#07
「まだヒリヒリするし……」
左頬を手で押さえながら学校に行く為のバスに乗る。朝は七峰君が来る心配はない。カノジョと登校しているから。カノジョさんの部活は朝練ないらしいし。
いつも通りバスから電車に乗り学校へ。そんな時、七峰君に会うなんて思いもよらなかった。
「よっ、いーおりん!」
いつも通り元気溌剌で私のところに駆け寄る。私は小さな声で「おはよう」と言った。七峰君から元気な声で返ってくる。この様子からすると、昨日の事は忘れたのかな。それとも、気にしてないのかな。
すると突然七峰君は私の異変に気づき、「あれっ」と抜けた声を出した。
「いおりん、頬っぺ赤くない?」
七峰君にそう言われ、「そうかな……」と言いながら頬を隠す。
「うん。しかも左だけ。どうしたの、それ?」
「いや……。今朝、気合いを入れる為に手で頬っぺ叩いたら、こんな風になっちゃって」
嘘がバレないように、普通を装いながら両手で両頬を挟むように叩くフリをする。でも、七峰君にはすぐ嘘だとバレてしまった。
「嘘だろ? それ。右利きのいおりんが、左頬だけ強く叩くのなんて無理があるっしょ」
「っ……」
言葉につまる。七峰君がこんなに鋭いとは思ってもなかった。そして、七峰君の右手が私の左頬に触った。
「右利きの人にビンタされた。だろ?」
七峰君に真実を口にされる。「何があったの?」と家庭の事情に踏み込もうとする七峰君に、私は七峰君の手を振りほどきながら「七峰君には関係ないでしょ!」と言い放ってその場をあとにした。
七峰君にだけは絶対にバレたくない。そう、強く思った。
「伊織、それどうしたの?」
爽やかな風が吹く、暖かな太陽の下。いや、ギラギラと照らす真夏の太陽の下。私は、麻弥と大きな木の木陰で昼食を摂っていた。そんな時、麻弥自身が作ったサンドウィッチを一口食べた麻弥が、私の左頬を指さして言った。
「……あー、昨日家でいろいろあって……」
「もしかして、お父さん帰ってきたの!?」
私が父と2人暮らしをしている事、母が3年前に死んだ事、父が家に帰らない事等、信用できる麻弥には全て話してある。麻弥は結構口は固いほうだから、その事を知っているのは麻弥しかいないだろう。
私は、昨日遭った事を麻弥に全て話した。
「……じゃあそれは、お父さんに叩かれて腫れちゃったのか……」
「そう」
朝より腫れはひいたが、まだ少し赤い。この時間まで腫れが残るなんて、父はどんだけ強く叩いたのだろう。その時の記憶は、曖昧にしか覚えていなかった。痛みも、怖さも。
麻弥からハンドミラーを借りて頬の腫れを確認する。やはり、まだ少し赤かった。「ありがと」と麻弥にミラーを返すと、麻弥は「……あのさ」と暗めの声を出した。
「……この事って、私しか知らないんだよね……?」
「? 何で? そうだよ」
麻弥は何を心配しているのだろうか。私がそう答えると、麻弥は「よかった」と言った。
「何でこんな事聞くの?」
「いや……。朝さ、伊織が七峰君と話してるとこ見たから、その事を話してたのかなって。伊織、最近七峰君と仲良いし」
「私、もう信用されてないのかと思っちゃった」と麻弥は付け足した。そんな麻弥に、私は「そんなわけないじゃん」と微笑んだ。麻弥はどこか思い込みすぎるところがあるからな。
すると、麻弥は突然「それとね」と口を開いた。
「七峰君にその事を話したって誤解した理由はもうひとつあって」
「?」
「……伊織って、七峰君のこと、好きなの?」
麻弥の質問に、私の答えはさらりと出てきた。その答えは勿論「好きなわけないじゃん」。勿論事実だし、嘘をつく気などない。なのに、麻弥は「ホント……?」と私の答えを疑った。疑われて、私のほうが信用されてるか心配になった。
「ホントに決まってんじゃん。安心して」
「伊織は、私のこと応援してくれる……?」
「勿論」と微笑んだ。なのに麻弥は、辛そうな表情で「ありがと」と言った。