどが国産の飛行機ばかりでどうやら実際に乗れるらしく子供達が写真を撮ってもらっているのがとても微笑ましい。
「立花さん、何か食べる?」
「えっ、おごってくれるの!じゃあまずたこ焼!」
その屈託のない笑顔を優しく見つめた刀耶は近くにあった屋台へ歩いた。
「へいらっしゃい!」
「すいません、たこ焼一つください」
はいよ!と景気よく答えたオヤジは器用に千枚通しを使って たこ焼を容器に八つ放り込むとソースとマヨネーズをかけ、青のりと鰹節をパパっと散らした。
「お待ち!おっとお代はいらねぇよ!」
お金を渡そうとしたのだがそのまま返されてしまった。
「えっ、でも……」
「あんたらの幸せな顔見てるだけでお腹いっぱいでぃ!彼女さん、大事にしてやんな!」
キリッと顔を決めたオヤジに一瞬キョトンとしたが横を見てすぐに顔が赤くなってしまった。
「ありがとうおじさん!」
そう答えたのは真菜の方だった。笑顔で受け取り離れていく二人を笑顔で見ていたオヤジはまた自慢のたこ焼を焼き始めた。
そこに近づく黒い影を知らずに……
「刀耶君、あそこ座ろっ!」
促されるままベンチに座った刀耶は改めて真菜を見た。
買ったたこ焼を「美味しそー!」と目をキラキラさせて今にも手を伸ばしそうになっている彼女に目を奪われる。
そういえばいつから好きになっていたのだろう……
そう思い記憶を遡った。知らぬ間に一緒に遊ぶようになったので最初の出会いがわからなかったが意識をし始めたのは中学校だったと思う。
その頃には髪も伸びポニーテールにして普段は履かないスカートを履く彼女に女性らしさを感じるようになっていた。それからが早かったのかもしれない。
前は時間が合えば一緒に登下校もしていたがそんな気持ちになってからできる筈もなく今に至っている。
しかし今こうして一緒にいれてとても幸せだと思える自分もいる。こんなことなら烈と同じように普通に話しておけばよかったと本気で思った。
「刀耶君?」
ふと見ると真菜はすでに串にたこ焼を刺し、口まで持っていこうとしているところだった。
「ん?あぁごめん。食べていいよ」
笑顔で言うが真菜の顔はどんどん曇りたこ焼を元に戻してしまった。
「刀耶君……ちょっと聞いていい?」
「なに?」
「………あたしの事嫌い?」
「ど、どうして!?」
前のめりになって聞いてしまうが彼女の顔は暗いままだ。
「なんか中学校の頃から避けられてる感じがして……。昔は一緒に学校行ったりしたのに、あたし何かしちゃったのかなって……」
「そんなことないよ!!すっ……」
好きという言葉にそれ以上の意味を感じてしまい言葉に詰まってしまう。
「あのバカ(烈)は変わらないけど刀耶君は変わっちゃったのかなって……今日も嫌だったらどうしようって……」
それもそうかと刀耶は思う。こちらは好意から離れていったが相手はもちろんそれを知らない。だから嫌われたと思っているのだ。
「立花さん」
「……前みたいに名前で呼んで」
「………真菜ちゃん」
小さい頃はずっとそう呼んでいた。改めて呼ぶと耳が赤くなるほど恥ずかしくなるが、今は気持ちを説明するのが大切だと思った。
「真菜ちゃん、今日は本当に楽しみにしてたんだ!昨日なんて寝れないくらい。いや、誘ってもらったときからずっと楽しみにしてたんだ!」
「ほんと……?」
上目遣いで見られると本当にドキドキしてしまう。
「僕が中学校に入ってから避けるようになったのは真菜ちゃんが……」
口が す の口になっていくのが恥ずかしくて今にも心臓が飛び出そうになる。それをじっと真菜の顔も真剣にこちらを見ているし……
「お、女の子の友達も作った方がいいと思ったんだ!!」
う の口を お に強引に持っていきながら言えなかった言葉を心に隠す。
「小さい頃僕と烈ばっかりと遊んでて女の子の友達が少ないんじゃないかと思って!!僕なんかがいたら邪魔なんじゃないかと思ったんだ!」
必死に答えるあまり目を瞑りながら答える刀耶に真菜の顔は見えない。
ちょっとした静寂が流れる…………。
「刀耶君」
「はい……」
ちょっと不機嫌なのがわかる。顔は見えないがたぶんこちらをじっと睨んでいるのだろう。
「……口開けて」
言われるがまま大きく開けた口に熱々の何かが突っ込まれる。
「はふはっふ!!」
「今日は許してあげる!」
そう言って自分もたこ焼を食べていた真菜だが、その顔がほんのり赤かったのは夏の太陽のせいなのかもしれない……。
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「あぁーーー!たこ焼食べてぇ!!」
「今日はこれでも任務なんだぞ烈、また明日来たらいいじゃないか」
運行技術博物館の従業員専用の広場でガイアにもたれながら烈はお祭り特有のいい香りに応えることができない自分に悔しさを覚えていた。
「今日のたこ焼は明日食べられないんだよ……」
「………」
哲学的な事を言いつつもただ食べたいだけの烈なのである。
さて、こんなお祭り日和の夏休みになぜガイアと烈がいるのかと言うと……
『皆さま、本日はご来館いただき誠にありがとうございます。ただいまより本日のメインイベント、最新飛行機による曲芸飛行を行います。上をご覧ください』
「始まるぞ烈!」
ファンファーレと共に大勢の人の視線が上を向くと七色のスモークを焚いた飛行隊が遥か頭上を通過した。
歓声と共に各機はギリギリのところで入り乱れ、色取り取りの煙が新たな色を作っていく。自動操縦の七機は一糸乱れぬ動きを見せ、空にハートや文字を描いていった。
「どれだ?」
烈は飛んでいる七機の飛行機をまじまじと見つめ目的の機体を探したが教えられた機体はいなかった。
「ん?いないな……」
ガイアもリトラクタブのライトを空に向けたが七機の中にはいないようだった。
すると七機に遅れるように青い機体が猛スピードでスモークも焚かずに合流しようとしていた。コンパクトな機体からは想像もできないくらいのスピードを出していた彼に乗っていればたちまち失神してしまうだろう。
「来たぞ!ヘルメスだ!」
ヘルメスはとうとう雲を引き、最初の七機が作ったスモークの中に飛び込み合わさった色を今度は分解し始めた。スモークからでても勢いを落とすこともなく縦横無尽に飛行し続ける彼は自由と言うより自分勝手だ。
『ヒャァアアッホーーー!!』
そこに暇潰しにラジオをつけていたガイアのスピーカーから狂ったような声が突然割り込んでくると、その声に合わせるようにヘルメスは真上に光る太陽目掛けて上昇し始め、見えなくなったと思ったら今度は下に向けて急降下してきた。
「危ないぞヘルメス!」
「見ててよぉーーーー!!!」
そう言うとヘルメスはエンジンを停止した。それまでの加速度と重力に引っ張られミサイルのように落ちるヘルメスに観客も驚きざわめきが起こり始める。
風の影響で機体が逆さになりエンジンから火を吹いていないことがわかるとやっと観客が大声をあげて逃げ始めた。
「ヘルメス!!」
『ファイヤー!!!』
突如エンジンからそれはそれは高出力の火柱が下に向かって伸び始め重力に逆らっていく。
『おぉおおりゃああああ!!』
踏ん張るように気合いを入れると段々と宙に静止していく。普通ならパイロットは言わずもがな、機体すら砕け散っているであろう衝撃を受けてまだ健在のヘルメスはまだ噴射をやめない。
『3(スリー)』
完全に静止した機体が今度は上に向かってゆっくりと動き出す。
『2(トゥー)』
そのころ空では最初に飛んでいた七機が縦にそれぞれリングを描き始め、直下の真ん中にいるヘルメスはそこに向かって狙いを定める。
『1(ワン)』
一向に落ちてこないヘルメスを地上の観客が見上げ視線を独占すると、やっとここで装備していた青色のスモークを焚き始めた。
『0(ゼロ)!!いっけぇえええええええ!!!!!』
最大出力の機体が空に向かって一直線に直線を描いていく。それは一瞬の出来事で、急にヘルメスが見えなくなったと思ったらそこには青い串に刺さったドーナツが七個空に並んでいた。
観客は息を飲み呆気にとられていたが不意に手を叩く音が聞こえた。釣られるようにあちらこちらで拍手が起こり始めると、段々と歓声に変わっていき、博物館全体を巻き込む大きな声の塊になった。
「すげぇ!!!」
「ママー!すごいねー!!」
「興奮したぜー!!」
思い思いの言葉が会場中で響いていたが、一人胃をキリキリと響かせている者がいた。
「ヒヤヒヤさせて……」
兄の気持ちになってみると自由な弟からはいつも目が離せない。
『兄さん、見てた!?すごかったでしょ!!』
そんな兄の心配を他所に弟は大気圏まで遊びにいき優々と地上に帰還しようとしていた。その時だった……
『ん?なんだあれ』
「どうしたヘルメス、おもしろい屋台でも見つけたか……?」
『ん??』
いつもは冗談半分で言うと乗ってくるのに今回はこない。
「どうしたヘルメス?」
すると突然人の叫び声が聞こえた。ヘルメスが曲芸を披露したときに起こったものと一緒だったが今は何も行っていない。わずかに混乱する会場でヘルメスは上空を旋回し、その異変に真っ先に気付いた。
「兄さん奴等だ!!」
博物館に警報が鳴り響き、一瞬にして会場は混乱に陥るのであった。