第6話 ②
家に帰った烈は兄と祖父への挨拶をそこそこに自分の部屋に入ってベットに寝転んだ。まあまあ広い部屋にはベットと机、トレーニング用品があるくらいのさっぱりとした部屋だった。
「楽しかったー!」
天井をじっと見ていた烈の口から発するわけもなく、首に下がっていたヘルメスがフワフワと体を浮かし始めた。
「あぁそうだな……」
「ここが烈君の部屋かー!あんまり物がないんだね!……ねぇねぇ!ベットの下見ていい?!」
「ダメだ……」
ヘルメスを首から離すとゆっくりと寝返りをうった。ヘルメスは部屋を見回すが興味は完全にベットの下に奪われていた。
「隙あり!!」
床スレスレを飛んでいたヘルメスがいきなりスピードを上げベットに下へと突進を試みたが……
「ダメだって……」
すぐさま腕を伸ばした烈に捕まり胸の上に拘束されてしまった。
「離せーー!男のベットの下は夢が詰まってるって博士言ってたけど結局何があるのかわかんなかったんだ!だから見せろーー!!」
「なんだそりゃ……?まぁ見られて困るものもないし、いいけど……」
手を離すと一目散にベットの下に潜り込んだがそこでの反応はあっさりしたものだった。
「つまんない……」
確かに高校二年生のベットの下や机の引き出しの奥に密かに隠れたあるものはなかった。ベットの下には服が春夏秋冬それぞれのボックスに入っていて、机の奥にはクシャクシャになった小学校の時のプリントくらいしか入っていないのが烈の部屋である。
「がっかりだよ烈君……」
「だから何もないって言ってるだろ……それよりさ、今日どうだった?」
「まあいいんじゃない?」
ベットの上まで上がってきたヘルメスはフワフワと漂っていた。
「もうちょっとはっきり言ってくれよ」
「んーー。まだまだこれからって感じ!」
「そっか……」
まあそうだろうと思った。まだ出会って半年も経っていないし、一目惚れとは言ったがまだ自分の言う好意がライクなのかラブなのかはっきりしていない。そんな中でどうだった?というのも変な質問だと思った。
「そういえばさっ!さっき会ったのって烈君のお兄さんだよね?イケメンじゃん!」
「まあな……」
あまり元気のない烈に不思議そうに顔を覗き込むが目線は天井へと向いていた。
「もしかしてお兄さん嫌い?」
「そんなことねぇよ!」
「じゃあどんなお兄さんなの?」
「そうだな……一言で言うと完璧だな」
「僕の兄さんと一緒だね」
嬉しそうに回転するヘルメスを見て少し疑問に思った。
「ガイアはそんなに完璧か?」
確かにやることはきちんとやるタイプだとは思うが、自分から見ると少し抜けているように見える。体を探している時なんかキャラが崩壊していたし。
「烈君、友達とかにお兄さんの印象聞いたことある?」
そういえば聞いたことないと思い首を横に振る。
「たぶんね、烈君の思っている印象と全く別の事を言うと思うよ」
「本当かぁ?」
「絶対だね!」
自信満々に答えるヘルメスに少し顔が緩んでしまう。
「あっ!笑ったな!!ふんだっ、もう教えてやんない!」
「笑ってないって!」
「ふぅーーーーん!!」
眠気がすっかり覚めた烈は結局何もわからないまま夜を過ごしたのだがやはりヘルメスの言葉が気になる。人から見た兄と自分が見た兄のどこが違うのか……、今度刀耶に聞いてみようと思う烈なのであった。
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EB指令室。獅子神の私室といっても過言ではない部屋に今は獅子神と後藤と健太郎、アースが話し合っていた。
「今回現れた“パワード”、あの力は強大すぎる。前二つとは格段に違う存在だった」
髭を触りながら考え込む獅子神だったが被害があの程度だったことに安心してもいた。
「幸い避難命令が早めに出ていたことにより負傷者はでませんでしたが建物や道路の被害が多少出ています」
後藤の言葉に皆が資料に目を通すと今回の被害の大きさがはっきりとわかる。
まず始めに戦いの場となった廃棄物処理場、全壊。新しい施設を作った方が速いのではないかと言うほどの被害である。ゴミの散乱はよかったのだが、どうせ捨てるんだからと滅茶苦茶な管理をしていたことが発覚し新聞などで管理会社が叩かれ、その尻拭いをEBに丸投げされ困っているのも事実だ。
次に周辺の道路、迅速な舗装必要あり。メインの道路ではないが重要な荷物運搬用道路だ。パワードの最後の攻撃によりゴミの散乱が酷く、落ちた拍子に地面が削れる被害が出ている。
そして意外なのが地盤が少し沈んでいることだ。よくトラックが多く通る道路では重さによって平坦な道路が歪むことがあるが、今回もそれが原因だ。そう、グランライノが通った跡なのである。
そして最後に建物、全壊なし半壊多数。ほとんどが倒れなかったが窓ガラスは粉々、基礎の沈下による建物の歪み。会社関係の建物の多さが幸いし市民の反感も少なく済んだ。
「やはり町への被害を抑えるのが一番だろうな……」
「それに関しては私から」
皆の顔が向くとアースは目線の位置まで降りてきた。
「やっと多目的スペースを使える目処が立ちました」
「やっとできたか!」
後藤と獅子神の顔は明るくなったが健太郎の顔には疲れの色がこれでもかと出ていた。
「赤兎さんたちの協力もあって後藤さんの機体も同じくできています」
「赤兎課長!よくやった!ありがとう」
後藤が肩を思いきりが叩くとやりきった顔が苦痛に歪んだがすぐに笑顔が戻った。この作業はグランライノとも同時に行われていたので正直技術開発課の全員がこの言葉を待っていたのだ。
「やりました……!後は実際に飛ばして見ないとわかりませんが必ず成功させて見せます!」
獅子神も笑顔でその働きに感謝した。
「では明日にでも皆に伝えよう!それに公に動く以上、家にも帰りたいだろう?」
EBでは1000人近くの職員が働いていたが秘密組織というのもあり、きつく口止めがされていた。家にも帰れず家族にも秘密にしEBにやって来るのだが、そんなEBに集まったのは地球を守りたい強い気持ちがある人達ばかりなのである。
「これで我々の仕事を胸を張って言えますね!」
「色々とすまなかった……許してくれ」
「あ、頭を上げてください長官!」
突然頭を下げた獅子神に慌てて言った健太郎だが、その頭は揚がらない。
「明日皆にも謝らなければならない。ここまでついてきてくれた事への感謝を含めて……」
「私からも言わせてくださいね皇一郎」
アースの言葉にやっと頭を上げた獅子神は笑顔で首を縦に振った。
「では今日はこれくらいにしよう!また明日だ!」
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灰色の島、ロストアイランド
「ふぅーーーー」
ドラッグは島の地下にある自分のスペースでいつものように煙草を吸っていた。
「そろそろ着く頃ですかねぇ……」
「ドラッグ、少しいいかい?」
振り向くとアダムがいた。気配を全く感じさせず突然後ろに現れた彼だが、少しも驚かず煙を吐く。
「どうしたんですかアダム?君も一服ですか、一本いります?」
「何の葉っぱだい?」
「ブレンドですよ。あんまり無くてですね、仕方なく」
アダムの言った葉っぱと言うのは大麻のような中毒性をもった植物のことである。ドラッグはその名の通り薬物を意味し、前世で中毒となった人間の意思を集めた存在である。鎮痛剤として使われる場合もあるが、いつしか心の痛みを吹き飛ばす為に使われるようになってしまった。その副作用を知らずに……
「地上には存在しないのかい?」
「あるんですけどねぇ……結界がありまして近づけないんですよぉ」
「力は戻ってるはずだろ?」
その言葉にニヤリと笑う。
「バレてましたか、まあ幸い自前の種が少々あるので今は栽培中です。効果は数倍ですけどね!……それで用件は?」
「どういう作戦でいくのかなと思ってね」
「私らしく人の心を乱してやろうかと思いましてね。楽しそうでしょ?!」
煙草の火を消し楽しそうに笑うとアダムも満足したようだった。
「邪魔をしたね。これはちょっとばかしのプレゼントなんだけど受け取ってもらえるかい?」
白い箱を渡すとドラッグは何か気付いたのか、おもむろに鼻を近付けた。
「これは!!」
急いで箱を開けるとそこには煙草が十本入っていた。一本取り出して深呼吸をするように香りを嗅ぐと脳がとろけそうな感覚とフワフワと浮遊感に襲われる独特な香りを目一杯楽しんだ。
「アダム!これをどこで?!」
「ちょっと結界を破ってね。ドラッグも行っているかと思って足しになればと思ってたんだが」
「天然物ですねぇ!!ありがとうございます!良質な大麻です!!」
アースが地球を創り直した時、こういった中毒性のある植物は一ヶ所にまとめられた。なぜ根絶しなかったか、それはどんな植物でも虫や他の植物、自然と持ちつ持たれつの関係があったからである。生態系は一片でも狂えば全てが崩壊するサイクルであって、代わりを務められるものは二つとしていないのである。
早速火を付けるとその香りを肺一杯に吸い込み、血管を通じで全身に行き渡らせた。
「スゥアアアアアアアアアアアア!!!」
息を吐くのが勿体ないと言わんばかりに声を吸うと、ギラギラと目が血走り、体が小刻みに震え始めた。さらに息を吸うと半分くらいまで煙草が灰になりビクンとさらに体が震えた。
「ブッファーー!!!フフフフフフ!!ヒャッハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
体を大きく開き地面に倒れ込んだドラッグは目も虚ろになり何もないはずの空に必死で手を伸ばす。足をバタバタと動かし何かを追っているのか、涎を垂らし不気味な笑いが止まらない。
「じゃあ頼んだよドラッグ……」
アダムが消えた後、一時間経ってやっと夢の中にいたドラッグが帰って来た。
興奮覚めやらぬ様子だが何とか立ち上がり服の汚れをはたき落とすとアダムにもらった箱を再び見た。
「……ガ、我慢です」
名残惜しそうに箱を閉じると、大事そうに胸のポケットに忍ばせて何度もその感触を服の上から確かめ顔を緩ませた。
「勝った後の一服はどれくらい快感なんでしょうねぇ!!」
ガイアを滅茶苦茶に壊す妄想を膨らませ、仲間の為に送り出したシモベの今か今かと帰り待っているドラッグの顔には不気味な笑みが浮かんでいた。