#08
あの日から数日が経ち、夏休みに突入した。あの日以来、七峰君とは一緒に帰っていない。七峰君のカノジョ、白石さんの部活が休部になったからだ。なにも、白石さんの入部しているバドミントン部はもともと部員が少なく、部長と部員の1人が騒動をおこしたせいでその2人は停学。それにより部員が減り、活動できなくなってしまったそうだ。まぁ、私的には都合がいいのだけれど。あの日、七峰君に怒鳴りつけてしまったし。因みに、今女バド部は、廃部の危機にあるらしい。
夏休みの私の予定は塾くらい。結局七峰君から遊びのお誘いはなかったし、麻弥も忙しいらしいから、今年もほとんど家でゴロゴロする日々だろう。特別な事がなければ、私は平和に暮らせるのだ。
……そう。特別な事がなければ―…
*
「じゃあな、翼」
「おうっ! またな~」
玄関ごしで手を振る新に俺も振り返す。ついさっきまで新の家で遊んでいたのだ。
俺は住宅地でチャリをとばす。確か、ここは西風町一丁目。新の住んでいる所であり、いおりんの住んでいる所である。今気づいたけど、新といおりんの家って近かったんだね。これからいおりん家行っちゃおうかな、なんつって。家知らないけど。
俺はパーッとチャリをとばす。すると、イキナリ人が目の前に飛び込んできた。俺は、反射的にブレーキをかける。「あっぶねぇ……」と声を漏らした。
「人の話聞いてんのか!」
その怒鳴り声にビクッと肩を震わせる。その声の主は、飛び込んできた人の家と思われる家の玄関に立っている男性だった。何に怒ってるんだ?
その中男性は未だに怒鳴り続ける。その声に反応して、周りに住んでいる住人達がじょじょに家から出たり、窓から覗いたりしてきた。今や注目の的になってる男性と飛び込んできた人。でも、男性は構わず怒鳴り続けていた。
俺は、ここで初めて飛び込んできた人の顔をよく見る。なんと、その人は――いおりんだった。
「いおりん?」
俺の声に反応してその人は振り向く。やっぱりいおりんだった。いおりんは、頭や頬から血を流しながら青ざめた顔で俺を見た。そして、小さく俺の名を呟く。その瞬間、男性の右手がいおりんの顔めがけて飛んできた。
ワアッといつの間にかできていたギャラリーがざわめく。叩かれたいおりんは地面に倒れこみ、男性はそんないおりんに近づいていった。また、いおりんは叩かれる。そう思った俺はいおりんと男性の間に、いおりんに背中を向ける感じで割り込んだ。男性の足が止まる。その男性をよく見ると、いおりんに似ていた。父親だろう。
俺は、いおりんの父親と思われる男性に言った。
「……これ以上やんないほうがいいよ。虐待で、警察行きになっちゃうよ」
「……お前には関係ないだろう」
そう言い、いおりんの父親は俺を通りすぎていおりんの元へ行こうとする。そんないおりんの父親を俺は再び止めようとしたその時。
パトカーと救急車のサイレンの音が聞こえてきた。聞こえた方向に目をやると、2台のパトカーと1台の救急車がこちらに向かって来た。誰かが呼んでくれたらしい。群がっていた人々は道をあける。パトカーが止まったかと思うと、中から2人の人が出てきてこちらに歩いてきた。いおりんの父親は逃げようとはせず、ただ突っ立っていた。
俺はいおりんの安否を確認する為に、振り向いた。すると、いおりんは地面に横たわっていた。
「いおりん? いおりん!?」
話しかけても返事はない。だが、まだ息はあった。気絶しているだけのようだ。
少しすると救急医の人が俺達の元へ来た。いおりんを担架に乗せ、救急車へと運ぶ。俺もそれに同伴した。
何分、いや、何時間経っただろうか。よく覚えていないが、俺が病院の待合室で待っていると、頭や腕などに包帯を巻き頬に大きなガーゼをあて、所々にいくつか絆創膏をはったいおりんが診療室から出てきた。
「いおりんっ……!」
俺が立ち上がると、いおりんは俺に気づいたようで俺の元に来た。
「いおりん……大丈夫?」
「……うん。大丈夫」
いおりんの声は消え入りそうなほど小さかった。俺は、「とりあえず、座ろう」といおりんに言った。
「いおりんのお父さんは、警察に連れていかれたよ」
「……そっか」
いおりんは俯いたままそう呟く。今、いおりんはどんな表情をしているのだろう。ただ、いおりんの背中はいつもより小さく見えた。こんなに弱ったいおりん、初めて見たな。
にしても、なぜいおりんの父親はいおりんを叩いたりしたのだろうか。しかも、あんな大勢の前で堂々と。そういえば――夏休み前見たいおりんの頬の腫れ、あれも父親に叩かれてああなったのだろうか。
俺は、思いきっていおりんに聞いてみる事にした。
「……なぁ、いおりん。お父さんと何があったんだ?」
「……七峰君には関係ないでしょ」
「俺、一応助けたんだけど!」
「……こっちの事情だから」
俺が何を言っても1歩もひいてくれない。そんなに俺、赤の他人って思われてんだな。結構ショック。
「……まぁ、何があったかはもういいけど、今後何かあったら俺を頼れよ? 一応男なんだし」
「……うん」
強がりないおりんが頷いてくれた事が、俺はすごく嬉しかった。